第5話 抜き打ち読図試験
週が明けて、月曜日。土日で体力を回復し、ふわとろオムライスの力によってちょっと勉強もし(因果関係は不明)、意気揚々と放課後は部活へ向かう。先輩たちの人柄のせいか、すっかり馴染んできてしまったような気がする。
「こんにち……は?」
部室の扉を開けるが、誰もいない。狭い部室の真ん中、テーブルの上に、何やら紙切れと封筒が一つ、置いてある。
『今日の部活は現地集合です。封筒の中を確認し、十六時までに来てください。二年生一同
追伸:部室の戸締りよろしく★』
「…………」
突如与えられた課題に、しばし絶句するあたし。
先週はみっちり読図を教えてもらったものの、なんやかんやで傍に先輩がいたから安心しきっていた。しかし、そうだった。本番は自分で地図を読んで、方向を定めて、走らなければならない。みんなで仲良くハイキングするわけではないのだ。最初はそんな感じだと思っていたけれども。
封筒を開け、中身を取り出す。シルバーコンパスと、飯盛山周辺地形図のコピー。地形図には丸がつけてあって、小さく『集合場所。タイムリミット十六時』と書き添えられてある。腕時計を見ると、ちょうど十五時。あたしの脚力だと、山の麓――御机神社まで走るのに二、三十分はかかってしまう。丸のついた集合場所は、山の中腹にあった。等高線を見れば、ちょうど二百メートル。ただしいつもの登山道から少しずれて設定されている。途中までは道なりに登ればいいが、どこかのタイミングで読図能力が試される。道なき道を選ばなければならない。
「とりあえず、走りながら考えよう」
あたしはすぐさま体操服に着替え、戸締りをして、いつもの道を走り始めた。いつもある意味一人で走っているけれども、今日は本当に一人だった。先輩たちは集合場所で待っているはず。
最初は心細さとか、寂しさがあった。でも走っているうちに、アドレナリンのせいか、それがワクワクに変わってくる。少年のような好奇心というのか、そんなものだ。あたしは少年だったことが無いからわからないけど。未知のお宝めざし、地図を片手に冒険へ――と、そんな感じ。
神社へ続く石段に座って、息を整える。整えついでに、地図とコンパスを取り出す。途中までは、ここ二週間で何度か通った道だ。迷わず進むことができるはず。方向も、合っている。集合場所は、尾根道を登り、一つ小さなピークを越えて左側に見える谷に少し入ったところにある。地図から読み取ることができる地形を、頭の中でイメージする。
「よし、とにかく行こう」
時刻は十五時三十五分。大地を踏む。斜面を蹴る。風子先輩に教わったことも意識して、姿勢を正す。背筋ピーン。体重移動に気を配る。時間は気になるけれど、ペースを乱さない。比較的ゆるやかな斜面を登って、やがて壁のような急坂にぶち当たる。
「あ、ここは……」
燐先輩とはじめて二人で飯盛山へ来た日。さいしょに読図クイズをやったところだ。ここから、この急坂が直線距離にして約一〇〇メートル、高低差でいうと五〇メートル続くのだ。現在時刻、十五時四十五分。あと十五分しかない。この急坂は、避けて通れない。ギアを変えて、一気に登るしかない。
「すぅ~、はぁ~」
深呼吸を一つして、踏み出す。もはや梯子みたいな階段を、のぼっていく。あまり先は見ない。一歩一歩に集中する。この急坂をクリアするまでは、余計なことを考えないようにする。息が上がる。汗が落ちる。足が震える。いつになったら終わるんだろうと思ったその時、壁が消える。急坂が終わって、視界が開ける。ゆるやかな尾根道が続いている。
時間は、十五時五十二分。あと一〇分ないの⁉ 地図を見る。急坂が終わるのは、等高線二〇〇メートルのところ。たぶん現在地はここだ。登山道はゆるやかに続いていて、三〇メートルと少し登ったところで小さなピークが来て、それを越えたところで左側の谷を等高線二〇〇メートルのところまで下って、そこが集合場所。残り時間は八分……いや、今七分になった。今から、ゆるやかとはいえ坂道をダッシュしてピークを越え、谷に入って集合場所を探して……間に合うのか? 現実の坂道と、地形図上の山を、交互に睨む――ん? 待てよ?
今いるのは、おそらく急坂終了地点の太い等高線上。すなわち標高二〇〇メートルのところ。集合場所も、標高二〇〇メートルの太い等高線上にある。このまま水平に、ピークを迂回するように走れば、坂道を登らずに済む。省エネだ。ただし、道は無い。
「ええい、行くぞ! ファイト、山川天!」
自分で自分に気合を入れ、茂みを飛び越えて左手の山腹を走る。杉だかヒノキだかの、針葉樹林を突っ走る。結構傾斜があるので、ずり落ちないように注意する。針葉樹は綺麗に並んで植えられているので、目安とする列に沿って走る。当たり前だが、実際の山に標高二〇〇メートルの太線なんて引かれていないのだ。ゆるやかにカーブする感覚があった。おそらく今、真南を向いている。頭の中の地図の記憶と現在地が重なる。あたしの選んだ道が正しければ、この直線上に、先輩たちが待っているはずだ!
「――いたっ!」
手を振る三人の姿が見えた。安心のあまり泣きそうになるが、走るのをやめない。そして――
「ゴール!」
卓美先輩がはしゃいでハイタッチしてくる。あたしはゼェハァ言いながらそれに応える。
「ようがんばったなぁ」
風子先輩がおばあちゃんみたいな優しい声でいたわってくれる。
「ギリギリでしたが、よくやりましたね、
そして燐先輩が、あたしの名を呼んだ。
「や、やりましたぁ~」
へなへな、ぺたん。力尽きる。山川天はしばらく動けなかったとさ。
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