第21話 なぜか棒読みで

 い、いよいよ……ソラのライブだわ……!


 深月わたし達は、ライブに熱狂している観客の最前列にいた。


 その熱気に当てられて、そしていよいよソラの番ということで、わたしは軽く目眩を感じるほどだ……!


「お、おい嵐山……大丈夫か?」


 そんなわたしを心配してくれたのか、皓太が声を掛けてくる。


「もちろん大丈夫よ!」


「でもなんかフラフラしているような……」


「気のせいよ!」


 皓太の気遣いは嬉しいけれど、今はそれどころではない!


 なんと言ったって、いよいよ、待ちに待ち焦がれたソラの初ライブなんだから! しかもリアルの!


 もちろん、このフェスの運営とも繋がっているわたしは抜かりない。


 ソラの生ライブを見るために、最前列のプレミアチケットは、ソラの出演が決まった当日に入手済み。だからわたしは最前列で、今か今かとソラの出番を待っていた!


 そんなわたしに、千愛梨が言ってくる。


「それにしても、最前列とはいえ一般会場で見るなんてね。てっきり、VIP席か何かを確保していると思ったのに」


「あなたは何を言っているの千愛梨!?」


 わたしは、信じられないものを見るような目を千愛梨に向ける!


「この生の興奮が分からないの!? この猛々しい熱気が! こういう雰囲気の中で見るのがいいのよ! VIP席でのんびり鑑賞して何が楽しいのよオペラじゃないのよ!?」


「わ、分かったわよ……! ただでさえうるさいんだから喚かないで!」


「うるさいんじゃなくて全員が熱狂しているの! ソラのライブを見たくて!」


「いや……フェスなんだから、ソラ以外のファンだっているでしょ……」


「いないわよ!? 今やこの会場はソラのファンだけよ!」


「あっそ……もう心底どーでもいいわ……」


 などと覚めた反応を見せるのは、きっと思春期ちゃんだからね?


 まったく千愛梨はひねくれているんだから。ソラ復帰に一役も二役も買ったって言うのに。


 これは……この休憩時間中に千愛梨を教育しないと!


 だからわたしは決意を新たにして、いかにソラのライブが凄いのか、そのパフォーマンスが圧倒的なのか──ネットアイドルのときは画面越しですら感動で震えるほどなのに、それが生で、しかも最前列で見た日には失神してしまうかもしれないということを──


「あーもー! 分かった! 分かったから!! そもそもあんたがうるさいから、今日こうして付き合ってあげてるんじゃない!」


「ならもっと前のめりで興奮しなさいよ!? そんな態度じゃ楽しめるものも楽しめないわよ!!」


「どうやって意図的に興奮しろってのよ!?」


 などと言い合っていたら、千愛梨の隣で苦笑している皓太の顔が視界に入る。


「そういえば……皓太もずいぶん冷静よね?」


「え……? そ、そんなことないぞ……」


 千愛梨もジロリと皓太を見た。


「冷静っていうか……なんだか今日はずっと落ち着かない様子だけど。何かあったの?」


「ベ、別に……何もないけど……まぁ強いていえば、ライブが上手くいくか心配で……」


 そんな心配性の皓太に、わたしは胸を張って言い切った。


「ソラのライブが失敗するわけないじゃない!」


 すると皓太は、また苦笑を返してくる。


「そうか……そうだよな」


「そうよ!」


「でも……良かったよ」


 そんな皓太の言葉に、わたしは眉をひそめた。


「良かったって……何が?」


「あ、いや……ソラが復帰してくれて。こうやって、深月みたいに喜んでいる人が、たくさんいるってことだもんな」


「その通りよ!」


 そうしてわたしは、ビシィッと皓太を指差す。


「幼馴染みの為に引退するなんて言ったあのライブの時、わたしは、動画サイトを映してたプロジェクターを叩き壊したんだからね!?」


「そ、そぉですか……」


「わたしからソラを奪った幼馴染みを、どうやって亡き者にしてやろうかと徹夜で考えてたわよ!」


「…………す、すまん……」


「別に皓太が悪いわけじゃないでしょ! まぁ暗殺計画は本気で考えたけど!」


「さ、さいですか……」


「でも徹夜で考え抜いた結果、別にあんたを亡き者にしても、ソラが復帰してくれるわけじゃないって気づいたのよ」


「き、気づいてくれて本当によかったと思いマス……」


「けど一言文句を言いたくて、あんたのクラスに行ったわけだけど……」


 それがまさか、こんな結末になるなんてね。


 あのときのわたしは、この皓太をソラから奪ってやろうと思った。


 そうすればわたしも犯罪者にならなくて済むし、ソラが引退する理由もなくなるから、アイドル活動に復帰してくれると思ったのよね。


 でも皓太にいろいろちょっかいを出しているうちに、ふと思ったのだ。


 ソラは皓太のために──主にイチャラブ資金を稼ぐためにアイドル活動をしていたわけだから、その皓太が離れたら、そもそものアイドル活動をする理由ごとなくなってしまうのではないか、ということに。


 つまり亡き者にすることと結果は変わらない。


 ということで皓太がソラから離れても、アイドル復帰とはならないのだ……!


 ということに、聡いわたしは、皓太にちょっかいを出し続け、だいたい一ヵ月くらいしてから気づく。


 こんな難しい人間の感情に気づけるなんて、さすがわたし、天才ね!


 とはいえ……


 その打開策は、まったくもって思いつかなかった。


 それに何よりも……あの憧れのソラに、怒られたり、睨まれたり、いわんや、あの美しい声で罵られたりの日々。


 画面でしか見たことのなかった憧れの女の子に、あれだけ貢いだのにハンドル名すら覚えてもらえなかったというのに──


 ──嵐山深月という存在が、ソラの脳裏に刻まれたのだ!


 だからわたしは「これはこれで、悪くないかもな〜」なんて考えるようになっていた!


 それに……ソラにくっついていれば必然的に……皓太とも会えたし。


「な、なに……?」


 わたしはいつの間にか、皓太を見つめていることに気づく。


「な、なんでもないわよ……」


 皓太をソラから奪うわけにはいかない。


 それは分かってる。


 でも……


 どうしてこんなに、気になるの……?


 わたしが、熱狂とは違うドキドキ感を自覚していると、皓太がふと声を出す。


「あ……」


「どうしたの?」


「い、いや……その……お腹が痛くなってきた……」


「はぁ!?」


 間抜けな皓太のその台詞に、わたしは大声を上げる。


「どうするのよ!? あと10分もしないうちにソラのライブが始まるのよ!?」


 さらに千愛梨も呆れ顔で言った。


「お腹にクるほどライブの心配をしていたの? 皓太が出るわけでもないのに」


「あ、あはは……すまん。小心者なもんで……」


 そして皓太はお腹を押さえながら言ってくる。


「急いでトイレに行ってくるけど、この人混みだと戻って来られないかもしれない。でもオレが帰って来なくても、嵐山は存分にライブを楽しんでくれ」


「え、ええ……」


「ライブはオレも見ているからさ。じゃ!」


 なぜか棒読みでそんなことを言った後、皓太は人混みを掻き分けて行ってしまう。


「な、なんなの……?」


 その皓太の姿に、わたしはなんとなく違和感を覚えるのだった。

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