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「私は取ってないってば! 模倣は相手の体の一部に触れないと取れないの、知ってるよね?」

「そんなの嘘よ! ユイの店に来てから魅了が使えなくなってるんだから!」


 模倣屋に来てまずユウキが目にしたのは、アイコが激しい剣幕でユイを睨んでいる姿だった。


 アイコがいつも通り冷やかしに来ていた。店の前を陣取っていたところ、突然アイコが騒ぎ出したのだ。

 ユイが触ってもいないのに何故か「アイの能力取ったでしょ!?」と。


「警察だ。話を聞いてもいいだろうか」


 アイコはユウキに声をかけられ、ユイに能力を奪われたのだと話した。

 ユイはもちろん取っていないと反論した。だが、この場に能力透視を持つ者はいない。


「少し待て。道具を――」

「使うなって言われてるだろ。……ま、どうせハルマという男に全て貸出中で残っていないぞ。もちろんお前の後輩も連れて行かれている」


 ユウキをここに呼び出した男は、困った表情を見せた。

 ユウキは信じられない様子で男の胸ぐらを掴む。

 

「バカな! そんなに同じ能力が必要なことなどあるか!?」

「そいつが全て貸せって言ったんだから仕方ないだろ。上のやつはハルマに頭が上がらないんだからよぉ」


 ハルマは偉い人達に賄賂を渡しているという噂がある。だから警察も隠蔽を易々と引き受けたり、道具も簡単に貸してしまうのだと。

 実際のところはわからないが、態度からして当たらずといえども遠からずと言ったところだろう。


「道具も能力者もいないんじゃどうしようもないな。今日のところはお開きでいいだろ」


 こうなることがわかっていたようにギンはアイコや警察の人間、そして野次馬。そこにいた全員へ聞こえるように言った。

 引き下がるしかないアイコは、忌々しそうにユイと警察の2人を見た。アイコは誰にも聞こえない程度の小さな声で「無能が」と呟く。

 だが、ギンがその言葉を聞き逃すことはなかった。ギンがアイコを睨めばアイコは驚いた表情を浮かべたが、言及することもなく模倣屋から離れた。


「ユイ、今日も閉めよう」

「……うん」


 戸締りを始めてやっと模倣屋の前の人集りは散っていく。

 ユウキはユイが中へ入って行くのをただただ見つめた。ユイに話しかけようと足を進めたが、ギンに一瞥され足を止めた。

 ギンによって扉は閉められ、ユウキはユイに声をかけることができなかった。

 ユイが本当に奪った可能性を捨てきれず、一瞬でも疑ってしまったのだ。ユイはそんなことをしない。そう思っているのに。


「私は、酷い友人だな」

「そんなこと言うなよ。ユウキさんは良くも悪くも平等だってことだろ」

 

 同期の男は模倣屋を見つめたままユウキへ励ましの言葉を投げかけた。

 項垂れるユウキは「帰るぞ」と同期の男に声をかける。

 同期の男の顔は見られなかった。

 きっと今自分は情けない表情をしている。こんな姿をわざわざ晒したくない。ユウキは俯き唇を噛んだ。

 

「ハルマに返してもらったらすぐ誤解を解けばいいだろ」

「だが、もし無意識にユイが奪っていたとしたら――」


 ユイを擁護することはできない。ユイが悪意に晒され苦しんでしまうかもしれない。

 ユウキはユイを苦しめたくはない。だが、放置することもできない。


「能力を持っていないことを願うしかないのか……?」

 

 模倣は基本使うことを禁止されている。模倣屋の開業で自由に使用しているように見えるが、現実は違う。

 そのため模倣がどれほどの脅威かは未知数。今持っている知識で網羅できているとは限らないのだ。

 また、無意識が故に力をコントロールできていない例も存在している。


 嫌な想像しかできない自分にうんざりだ。ユウキは深呼吸をしてから警察署へと戻る。留めている男の口を割り、アイコが主犯であると言わせてみせると誓ったのだった。



 ◇



「ユイ、大丈夫か?」


 ホットココアを手にギンはユイを覗き込んだ。

 ソファでぐったりしているユイは返事をすることなく遠い目をしている。


「私、そんなにアイコに嫌われるようなことしたかなぁ」

「お前が気に病むことはない」


 ギンはホットココアをテーブルに置き、ユイの隣に座り頭を撫でた。ユイはその行為に目を見開きギンを見た。


「悪い。嫌だったか?」


 咄嗟に手を離し慌てて謝罪をするギン。その様子にユイは微笑んだ。

 

「全然。むしろ嬉しいけど、ギンがそういうことしてくれると思ってなくて驚いたの」

 

 そうか。とギンは安堵のため息を吐いた後、ユイに促され頭をまた撫でた。

 ユイは少し落ち着いたようでギンが用意してくれたホットココアを手に取り一口。

 濃く甘めに淹れられたそれは、今のユイには丁度よかった。

 まだわだかまりは消えないが、ユイはホットココアを飲み干してソファから立ち上がる。


「ギン、ありがとう。傍にギンがいてくれてよかった」

「……それは俺のセリフだ。ユイが拾ってくれてよかったよ」


 ユイはお風呂に入ってスッキリしようと歩き始めるところで、ギンに手首を掴まれる。


「ギン?」

「俺の話、聞いてくれないか?」


 まだ躊躇いがちのまま、だが今話さなければギンは一生後悔することがわかっている。

 だからこそギンは震える手で、ユイの手首を掴んだのだ。


「あんたは本当にアイコの魅了能力を所持している」

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