第20話 わたし……何やってんだろ

 ソラが海外レーベルと契約してから……あっという間に一ヵ月が経っていた。


 だから千愛梨わたし達を取り巻く環境も大きく変わる。


 まず何よりも、周囲がもの凄く騒がしくなったということ。


 ソラが海外のメジャーレーベルと契約したというニュースは、瞬く間に広まり、あっという間にテレビやネットの話題をさらった。


 ソラんちのお隣さんということで、わたしにまで、友人達が根掘り葉掘り質問してきたくらいだからね。わたしは、普段からソラの話題は避けていたというのに。


 友達でもそんなだったから、ネットとなるとさらなる憶測が飛び交っていた。


 曰く「あの引退劇は話題作りだったのか?」とか、はたまた「引退劇は演出だったに違いない」とか。無責任な噂をする人間は尽きないってことね。


 レーベルの公式発表では「誠心誠意、ソラさんと対話を重ねた結果、アーティストとして復帰を決断した」ということになっているんだけど、誰も信じてはいなかった。まぁ……誠心誠意なのかは、当事者であるわたしたちも疑問を持つけど。


 そしてもちろん、わたし以上の当事者である皓太は、めちゃくちゃ質問攻めにあってたらしい。コミュ障の皓太じゃ、だいぶ大変だったでしょうね。


 でもそのせいか……今回の夏フェスは異様な盛り上がりを見せている。ソラ復帰、かつ初のリアルライブが行われるってことで、夏フェスのチケットは瞬殺。例年にないほどの話題性で膨れあがっているらしい。


 そんな慌ただしい一ヵ月を経て──


 ──迎えた7月下旬。


 夏フェス当日の楽屋に、わたしと皓太、そして深月の三人は陣中見舞いにやってきた。


 楽屋を訪れると、そこにはソラが一人で静かに座っていた。


 やたらと騒がしいフェス会場の裏側とは思えないくらい、落ち着いた雰囲気。


 まるで緊張のあまり放心でもしているかのようだけど……ソラに限ってそんなことはあり得ないだろう。


 そんなソラに、皓太が真っ先に声を掛けた。


「ソラ、調子はどうだ? 初めてのリアルライブだけど……緊張とかしてないか?」


 皓太が心配そうに声をかける。


 アイドル時代はネット配信オンリーだったし、リアルステージはこれが初めてなわけだから、普通は多少ピリピリしても良さそうなものだけど。


 するとソラは顔を上げて、いつものクールな面持ちで応えた。


「大丈夫ですよ、皓太さん」


 そうして、普段から皓太だけに向ける笑顔になった。


「わたしは皓太さんのためなら、何だって出来ますから」


「そ、そうか……」


 皓太が言葉を詰まらせる。


 まったく……皓太のほうがよほど緊張してるじゃない。


 そもそも今日は、ソラの応援をしに来ただけなのに、なぜか皓太はガチガチに緊張しているのだ。別に自分が歌って踊るわけでもないのに。


 あまりに人が多いからかしら?


 まぁいずれにしても、皓太のその緊張感をも和らげるかのような雰囲気を、ソラは纏っている。まったく大物だわ……


 そんなソラを眺めていた深月は、相変わらず能天気な笑顔を浮かべた。


「今日はソラの晴れ舞台だからね! 大勢のスタッフも全力サポートしてるし、何も心配いらないわよ、皓太」


「ああ、そうだよな……」


 皓太は、まだどこか落ち着かない様子だ。そんな姿を見て、深月はさらに明るい声で続ける。


「見たところ、ソラも全然緊張してないみたいだし、よかったわ! 本当に」


 すると、ソラは深月のほうへと向き直った。


 そしてなぜか突然、頭を下げる。


「嵐山さん……あなたには、結局いろいろお世話になりましたね」


「え? なに突然……らしくないセリフじゃない」


 深月が少し驚いている。深月はいつもソラの不興を買っていたから、素直にお礼を言われたことに戸惑っているのだろう。


 でもソラは淡々とお礼を続けた。


「こうして、皓太さんの願いを叶えてくれたのですから、今は感謝しかありませんよ」


「え……?」


 ソラのそんな台詞に、深月は首を傾げる。


「いや、ちょっと待って? わたし、別に皓太の願いを叶えたつもりなんてないんだけど……」


 しかしソラは、まったく疑問もないという感じで言ってのけた。


「わたしの活躍が皓太さんの願いですから。だから嵐山さんが、皓太さんの願いを叶えてくれたも同然です」


「そ、そうなの……? でも……あんたはそれでいいわけ……?」


「もちろんです。皓太さんが喜ぶことが、わたしの願いですから」


 そこまで言い切るソラに、深月は唖然としているようだった。


 というか、あんなに堂々と言われると、逆に何も言い返せないわよね……


 皓太はといえば、表面上は落ち着いていそうだけど……わたしには分かる。


 あいつの表情は微妙に曇ってる。きっと、また何か思い込んでるわね。


 でもわたしは、ここでフォローを入れたりなんてしない。黙っている皓太が悪いんだから……


 そんな感じで、さしあたり応援はし終えたから、わたし達三人は陣中見舞いを切り上げて、楽屋を出ることにした。


 その後、深月はスタッフとの打ち合わせをするらしい。それに皓太も同行するって話になったけど……さすがにソラを盛り上げる打ち合わせに参加しても面白くもなんともないし。


 だからわたしは、一人でフェス会場を散策することにした。


 賑やかな会場を眺めながら……ふと思う。


 ここ最近、ソラは本当に忙殺されていて、ろくに皓太とも会えていなかった。活動スケジュールは海外レーベル側がガッツリ組み立てていて、取材やレッスン、ミーティング……気づけば一日が終わってるって感じなのだろう。


 でもソラはそれをよしとしている。楽しそうとかヤル気に満ちているとか、そういうわけではないんだけど、ただひたすらに「皓太さんのために頑張ります」って感じで動いている。


 これは……わたしの思惑通り、だ。


 今日をもって、ソラが世界デビューを果たしたら、ますます人気が出るだろう。つまり単なるネットアイドルから、世界のアーティストへと駆け上がっていくことになる。


 そうなったらソラは世界中を飛び回り、わたしたちは、日本から応援するしかない。そして何よりも──


(──そんなソラに対して、自己評価の低い皓太じゃ……ついていけない)


 物理的にも、心理的にも距離が離れていくはず。


 そうしたら皓太は……は……どうなるのだろう?


 正直、わたしにも分からない。


 でもそうなってくれたほうがいいって、わたしは考えていたわけで……


「わたし……何やってんだろ」


 お祭り騒ぎの夏フェス会場を眺めながら、わたしは一人つぶやいていた。

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