第6話 99りゅうナインティナインドラゴン

「しかしなあ、無理に組ませるわけにも……

 誰だ、お前。今この層は初心探索者の実習中だ」


 遠くからでもわかるほど、目の覚めるような美少女がいた。

 あとおじさん。俺に誰何してきたやつ。

 アースカラーの鎧に身を包んだ、ヒゲが素敵なおじさんのほうはどうでもいい。

 美少女の話をしよう。

 俺の目も釘付けになっていることだし。


 まず、ものすごくデカい。

 身長が俺より頭二つはデカい。

 グラビアモデルかよといわんばかりの八頭身のプロポーションだが、

 なんか縮尺がバグってるというかパーツの縮尺が違うのだ。

 猫とライオンの違いというか、そういう感じ。

 全体のバランスと美しさは保たれているけど、大きさが違うだろ?

 だから美女というよりは美少女というのがより正しい。

 美少女はおじさんに怯えているのか、はたまた何か悩みでもあるのか、

 髪の毛と同じ金色の眉を八の字に下げてしょんぼりと所在なさげに佇んでいる。


「……見ない顔だな。身分を明かせ」

「本日付で入学したばかりのハルキリです。これ、師匠からの紹介状」

「本日付? そんな話は聞いてな……これは、ヴァーミリオ卿の?!」


 師匠が記した羊皮紙の効力は絶大で、おじさんはデカい声をあげて背筋を伸ばす。

 フフフ。権力バンザイ。

 虎の威を借る狐そのものだが、俺は師匠を誇らしく思った。

 にしても卿って。

 あの婆さん、そんなに偉いんだろうか?


「あー、ヴァーミリオ卿の弟子、ハルキリだな。了解した。

 俺は講師探索者のヘリオス。

 現在、初心探索者全員でパーティを組んでのダンジョン探索の実習を行っている。

 初心探索者ハルキリも現時刻より直ちに実習に参加すること。了解するか?」

「はーい、って、パーティ? 俺、一人しかいないんだけど」

「……ちょうどいい。そこに一人余りがいる。彼女と組め。

 実習詳細を彼女に聞いておけ。

 おれはこの紹介状が本物かどうか……ハア…………

 確認してくる。帰ってくるまでそこで二人で待機していろ」


 一人と組んでパーティっていうのか?

 それってただのペアじゃないか?

 そんな質問を投げかけるのが躊躇われるくらいめちゃくちゃ嫌そうな顔をしたおじさんは、トボトボと去っていった。

 俺はその場にでかい美少女と取り残された。


「うお」


 振り返ると、美少女が俺のことを覗き込んでいた。

 ち、近い……

 俺は初心な男ハルキリ。

 女子の急接近にドギマギしちまう年頃なんだよ。

 美少女は目が合うと、超絶美麗加工の人形のような笑顔をみせてくれた。


「初めまして、フィリです。ミスティリカ国立ダンジョン学園初心探索者、99留。

 ロールは運び屋だよ。取り柄は……頑丈なこと。よろしくね」


 いや、すごい。

 美人が笑うと、視覚情報の暴力というか……感動があるんだな。

 フィリ。

 妖精のような彼女に相応しい名前だ。

 こんな美少女と組めるなんて俺にも運が回ってきた。

 同じ初心探索者同士、頑張って、

 

「今なんつった?」


 俺の聞き間違いじゃなければ99留って聞こえたんだが。


「99りゅう、ってなに? ナインティナインドラゴン?」

「あ、ハルキリさんは今日入学したんだっけ。

 えっとね、わたしは初心探索者100年目なんだ」


 目の前の美少女……

 身長からなにからとにかくデカい彼女は、目を細めてそう言った。


「それは……

 何か俺の知らない流派みたいなのがあって九十九流、とかそういうのじゃなく?」

「ちがうよお」


 けらけらと笑う声すら可愛らしい。ズルい。

 でも、留年生だ。

 99留。

 受験戦争の申し子ハルキリが最も恐れていたことは不合格。

 次に恐れていたのが留年だった。

 それを、99回も繰り返したやつが、目の前にいる。

 なぜ? ああ、だからのか。

 そんなことがつらつらと脳裏を横滑りしてゆく。

 常識外れの顔の良さと、俺の人生より遥かに長い留年歴に圧倒されて、俺は脳が停止していた。

 俺が黙っていたからか、フィリははっと笑うのを止め、

 再び眉を下げてしょんぼり顔になってしまっていた。


 よくない。

 自己紹介の途中じゃないか。


「あー、聞いてたと思うけど俺はハルキリ。昨日入学したばっか。

 ロールは魔法使い……でいいのか? 知らないことばっかだからよろしく」


 そうして友好の握手をと手を差し出した。

 いや、美少女に触りたいとかじゃない。

 これからパーティとしてやっていくうえで、必要なコミュニケーションの一環だ。

 そう。

 触りたいとかじゃない。

 しかしフィリはそこに何かしら、存在しない邪気を感じ取ったのか、

 目を丸くして俺を見つめるだけで微動だにしない。

 あんまり動かないもんだから、俺は言い訳をはじめる。

 違うんだって。


「あの、これは……俺の故郷の風習なんだ。

 よろしくの挨拶というか、ね?

 親睦を深めましょうという意味で、いや、変な意味じゃないよ、

 本当に挨拶程度の気持ちの現れとして手と手で触れ合おうというそういう試みの」

「……一緒に組んでくれるんですか? わたしと?」

「それは俺の台詞だけど」

 

 再びの沈黙。

 そろそろ差し出した手を引っ込めたほうがいいのかなとか思いながら、足元に視線をやっていると、でかい水球が落ちてきた。

 上を見上げれば、フィリが泣いていた。


「う、うえええええええ」

「ごめんフィリさん、ごめん、俺が悪かった、マジ何も知らないんだ俺って、

 無知の男ハルキリって有名だったんだよね地元ではごめんごめん泣かないで!」


 俺はしばらくフィリが泣くまわりであたふたとしていることしかできなかった。

 茶色いおじさんが帰ってくるまで。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る