売りに出されて三年目、神様のお世話係に任命されました

生獣(ナマ・ケモノ)

※ 第1話 鯨井 美子


明治二十年。

田舎の田舎もそのまた田舎。

開けた地にひっそりとある「筑摩家」と名のついた名家のお屋敷。

田舎だけれど大きな家で、大金持ちで、何故だか偉い人がよく訪ねてくる……そんな所。


私は八の歳の頃にそこに買われました。

名前は鯨井 美子(くじらい みこ)。

貧乏で、それなのに兄と姉が居て、だから邪魔だったのだと思います。

両親はお米とお味噌とお塩と、そして沢山のお金で私を売りに出しました。


筑摩家では下女としての働き方を教わり、筑摩家の方々や先輩達に意地悪されながら、それでも一生懸命働きました。

そうしないとご飯を食べさせて貰えませんから。

そうしないと生きていけませんから。


けれど、そんな中でもたった一人だけ私に優しくしてくれる方が居ました。

名を筑摩 小春(ちくま こはる)様と言います。

歳は私の五つ上。筑摩家の御令嬢ですが、余所者の私にとても優しくしてくれるのです。

殴られたらお水で冷やした布を当ててくださいました。

罰でお食事を抜かれた時はこっそりと握り飯をくださいました。

意地悪な先輩達に虐められた時は、いつも私を庇ってくださいました。

そして、私に文字の読み書きまで教えてくださいました。


何故そこまでしてくれるのか……と聞いた事があります。

小春様は『末っ子だから妹が出来たみたいで嬉しいの』と優しく微笑まれました。


そして、いつの間にやら三年の月日が経ちました。

私は十と一歳になりました。


そんなある日、小春様にお部屋にお呼ばれしました。

今まで沢山お世話になりましたが、お部屋に呼ばれたのは初めての事です。

私は何か粗相をしてしまったのかと不安になり、恐る恐るお部屋に入りました。

すると、小春様が『そこに座りなさい』と床を指さします。

私は言われた通りに床に正座しました。



「良い、美子ちゃん。これからする事は他言無用よ?

お父様にも、兄様や姉様にも誰にも言ってはいけません。約束出来る?」


「はいっ! 誰にも言いません!」


「良い子ね」



小春様はそう言って悲しそうに微笑むと、私の着物の襟をはだけさせました。

そして露になった私の首筋に接吻け(くちづけ)をしたのです。



「ひあぁ……っ」



我ながら情けない声を上げたものだと思います。


大人になると“そういう”行為をする、という事は教わっていました。

まさかこの歳で、それも同性の方に抱かれるとは思ってもみませんでしたけれど。


ですが……怖くはなかったのです。

憧れの小春様だから……というのもありますが、その小春様が薄っすらと涙を流していたから。

苦しそうに、罪の意識に苛まれるように、そんな表情で私の身体に指を滑らせるのです。


きっと、いけない事だと分かっているのでしょう。

どれ程苦悩していたのでしょう

どれ程葛藤していたのでしょう

どれ程の覚悟と勇気を持って今日という日を迎えたのでしょう


それを想うと胸の内から暖かい感情が湧き水の如く溢れてきます。

私より大人で、聡明で、美しい小春様に言い表わしようのない愛おしさを感じてしまうのです。



「小春様、美子は全てを受け入れます。どうか、存分に愛してくださいませ」


「美子ちゃん……っ」



小春様は私の帯を解き、襦袢を脱がして生まれたままの姿にされました。

それを目に焼き付けるように眺めた後に、小春様もまたそのお着物をお脱ぎになられました。

すらりと背が高く、けれど白い肌は何処か儚げで。

月明かりに照らされた小春様の肢体のなんと美しい事でしょう。


私は優しく布団に寝かせられました。

小春様は私の凡ゆる所に触れてくださいました。


鎖骨を噛まれました。

耳を舐められました。

脚を抱えられて、足の指を舐めて、足の甲に接吻けをされ、内股を噛まれて……

着物で隠れる箇所に接吻けの跡と歯型を残してくださいました。



「美子ちゃん、ごめんなさい。ありがとう」



行為を終えられた小春様は寂しそうに微笑んで、私の頭を撫でてくださいました。

私の方はついぞぞわぞわ、とか擽ったい、とか。

そんな感覚しか味合わいませんでしたけれど。


それで小春様が喜んでくれているのなら嬉しいのです。

それでも、私の唇と秘所には指一本触れはしませんでした。

それは、小春様の欲望に抗う理性の最後の砦だったのでしょうか。

それとも少しでも罪悪感を減らしたかったのでしょうか。

もしかしたら未成熟の果実を見守るように、時が来るまでは大切な部分を食べないでおこうというお考えだったのかもしれません。


何れにせよ、今日私と小春様は身体を重ねたのです。

誰にも知られてはいけない秘密の逢瀬。


あぁ、小春様は涙を流す程に悩んでおられたのに、私の胸は何処か高揚していました。

憧れの小春様に抱いて頂けた悦び。

何時か読ませて頂いた本の中のお話のような秘められた関係。

特別な人間に成れた気がしました。

仄暗い優越感を抱いてしまいました。

私は、なんと罪深い……


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る