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 模倣屋の臨時休業が続く中、何の手がかりもない警察署の人間は、模倣屋を畳んでしまえば済む話ではないかと囁くようになった。

 

 まだ大人になりたての女がうっかり模倣で奪てしまったのだと公表し終止符を打とう。

 元々信用のない能力だ。誰も擁護しないだろう、誰も違和感を持たないだろう、と。


「早計すぎます! まだ1週間経っていないのですよ!?」

「早くて3日で解けるんだろう? 解けていないということは、すっかり奪われている可能性は大いにある」

「一時的消去は解ける前にもう一度能力を使えば、半永久的に能力を奪うことができるのをお忘れですか?」


 ユウキの言葉に誰も耳を傾ける者はいない。

 それもそのはずだ。ユウキは模倣屋に肩入れをしていると思われているのだから。

 悔しさのあまりユウキは上司を睨んでしまうが、気にした様子はない。


「お話中失礼いたします。ハルマ様が能力を借りたいと来ています」

「ハルマ様が? わかった。俺が対応しよう」


 上司はハルマを待たせまいと足早に部屋を出る。

 部屋を出る際に、ユウキへ「諦めろ」と言葉を残して。

 

 1人残されたユウキは机を殴り、何もできない自分に腹を立てた。このままではユイが犯人に仕立て上げられ、模倣屋が潰されてしまう。

 証拠を見つけるには、能力をかけた者の口から自分がやったと白状させないことには始まらない。

 嘘を見抜ける能力さえ使えれば、どうということはない。しかし、今は模倣で借りた能力の使用は全面禁止となっている。

 上司が言うには、今使えば自分たちの能力を奪われる危険があるかもしれないなどと言う。だが、それは犯人探しをさせないためとしかユウキには思えなかった。


「犯人見つけてきたんだけど、誰もいないのか?」

「その声は、ギン?」

「お、いたいた。ほらよっと」


 突然警察署に投げ落とされたそれは、アイコの取り巻きの1人である男だった。怪我はしていないが、何かを恐れているのか地べたに寝転んだまま震えている。

 その男は元々ユウキが目をつけていた一時的消去の持ち主だ。


「証明、できるのか?」


 ユウキはギンが縛り上げて連れてきた男の体を起こしてやり、ギンを見た。

 ギンは「もちろんだ」と頷き男を睨んだ。男はギンに睨まれた瞬間、浅い呼吸を何度も繰り返した。


「ほら、お前の罪をお前の口で話せよ」


 男の前にしゃがみ込み、男の顔を覗き込むようにギンは言う。

 いつも気怠げな様子しか見ていなかったユウキは、呆気に取られた。

 ギンはいつも隠している右目を手で覆う。指の隙間から光が漏れた気がして、ユウキは思わず質問した。


「今、お前の右目から光が漏れたような気がしたんだが」

「は? 気のせいだろ。漫画じゃないんだから。……そんなことより、話せって」


 ドスの効いた声で男に言えば、やっと男は口を開いた。


「俺が、全部やったんだ。アイのために。アイがあの女を嫌がるから……。アイのためなら俺は人殺しだってやってやる」

「これは……?」


 虚な目に震える四肢。整わない呼吸。

 

「過剰摂取ってやつだ。魅了はアイコの能力で、こいつはアイコの魅了で狂ってる」


 薬と同様、過剰に能力を使われた人間は、おかしくなってしまうのだ。

 

「主犯はアイコだと、ギンはそう言いたいんだな?」

「そう言うこと」

「違う! 俺が独断でやったんだ。アイは俺にそんなこと頼んでない」


 頑なにアイコが主犯と認めない男。

 ギンとしてはアイコ共々捕まって終わりにしたいと思っていた。しかし、この男が頷かない限りユウキにアイコを捕まえることはできない。


「ま、とりあえずこいつ捕まえられるだけマシか……」


 憎悪丸出しだったのが嘘のようにギンはいつも通りの気怠げな雰囲気に戻る。

 ギンは「後よろしく」と警察署をさっさと離れていく。

 ユウキは震える男を署の中へと運ぶことにした。

 取調室に連れて行く際、同期の男と出会った。

 同期の男は震える男をまじまじと見つめ、ユウキに問いかける。


「そいつ、ユウキさんがマークしてた人だよな?」

「ああ、自白しにきたんだ。詳しい話は今から聞くつもりだ」

「よかったな。公表できたら模倣屋も落ち着くだろ」

「……ああ」


 相槌は打つものの、ユウキは上の空だった。

 ギンが脅しただけで、こうも簡単に口を開くものなのだろうか。黙っていれば、模倣が悪いと決めつけられた後まで粘っていれば、逃げ切れたかもしれないのに。

 また、当たり前のように「能力の過剰摂取」とギンが言っていたが、ユウキは初めてそのような事象があることを知った。

 ギンは以前も「能力の透視」を警察が常備していることを知っていた。話を聞こうにもギンは忙しいだの昔に聞いた話だから忘れた。などと適当な言葉で濁していた。

 それもあって、ユウキは腑に落ちない気持ちでいっぱいだった。


「ユウキさん! 悪いがそいつを閉じ込めた後、模倣屋に来てくれないか!?」

「どうしたんだ、そんなに慌てて」


 先ほど話をした同期の男。街をパトロールするために外に出ていたのだ。外に出て早々、模倣屋の話を聞いたようだ。

 

「模倣使いのあの女が、魅了能力を持つ女性の能力を奪ったとさっき通報があったんだ」

「はぁ!?」

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