抵抗を超えて...

週が明けて26日になった。17時からカオリと母親の予約が入っている。

私は前回のセッションの最後にトラウマ記憶に関しては鍵をかけて家では開けないようにと母親に告げた。しかし、土曜日の父親面接の際には、私と話したことについて、家でその話をしないようにとは言わなかった。父親も母親も、そしてカオリも私のカウンセリングを受けていることを知っていて、そこに触れないようにするのは不自然であり、お互いの猜疑心を生む可能性があるからだ。

カオリも母親にリスカのことを告白したときに、自分が描いた絵について私との間で話したことも母親に伝えていた。

それはそれでいい。

特に父親は夫婦の会話がないと言っていた。父親が私のカウンセリングについて、母親やカオリと話すことがあれば、家庭内の力動に小さくない変化をもたらすかもしれない。

果たして何らかの会話はされたのだろうか。

二人を迎える準備をしつつそんなことを考えていると、約束の時間が近づいてきた。


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20〷+1年9月26日 カオリ#19 母親#12 母子合同面接

入室した二人にいつも通りお茶とクッキーを出す。前回カオリが食べてくれたピノのようなアイスを出すことも考えたが、前回はこちらが意図しないで出したことで、カオリも警戒なく食べてくれたように思う。もしこちらが「マスクをとって顔を見せろ」という意図をもって出したら食べてくれないのではないかと考え、わざとらしくならないように今回はこれまで通り冷えたウーロン茶とクッキーを出した。


ひと通り挨拶を済ませ、二人の様子を伺う。私としては前回の父親面接の話を出したい気持ちが大きいが、それをこちらからしてしまうと二人が面接の主導権を取れなくなってしまう危険がある。できるならば二人の内どちらかが主導権を持って話を切り出してくれればと思うが、一呼吸おいても二人から話が出ない。と言うより、二人は私が言葉を発するのを待っている感じだ。

その様子を確認し、結局、私から口を開いた。

「先日はお父さんとZoomでお会いさせていただきました。カオリちゃん、お父さんに言ってくれたんだってね。前は絶対無理って言ってたのに、すごいじゃん」とまずはカオリに向けて話題を振った。

それに対してカオリは言葉を発するでもなく、頷くでもなく、なんとなく照れたように視線を外した。

私は更に尋ねた。

「どうやってお父さん誘ってくれたの?すごい勇気いったんじゃない?」

私の問いかけに対してカオリはモジモジしながらも、話し出した。

「部屋で絵を描いてたら、お父さんが話しかけてきて。最初は『やっぱり学校はまだ行くとしんどい』みたいな話だったんですけど・・・」

「うんうん」

私は相槌ちを交えながらカオリの語りを促した。

「進路どうするんだみたいな話になって、私がまだ分かんないって言って、カウンセラーに相談して来いって言うから、なんとなくその流れで、『一緒に行く?』って聞いたら『いいよ』って言ってくれました」

「そういうことだったんだね。お父さん、すんなり了解してくれた感じ?」

「・・・わかりません」

「お父さんがどう思って『いいよ』って言ってくれたのか分からないってことだね。でも、本当カオリちゃん、凄いよ。カオリちゃんが勇気出してくれたこと。僕本当にすごいことだと思うよ」

カオリの成長を心から嬉しく思う。

カオリは照れからか、「そんなことないです」と謙遜して答えた。


「それで・・・」

私は少し声のトーンを抑えて二人の顔を見た。

「お父さん、その後様子どうでしたか?何か話しました?」

その問いかけを受けて、二人は顔を見合わせた。

母親は「私には何も・・・でも、カオリには何か言ってたんでしょ」とカオリに振る。

「何か話したってほどじゃないんですけど・・・『カウンセリング終わったぞ。次もまたやることになった』って」

「そのときのお父さんの様子・・・どんな感じでしたか?」

「普通です」


あのとき、カオリの期待を裏切れないと言って継続を選択してくれた父親だ。カオリを喜ばせたい気持ちがありそうに思うが、そのような伝え方しかできないのは父親の不器用さの表れなのかもしれない。


「そっか。私からはお父さんが話してくれた会話の中身までは勝手にお伝えすることはできないんですが、お父さんがここでカウンセリングを継続することを了解してくれたことをお二人と確認しておきたいと思います」


私から父親との最初の面接は個別でお願いしたのだったが、もしかしたら内容は当然伝えられるものだと思っていたのかもしれない。母親の顔が一瞬残念そうに曇った。


そこで私は言う。

「ご夫婦の問題を抱えていらっしゃるので、気になるのは当然だと思います。でも、お母さんがここでご自身にしっかりと向き合っていただいているように、お父さんにもちゃんとご自身の課題に向き合ってもらえたらと思っています。その作業は個別の物ですので、ご了承ください」

すると母親は、私の懸念を否定するでもなく、「わかりました」と返事をくれた。


父親との面接についての話がひと段落したので、私から「今日お二人から話題にしたいことはありますか?」と聞いた。

二人は目を見合わせてお互いに譲るような仕草をする。

私が「どちらからでもどうぞ」と促すと先に母親が口を開いた。


「あの・・・前から、私のこと、ここですごく聞いてもらっているの分かるんです。この前なんて、私の方がカオリに甘えちゃいました。それで、すごく心が軽くなって、でも・・・このままでいいのかなって言うか、心が軽くなった反面、情けないと言うか、申し訳ないと言うか・・・私のことが更にカオリの負担になって、学校に行きにくくならないかとか考えちゃいます」


この前と言うのは、前回、母親が過去にリスカしたときに誰も助けてくれなかったことを告白し、カオリとリゾネイティングして癒してもらったセッションのことだ。あのような深く重い告白をした後に、カウンセリングに対して抵抗感を持つことはよくある。それで以前カオリも来れなかったことがあった。しかし母親はその抵抗感をこのように来談して言葉で表明してくれている。長い時間と回数をかけて築いてきたラポールのお陰だ。

そのことに感謝の気持ちを持って私は伝えた。

「お母さん、今のお気持ちを素直に、そして正直にお話いただいていることに、深い敬意を感じます。そして、お母さんの心配なお気持ち、とても自然なことだと思います。あんなに大切なお話、ずっと心にしまっていて、ご自身ですら長いこと思い出すことがなかったお話をしていただいたんですから、それは不安になります。あんなこと話しちゃって良かったんだろうかって、心が揺らいで当たり前です」

二人は真剣な顔で聞いてくれている。

それを見て私は続けた。

「でも、それこそがカウンセリングがお役に立てることだと思っています。お母さんの中で蓋をして溜め込んでいた悪い虫を吐き出していただいたんです。あの虫はお母さんの心を食い荒らしていました。それを吐き出すということは、単に心が軽くなるだけじゃなくて、今後心が重くなりにくくなるということです。でも、そのためにはお母さんの心の蓋を開けなければいけなかった。ずっと閉じていた蓋です。心にかかる負担はものすごかったのかもしれません。それを前回のリゾネイティングでカオリちゃんが一生懸命癒してくれたんですよ」

そして私は今度はカオリの方を向いて伝えた。

「お母さんが、あんな風に心の内を話してくれたのは、お母さんがカオリちゃんを一人前に認めている証拠です。そして、カオリちゃんもそんな風に認めてくれたお母さんに精一杯応えたいと思ってくれたと思います。前回、僕はカオリちゃんの勇気にすごく感動したんですよ。そしてその勇気はお母さんを助けるだけじゃなくて、お父さんも動かした。本当にカオリちゃんには何度も感動させられます」

カオリは再び照れたように視線を伏せる。

「でも・・・」

私は、伝えるべきかどうか迷って一呼吸置いた。

しかし伝えないといけない。

「お母さん、お母さんの仰ること、一方でとてもお母さんの健全さを表していると思うんです。カオリちゃんに負担になって申し訳ないと思っていらっしゃる。カオリちゃんに甘え過ぎてはいけないって感じたんですね」

二人は顔を上げて、私の方を見た。私の次の言葉を待っている様子だ。その表情には不安が少なからず感じられる。それに、一瞬たじろぎながらも私は続けた。

「山野家のご夫婦で抱えている葛藤は確かに小さくなさそうです。それをこの1年間カオリちゃんが力いっぱい訴えて、最近ではお母さんの傷を癒し、お父さんをカウンセリングに連れてきてくれました。もうカオリちゃんは十分ご両親のために頑張ってくれたと思うんです。だから・・・」

私は少し言葉をためらったが、意を決すると力を込めて言った。

「ご夫婦の問題、これからはご夫婦で解決していけるよう、カオリちゃんを少しずつでも解放してあげませんか」

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