第13話 あいりの覚悟
もうこうなれば、しずくが飲んでたんだから
意地でも飲んでみせる
あいりは、舌で味を感じるからダメなのだと考えた。ならば、喉に直接流し込んでしまえばいい——そう思った。
グラスを持つ手に力を込め、深く息を吸い込む。
(鼻をつまめば、味なんて感じない……はず!)
「エイッ!」
覚悟を決め、一気に口へと流し込む。
——その瞬間。
……ネバッ……トロッ……ドロッ……。
口の中いっぱいに広がる、重たくまとわりつく質感。喉へと押し流そうとするが、粘性が高すぎて、ズルズルと絡みついてくる。
「……っ!!」
無理やりゴクリと飲み込むが、喉の奥に張りついて離れない。胃へと落ちていく感覚さえ、粘り気がまとわりつくように重い。
(な……なにこれ……。)
思わず目をぎゅっとつぶる。
飲み干したはずなのに、口の中にはまだベタベタと残る感触。
歯を噛みしめると、ギシギシと妙な音まで鳴る。
「おぇー……っ!!」
限界だった。
次の瞬間—— あいりは口を押さえ、耐えきれずに
吐き出してしまった。
しかし、その瞬間。
「はい。」
静かに、しずくが器を差し出す。
特に驚いた様子もなく、淡々とした仕草で、それを受け止めた。
あいりは肩で息をしながら、しずくを見つめる。
しずくの表情は、変わらない。
「……無理しなくていいって言ったのに。」
ゆうくんの声が、優しく響く。
けれど——
「……ちょっと待って、まだ……まだ終わりじゃないから……!」
悔しい。
たかが飲み物一つ、しずくが飲めて、自分が飲めないなんて——そんなの、認められるわけない!
もう一度、グラスを握り直し、飲む。
また、吐き出した。
それでも、あいりは諦めなかった。
---
しずくは、じっとあいりを見つめていた。
(……最初に私が飲んだ時の、四分の一程度しかないのに。)
それすら飲めないあいりを見て、心のどこかで、残念に思った。
(……なんだ、ゆうくんが好きって、その程度なんだ。)
でも。
(……いや、私だって最初はきつかった。)
だからこそ、しずくは言う。
「ゆうくん、少し席外してくれる?」
「あいりと話したいことがあるの。」
ゆうくんは少しだけ驚いたようにしずくを見つめたが、静かに頷き、部屋を出ていく。
---
部屋には、しずくとあいり、二人だけ。
「何?」
あいりは眉をひそめた。
「私はこれを飲むの。絶対に。」
その言葉に、しずくは静かに首を振る。
「そのままじゃ、あいりには飲めないよ。」
「はぁ!? 何それ、バカにしてんの?」
イラついたように、あいりが食ってかかる。
「……これホントは、しずくが飲んでたやつじゃないんでしょ?」
「……え?」
「私が飲めないように、わざと作ったんだ。でしょ?」
「そんなわけ——」
「だっておかしいじゃん! しずくには飲めるのに、私には飲めないんだよ!?」
あいりの声が震える。
「しずくが、他の女には飲めないように作ってって頼んだんでしょ!」
しずくは、しばし沈黙する。
「……あいり、それは、私が飲んでるのと同じものだよ。」
「ああ!? こんなものまともに飲めるわけないでしょ!?」
あいりはグラスを睨みつける。
「学校でこれを平気で飲めるとか、頭おかしいんじゃない!?」
しずくは、静かにあいりを見つめた。
そして——
「……おかしいのは、あいりのほうだよ。」
「なっ……!?」
---
「だって、私は飲めるよ。」
しずくは、あいりの前でグラスを取り、指についた液体をそっと舐めた。
「ちゃんと味わってるし、それを美味しいって思えるんだよ。だから、それは——あいりの問題。」
「ゆうくんがわざと作ったわけでも、私がそう頼んだわけでもない。」
「ただ、あいりにはこの味が耐えられないってだけ。」
あいりの眉がピクリと動く。
「……そんなの認めない。」
「でも、事実だよ。」
「私が飲めて、あいりが飲めない。それが現実。なのに、ゆうくんのせいにするの?
それって……負け惜しみじゃない?」
「……っ!!」
あいりは唇を噛む。
(——くそっ、悔しい。)
(たしかに、しずくのいちご牛乳とは違うものだと思いたかった。)
(でも……しずくが「同じものだ」と言い切った以上、それを否定するのは、ただの逃げだった。)
「……どうすれば、飲めるの?」
あいりは、震える声で問うた。
「好きなら、飲めるよ」
しずくは、ゆっくりと言葉を紡ぐ。
「——ゆうくんのことを、本当に好きなら。」
「え……?」
「ちゃんと、受け入れて。ちゃんと、好きになればいい。」
「私だって最初は苦しかった。でも、飲んでるうちに変わったよ。」
「だって、これは——ゆうくんが作ったものだから。」
あいりの喉が鳴る。
「……そんなの……納得できるわけない……」
「本当に、好きなら。」
静かに、けれど確かに、しずくは言う。
「飲めるよ。」
その言葉が、突き刺さる。
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