第41話 あいりの試練

ゆうくんが静かにカウンターにグラスを置いた。

それは、ただの飲み物ではない。彼の言葉の重みが、それを証明していた。


「お待たせ、特製いちご牛乳ができたよ。」

優しく微笑みながら、ゆうくんは続ける。


「でも、無理しなくていいんだ。ダメならダメって言ってね。さすがの僕も、苦しんでまで飲んでほしいとは思わないからさ。」


彼の声はいつもと変わらない穏やかさを持っていた。でも、その奥には、どこかあいりを気遣うような温かさがあった。


「……しずくとあいりは違うんだよ。」


その言葉が、あいりの胸に突き刺さる。

そう、しずくとは違う——そんなことは最初から分かっていた。


それでも、目の前の特製いちご牛乳を前に、あいりは心の中で決意を固めた。


(私は、これを飲むんだ。)


彼女の前には、どんと置かれた500ミリリットルの特製いちご牛乳。

あいり用に、小さなグラスまで用意されていた。


彼はあいりに「少しずつ飲んでいいよ」と言ってくれたのかもしれない。

でも、それが逆に、あいりにはプレッシャーになっていた。


(少しずつ飲むのが前提って、どれだけキツいのよ……。)


心の中でそうぼやきつつも、手を伸ばす。

まずは、見た目を観察した。


透明なグラスの中で、とろりとした液体が光を受けてゆっくりと流れる。その粘り気は、今までのいちご牛乳とは比べ物にならないほど濃厚だった。ゼリー状の塊が、悪魔のように不規則に浮かび、無数の影を作っている。


匂いを嗅ぐと、甘酸っぱさの中に、発酵したような独特の香りが混じっていた。


(これ、本当にしずくが飲んでたの?)


小さく呟きながら、グラスを持ち上げる。

わずか500ミリリットルとはいえ、手の中で異様なまでの重さを感じる。


(私は、これを受け入れられる?)


心が、わずかに揺らぐ。


——いや、やるしかない。


決意を込め、グラスを口元に運ぶ。

そして、ゆっくりと、最初の一口を——。


「……っ!!?」


瞬間、舌に広がる強烈な衝撃。

濃厚すぎる甘さ、舌の奥を刺すような塩気、そして複雑なえぐみが絡み合う。

ゼリーが喉に張り付くように絡み、飲み込むたびに抵抗を感じる。


(なにこれ……)


目を細め、思わずグラスを見つめる。

喉を通った後も、舌の奥に残る異様な後味がじわりと広がる。

香りも、甘いだけではなく、発酵した何かが鼻をつく。


「……う……っ」


息を整え、もう一度口をつける。


でも、手が震える。


(しずくは、これを毎日飲んでた……?)


彼女の強さを、改めて実感する。


目の前の液体は、ただの飲み物ではない。

まるで、彼女に試練を与えるかのように、そこに存在している。


——私は、負けないよ。


そう、心の中で誓った。


再び、グラスを持ち上げる。


今度は、逃げずに飲む。-

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る