第8話 眩しすぎて目が眩む

 フィリが泣いていた意味について考える。

 それは、俺が師匠に認められたときの涙と同じなんじゃないか、と俺は思う。

 いや、確信だ。

 根拠のない確信。


 ただパーティを組みましょうって言っただけで泣くようなちょろい奴、と思わないでもなかったけど、そんなこと言うなら俺だってサンドイッチ一つでボロ泣きだ。

 嘘。師匠は処刑されそうになってたうえババア呼ばわりするような俺を、そうするのが当然だと言わんばかり、ごく当たり前に助けてくれたのだ。

 沁みるだろうが……優しさがよ!

 そんな師匠に俺は心から感服したんだ。

 だから、その弟子として俺は優しくあらねばならない。


 そして、彼女が泣き出してしまったのも、99留という数字の重さを考えれば不思議でもない。

 99留ということは、99年間チャレンジして、失敗し続けてきたということだ。

 俺の人生の6倍近い年月の間、どれだけの否定を積み上げられてきたんだろう。

 どれだけの無力感を噛み締めてきたんだろう。

 今日またそれに一つ、新しく否定を加えられたらと怯え、緊張していたところに気が緩んだら涙も出るものだろう。


 でもさあ……

 それはそれとして、話を聞く限りこの【空間倉庫ストレージルーム】って魔法、ヤバそうなぶっ壊れ魔法の匂いしかしないんだよな。

 空間にものを一瞬でしまえる魔法が本当に役立たずなんてことがあるんだろうか?

 今日はこれから理性の徒ハルキリがそのあたりを検証していきたいと思います。




「フィリ、ちなみにさっきしまった石は今どこにあるんだ?」

「どこ……どこだろう。たしかに、ここにはないもんね。

 自分の中にはあそこにあるぞ~って感覚はあるんだけど。

 たしかに、不思議だよ。ハルキリくん……

 すごいね、わたしそんなの、考えたこともなかった」


 軽く質問しただけなのに、フィリは割と深めに考え込んで、それから一人で納得しはじめてしまった。

 真面目すぎる。

 なんかもっとテキトーに気を抜いて答えてくれていいのに。


「あー、いや。質問が悪かった。ごめん。

 その石って今すぐとり出せるの?」

「うん、出せるよ。あげるね」


 とフィリが言えば、突如中空に浮かんだ小石がなだらかな放物線を描いて俺の方に飛んできた。

 別にいらないけど、あんまりにも受け取りやすいところに飛んできたものだから俺はとりあえずキャッチしてしまう。

 というか、のか? 寸分違わず俺の眼の前に?

 そうなってくるとまた別の利用法が出てくるんだけど。

 まあそれは後にするとして。

 

「例えばだけど、俺が弓で矢を放ったとするじゃん。

 そしたらその矢を【空間倉庫】で回収することはできるのか?」


 有用な使い道案その一。

 大本命だが、これができると最強すぎる。

 【空間倉庫】で飛び道具完全無効化はできるか?


「うう、むりむり。絶対むり。

 そんな、伝説の次元魔法使い様みたいなすごいことはできないよう」

 

 できないらしい。残念ですね。

 次元魔法と【空間倉庫】で何が違うのかとフィリに聞いたら、ざっくり言えば対象が何であれ自由に使えるのが次元魔法なんだとか。

 いやあ、その分類はどうなんだろう。

 次元に干渉してるんだったら次元魔法でいいじゃん。

 明らかに空間に干渉してるだろう、【空間倉庫】なんだから。

 いや、空間と次元は違うのか? わからんけど。


「【空間倉庫】は人のものを盗ったりするのはできないんだよ。

 だから、矢みたいな誰かの、しかも自分と戦ってる人の持ち物ってはっきりわかるものはしまえない、と思う」

「ふーん。じゃあさ、誰のものでもない……

 例えば山が崩れた土砂崩れがきたとして、

 でかい岩が降ってきたとき、それをしまうことは?」

「こ、こわいこと考えるね、ハルキリくん!?」


 フィリはでかい身体をぷるぷると震わせて叫んだ。

 それから、


「できる、かもだけど。

 あんまり大きすぎるものはしまえないし、失敗したら大怪我しちゃうようなとき、わたしがそれを咄嗟にできるとは思えないな……

 ほら、わたしってのんびりやだから」

「のんびりやなんだ」


 思う、とフィリは言う。

 思うねえ。

 フィリはわたわたと両手を振りながらそう言うけれど、今の小石を放り投げたのだって十分すごいと思うけどな。

 っていうか自認がのんびりやなんだ。自分で言っちゃうんだそれ。

 まあいい。それじゃ次はこっち。


「じゃあさ、これ、もっかいしまってみて」


 そう言って俺はフィリに向かってゆるく小石を放る。

 フィリが頷くとまたしても小石は空中で消える。

 んー。

 予告なしで突然投げてんのに、余裕で回収できてるんだよな。

 やはり、フィリの空間把握能力はずば抜けているように思える。

 あと、魔力励起から魔法発動までもめちゃくちゃ速いんじゃないだろうか。


「んで、今から俺がさっきみたいに魔弾を撃つからさ。

 それが地面に当たる前に俺が狙ってる『的』の前に小石を出してみてよ」

「ええっ、できるかなあ、そんなこと」

「まあ試しにやってみてほしいだけだからさ。お願い!」

「うう、わかったけど、がんばるけど、できなかったらごめんね?」

「テキトーでいいんだって。テキトーで。

 もっと楽しい感じでやろうぜ?

 ただの魔法の早撃ち勝負ごっこだと思ってさ」


 何度も心配そうに予防線を張るフィリに俺がそう言って微笑むと、フィリもつられてはにかんだように応じる。

 うん。それでいいんだよ。


「んじゃ俺がヨーイドンっつったら魔力励起開始ね。いくぞ〜」

「わあ、待って、待って」


 慌てた様子だが、フィリの目は輝き、口角は上がっていた。

 うんうん。楽しんでくれて何よりだ。

 さてそれでは。

 やるからには真剣に。


「ヨイドン」

「あ、ずる!」


 開始の合図を素早く詠唱し、魔力を励起させる。

 頭の中に【射出】の紋様を描き、魔弾を放つ。

 師匠仕込みの早撃ちを食らいな!

 師匠からは、

「まあ、二級探索者ならこんくらい使えりゃ並の下ってとこじゃないかね」

 とまで言われた俺の魔弾を!


 結果。

 俺の魔弾はフィリの出した小石に防がれて、小さく破裂した。


「やったあ〜勝った勝った!」


 飛び上がらんばかりに身体を揺らして、両手をあげて喜びを表現するフィリはめちゃくちゃ可愛いのだけれど、それはさておき実験結果は出来すぎといったほどに上々だった。

 いや。

 負けたとかじゃないから。

 これはそういう実験だからね。


「なあフィリ。

 これができるなら、飛んでくる魔法も矢も【空間倉庫】で落とせるんじゃねーの」


 そう。有用な使い道案その二、対空迎撃システムは見事成功した。

 飛び道具を直接【空間倉庫】に収納するのは無理かもしれない。

 しかし、空間倉庫という魔法に熟練し、卓越した空間把握能力と、十分すぎる魔法発動速度を有するフィリは、少なくとも俺の放つ魔弾程度なら着弾前に先んじて迎撃することができるのだ。

 

 フィリはしばらく俺の言った言葉の意味が掴めないようでぼんやりしていた。

 しばし思案げに眉根を寄せて、それからゆっくり頬を赤く染めると、


「できる、のかな。できるかも」


 と噛み締めるように呟いた。


「余ってる煉瓦とか丸太とか、なんでもいいけどさ。

 たくさんしまっといて、そういうガラクタで受ければいけるんじゃねーかな」

「そう、だね。そうだよ。できる。できる! どうしよう、わたし、できそう!」


 フィリの声はどんどん大きくなっていく。


「すごいよハルキリくん! わたし、役に立てるんだ!」



 満開の花が咲いた。



 一瞬そう錯覚してしまうほどに眩い笑顔に、俺は目を焼かれた。

 なんという純粋な瞳なんだ。

 人のために役に立てることをこんな表情で喜べるやつがいるんだな、と俺は感動してしまった。

 そんな俺のどうでもいい感想の上から、フィリはストレートに感謝の言葉をぶつけてくる。

 それから、俺のもとへと駆け寄ってきて、両肩に手を乗せる。

 ち、近い! あのフィリさん近いです!

 距離が!


「ありがとう、ハルキリくん!

 ハルキリくんと一緒のパーティになれて、本当によかった!」


 でも美少女のガチ恋距離約得だぜ~とか思っている俺には、真っ直ぐすぎるフィリの感情が眩しすぎて、


「ああ、俺も……よかったね」


 とかモゴモゴと答えるくらいしかできないのだった。

 ……あのさあ。言っていい?

 クソダサいよ俺。


「でね、でね、ハルキリくん。お願いがあるんだけど……いいかな」

「ん? 何?」


 自嘲もそこそこにハイテンションなフィリのかわいらしいおねだりが直撃する。

 え〜なになに? ハルキリなんでも聞いちゃう!

 と答えそうになったところを、理性の男ハルキリは理性の力で踏み止まる。

 代わりに出たのは精一杯のスカした返事だ。


「今の早撃ち勝負……もっかいやろっ?

 もっともっと練習してみたくなっちゃった」

「いいですとも」


 小首を傾げるフィリに、俺は正気を失った。

 もちろん一も二もなく承諾する。

 よーしハルキリ、次は絶対負けないぞ〜!



 

 茶色いおじさんが戻ってくるまでに、俺は37回連続で負けた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る