第30話 利きいちご牛乳

あの後、あいりは200ミリリットルのいちご牛乳を飲み切り、いちご牛乳ランク・初級へと昇格していた。


その成果を報告するため、しずくとあいりはゆうくんの部屋で話していた。


「ついに、私も初級になったんだよね!見てよ、この量!350ミリリットルだって!信じらんない!」


グラスを掲げながら、あいりが自慢げに笑う。


「でもさ、ゼリーがやばすぎる! まぁ、どんだけ苦しくても、飲むんだけどさ。」


「私もそれ、すごいつらかったなぁ。でもね、今は逆に楽しくて、おいしいって思えるんだよね。」


「……えっ?マジで?これ美味しいって思えるの? やっぱ、しずくおかしいわ。ゲテモノ好きの才能あるよ。」


思わず距離をとるあいり。しずくは慌てて首を振った。


「そ、そんなことないよ!? た、確かに……最初は『うわ、ひどい味』ってなるけど、それとはまた違うの!もっと奥底で感じるものがあるの!」


「……ふーん。奥底で感じるもの、ねぇ。」


あいりはしずくをジト目で見つめる。


「しずく、洗脳されてない?」


「違うよ!!」


ぷくっと頬を膨らませるしずくに、あいりはふっと笑った。


「でもさ、なんか不思議だよね。普通だったら絶対に飲まないようなものなのに……ゆうくんのためなら頑張って飲もうって思える。」


「少しは、あいりも分かってきたね。」


しずくは満足げに頷く。


「そうやって、気持ちを深めていくんだよ。ゆうくんが作ったものだって考えながら飲むと、また違った風に感じるんだよ。」


「……ふーん。」


そう言いながらも、あいりはどこか納得しているようだった。


そんな時、ゆうくんが会話に割って入った。


「しずく、今日はさ、利きいちご牛乳やってみない?」


「え、利きいちご牛乳?」


「そう。どれが僕が作ったいちご牛乳か、当ててもらうんだよ。」


「……面白そう!やってみる!」


「私もチャレンジしたい!」


「あいりも? 結構、難易度高いけど、大丈夫?」


あいり「私、初級になったからね!やってみせる!」


ゆうくんは、5つのグラスにいちご牛乳を注いで並べた。


しずくとあいりは、それぞれのグラスを慎重に手に取り、ひと口ずつ味わい始めた。


「うーん……どれも少し違うけど、しっくりくるものがない……。」


しずくは頭を悩ませながら、次々とグラスを試していく。


あいりの反応も気になる。


あいりは最初のグラスを口にした途端、眉をひそめた。


「……なんか匂いが強い。ゼリーの食感もすごいし……。」


次のグラスを飲んでみるも、どうもしっくりこない。


「これ……うーん、ちょっと違う気がするけど……。」


何度も試し飲みをする。


「げっ、なにこれ、マズッ!」


思わず顔をしかめる。


「いつものゆうくんの方がマシだわ……。」


しばらく迷ったあと、あいりは3番のグラスを選んだ。


「わかんないけど、これにする!一番粘度が高くて、風味も濃厚! ドロドロ、ネバネバがすごいからさ!いつも飲んでるやつに近い気がする!」


あいりの選択に、しずくは納得しつつも違和感を覚えた。


3番のものは、確かにゆうくんのいちご牛乳に近い。


でも、違う。


「オッケー。あいりは3番だね。しずくは決まった?」


「うーん……決めきれないから、もうちょっと待って。」


しずくはもう一度、慎重に飲み比べる。


「……おかしい。この中に、ゆうくんのいちご牛乳はない。」


疑問を抱きながら、もう一度飲み直す。


「……本当に正解、あるの?」


ゆうくんは微笑みながら頷く。


ゆうくん「間違いなく、あるよ。」


しずくは目を閉じ、一番から順番に口に含んでいった。


そして——4番のグラスを口にした瞬間、確信した。


「……これだ。」


4番のいちご牛乳は、匂いも味も、最悪だった。


ゼリーが異様に粘りつき、独特の強烈な香りが鼻に抜ける。けれど——


(……ゆうくんの味がする。)


しずくは、4番のいちご牛乳をすべて飲み干し、言った。


「……正解は、4番。」


あいりは、驚愕の声をあげた。


「ええ!? それが一番ひどい匂いと味だったよ! ゆうくんのいちご牛乳って、そこまでひどくないでしょ!?」


ゆうくん「さすが、しずく。」


ゆうくんが、嬉しそうに微笑む。


「……なんて言ったらいいのかな。」


少し考えながら、しずくは言葉を探した。


「味も香りも、いつものいちご牛乳とは違うんだけど……。でも、"味わった感じ" がゆうくんの味だったんだ。」


「これには、ゆうくんの思いが入ってる。だから、私にはわかったの。」


「ほんと、すごいな。」


「正解のものは、実は一週間前に作ったやつなんだよ。」


「は!? なにそれ、ひっかけ問題じゃん!!」


ゆうくんは、2人の頭をやさしく撫でながら言った。


「あいりも惜しかったよ。選んだ3番は、僕のいちご牛乳を真似して作ったものだったんだ。」


「でも、それが分かるなんて、すごいよ。」


しずくは、心から安堵した。


(ゆうくんのいちご牛乳を、私は間違えなかった。)


けれど同時に——


ゆうくんの思いが込められていないいちご牛乳に対して、しずくは嫌悪感を覚えていた。


(……ゆうくんの味じゃないものを、私は飲みたくない。)

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