第38話 あいりの絶望

「しずく、遅いなぁ……。一緒にゆうくんのところ行こうって言ってたのに。」


校門の前で腕を組みながら待っていたあいりは、少し不満げにため息をついた。


そのとき——


ぱたぱたっ


遠くから、しずくが軽やかに走ってくる。


「待たせてごめんね。ちょっと話があるって呼び出されちゃって。断るのも悪くて……。」


あいりは興味津々にしずくの顔を覗き込む。


「へぇ、そうなんだ? で、なんだったの?」


「んー、大したことなかったよ。」


しずくは何でもないことのように微笑むが、次の言葉にあいりは耳を疑った。


「好きだから、付き合ってくださいって。」


「それって告白じゃん!!?」


あいりの声が校門の前に響き渡る。


「誰々!? 誰からよ!!?」


あいりは恋愛話が大好きだ。まさかしずくが告白されるとは思ってもみなかった。


しずくは少し考えた後、指をぽんと鳴らした。


「えっと……なんだっけなぁ。あの、野球やってる、あいりが“かっこいいよね”って言ってた人。」


あいりの目が大きく見開かれる。


「ええ!? まさか……野球部のアキトくん!?」

「あぁ、その人だよ!」


学校で女子人気ナンバースリーのイケメン。

「なんで、すぐその名前忘れてんのよ!!?」


しずくはケロッとした顔で頷くが、その理由にあいりは呆れる。


「だって、ゆうの一文字も入ってない男の子の名前なんて、覚えられるわけないじゃん。」


「何そのひどい理由!!」


心の底からツッコミを入れたくなる。


「で、どうしたの?」


「え? そんなの断ったよ。当たり前でしょ。」


やっぱりか。


あいりは納得した。しずくはどこまでもゆうくんだもんね。


(ちなみに、ゆうくんも顔だけなら人気ランキング10位以内には入る。でも、全然女子と絡まないから、みんな諦めるんだよね。)


改めてしずくを見ると、この半年で随分と変わったことに気がつく。


確かに可愛くなった。

髪はツヤツヤで、肌も透き通るように綺麗。

ふとした仕草が妙に色っぽい時もあるし……なんだろう、母性? みたいな柔らかい雰囲気すら漂ってる。


「……確かにしずく、可愛くなったもんね。男がほっとくわけないかぁ。」


「えっ、てか、私身長抜かされてない?」


しずくが隣に立つと、明らかに自分より少しだけ高い。


「あ、本当だ。私のほうがちょっと高いかも。あはは、不思議だね。」


あいりはショックを受けた。


ちょっと前まで10センチぐらいの差があったのに……。


今は身長負けて、体の成長も負けてる。

しかも、女子人気の高い男の子に告白までされてるしずく。


「絶対いちご牛乳だ!!」


あいりは拳を握りしめた。


「私、決めた! 毎日500ミリリットル飲む!!」


しずくはくすっと笑った。


「そうかもねー。私、たくさん飲んだからね。」


「……でも、しずく……今まで告白されたことってなかったよね?」


あいりがふと思い出して尋ねると、しずくは何気なく答えた。


「最近、多いんだよね。こういう告白。」


「ぶふっ!!」


あいりは思わず吹き出した。


「ちょっ!? こういう事って!? もしかして、男の子にたくさん告白されてるってこと!?」


「うん。なんでだろうね。女の子もいたよ。」


サラリと言ったが、これはとんでもない発言だ。


「え、ちょ、待って待って!? それ、名前ちゃんと覚えてる?」


「うーん……覚えてる人もいるけど……」


しずくは指折り数えながら、告白された相手を一人ずつ思い出していく。


その中には女子人気トップ10入りの男子も混ざっていた。


あいりは頭を抱えた。


「……全部、断ってるんだよね?」


「うん、そうだよ。なんか断るの大変でさぁ。あの泥棒猫、花恋さんに断り方でも聞こうかなって。」


「うわーーーん!!! モテてるしずくなんて嫌いだーーー!!!」


あいりは半泣きになりながら、先を歩き出す。


「ちょっ、あいり!? なんで泣いてるのよー!!」


しずくが慌てて後を追いかける中、あいりは心の中で決意する。


——絶対に、いちご牛乳をもっと飲んでやる!!!

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