第52話 最終試練08
私の夢——
それは、ゆうくんに心の底から笑ってもらうこと。
私がいちご牛乳を飲み続けるうちに、少しずつ、ゆうくんの笑顔が増えていった。
彼の願いに応えたくて、私は飲んだ。
でも、それだけじゃなかった。
——私は、ゆうくんを幸せにしたかったんだ。
小さかった頃のゆうくん。
両親がいなくなり、ひとりぼっちになって、言葉も、感情も、どこか遠くに押し込めたままの子だった。
笑うこともなく、ただ表面だけの仮面のような微笑みを浮かべるだけ。
それは、大きくなっても変わらなかった。
——でも、私は知っていた。
彼の本当の気持ち。
彼がどれだけ、孤独を抱えていたのか。
だから、私はそばにいたかった。
小さいながらに、そう思った。
初めてゆうくんに出会った日のことを思い出す。
公園のベンチ。
日が暮れても、そこにぽつんと座り、うつむいたまま動かない男の子。
その時、私は手に持っていたいちご牛乳のパックを見つめた。
「……飲む?」
ストローを口に含んでいた私が、パックごと、ゆうくんにそっと差し出した。
ゆうくんは、ゆっくりと顔を上げた。
私は笑って、もう一度言った。
「一緒に飲もう?」
彼は迷うようにパックを見つめ、やがて、小さな手でそれを受け取った。
そして、ストローを咥え、静かに一口。
次の瞬間——
ぽた、ぽた、と彼の頬を涙が伝った。
きっと、それまでうまく泣くことすらできなかったんだね。
私は小さな手で、そっと彼を抱きしめた。
「よしよし、大丈夫。一緒にいてあげるから。」
彼の肩が、小さく震えた。
それが、ゆうくんにとって一番大事な思い出。
そして、いちご牛乳は彼にとって、忘れられないものになった。
花恋のことを思い出す。
——昔、ゆうくんが花恋にいちご牛乳をあげた時のこと。
あの時のゆうくんは、泣いている花恋を放っておけなくて、慰めるために、いちご牛乳を渡したんだね。
私と同じように。
でも——
初めて作ったいちご牛乳。
それはきっと、本当は私に届けるつもりだったもの。
だけど、途中で花恋と出会った。
——だから、あの「初めてのいちご牛乳」は花恋のものになった。
同じものを、私には渡せなかったんだね。
ゆうくんは、優しい人だ。
だからこそ、私は彼の気持ちを受け取らなきゃいけない。
——それで、ゆうくんは、私のために特別なものを作った。
私のためだけの、オリジナルのいちご牛乳を。
ゆうくんがずっと言えなかった寂しさ。
これまで濃縮されてきた、彼の思い。
私は——全部、受け止めたよ。
お腹いっぱいになった。
満たされた。
「もう、大丈夫。」
だから——
「帰るね。」
私は最後に、静かに目を閉じた。
グラスを置くように、そっと言葉を添える。
「ごちそうさま。」
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