第4話 絶対に応募してはいけない闇バイト…その裏に潜む恐怖

 第1章:奇妙な広告

 伊東正義は、突然のリストラに遭い、職を失った。わずかな貯金も底をつきかけ、日々を持て余していた。そんなある日の午後、彼は公園のベンチに腰掛け、どうするべきか考えあぐねていた。ふと視線を落とすと、一枚の紙が風に揺れている。

 興味本位で拾い上げたそれには、大胆な文字でこう記されていた。

 「住み込み召使い募集」

 そして、その下には、異常なまでに高額な報酬が提示されていた。

 「こんなに……?」

 不審な気持ちは拭えなかったが、追い詰められた状況に背を押されるように、正義はその募集主へと連絡を取ることを決めた。

 指定された屋敷は、東京の片隅にあるものの、そこだけ異様な静寂に包まれていた。

 

 第2章:謎めいた館

 街並みを外れた細道を進むと、そこには不気味なほど整然と並ぶ並木道が続いていた。その先に、目的の館はそびえ立っていた。

 久御山香の屋敷。

 黒々とした鉄門の向こうには、手入れの行き届いた広大な庭園が広がっている。中央の噴水からは静かに水が流れ、昼間だというのにどこか薄暗く、冷たい空気が漂っていた。

 そして、庭園の奥には白亜の壮麗な館がそびえ立つ。三階建てのその建物は、外観こそ優雅で美しいが、まるで時間が止まってしまったかのような静寂が周囲を支配していた。

 大理石の階段を上り、意を決して重厚な扉を開く。


 第3章:主と召使い

 屋敷の内部は、異様なほど整然と整えられていた。広々としたホールには大きなシャンデリアが輝き、壁には由緒ありそうな絵画がいくつも飾られている。床には分厚いペルシャ絨毯が敷かれ、歩くたびに柔らかく沈み込む感覚が伝わる。

 しかし、それらの豪奢な装飾の奥には、どこか説明のつかない違和感が漂っていた。

 やがて、館の住人が現れた。

 久御山香――小説家。

 30代半ばほどの女性で、長く艶やかな黒髪を持ち、その整った顔立ちにはどこか妖しげな美しさが宿っている。

 「ここでの仕事は単純よ。掃除や雑務をこなしてくれればいいわ。そして…私の望むこともね」

 彼女の微笑みは優雅だったが、その奥に何か底知れぬものが見え隠れしていた。


 第4章:不気味な夜

 その夜、正義は広々とした使用人部屋で眠りについた。

 屋敷の夜は、昼間以上に静かだった。風の音さえ届かないほどの静寂の中、正義は重いまぶたを閉じ、いつしか眠りに落ちていた。

 だが、深夜。

 微かなうめき声が聞こえた。

 夢の中かと思ったが、耳を澄ますと、それははっきりと屋敷の中から聞こえてくる。

 正義はベッドから起き上がり、そっと廊下へ出た。

 声の出どころは二階の寝室のようだった。

 恐る恐る足を進め、寝室の前で耳を当てる。

 「…助けて……」

 かすかな声。

 正義の背筋が凍りつく。

 震える手でドアノブに触れた瞬間——

 「何をしているの?」

 背後から低く響く声。

 驚き振り向くと、そこには久御山香がいた。

 闇に溶け込むような黒いローブをまとい、じっと正義を見つめている。

 「何を聞いたの?」

 その声には、冷たい威圧が込められていた。

 「……いえ、何も」

 正義はとっさに答えたが、香の目が細められる。

 「あなた、ここに長くいられるといいわね」

 そう呟くと、彼女は静かに闇の中へと消えていった。

 

 第5章:消えた召使いたち

 翌日、正義は屋敷を掃除している最中に、あるものを見つけた。

 地下室へと続く扉。

 鍵はかかっていなかった。

 好奇心と恐怖に駆られながら、正義はゆっくりと扉を開けた。

 そこには、無数の古びたスーツケースが積まれていた。

 埃をかぶったそれらのスーツケースを開くと、中には……

 人間のものと思われる衣服や、日記、そして……写真。

 それらの写真に写っているのは、正義と同じように「住み込み召使い募集」の求人に応募したであろう男たち。

 そして、そのどれもが数週間後には消息を絶っている。

 「……なんだ、これは……」

 正義が呆然としていると、背後で静かに扉が閉じる音。

 「見てはいけないものを見たわね」

 振り返ると、そこにはナイフを手にした久御山香が立っていた。


 第6章:逃亡

 恐怖に駆られた正義は、すぐに駆け出した。

 しかし、屋敷の構造はまるで迷宮のようで、どこを走っても出口が見つからない。

 「無駄よ。ここからは誰も逃げられない」

 香の声が、屋敷中に響く。

 正義は息を切らしながら必死に走るが、いつの間にか、どこを見ても同じ景色が広がっている。

 まるで屋敷そのものが意思を持ち、正義を閉じ込めようとしているかのようだった。

 そのとき、ふと、正義の視界の隅に一枚の古い新聞記事が目に入った。

 そこには、次のように書かれていた。

 「久御山家惨殺事件――失踪した令嬢の行方は不明」

 「久御山香――死後も館に囚われ続ける怨念」

 「屋敷に住み着いた"彼女"が、次なる犠牲者を探し続ける」

 ――その瞬間、正義の意識は闇に沈んでいった。


 そして、また1人。

 翌日。

 再び、公園に一枚の紙が貼り出されていた。

 「住み込み召使い募集――高額報酬」

 その後、伊東正義の姿を見た者は、誰もいなかった……。

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