第4章 おにごと‼

第1話 つかまえてごらーんまてーうふふー

 ある日の放課後。卓美先輩がホワイトボードを取り出す。


「帝王寺との模擬戦は五月五日月曜日こどもの日になった。場所は我らの庭である飯盛山。初心者へのハンデっちゅうことらしい。なめやがって」


 ただ『GW』とだけ書かれていたところを消して『五月五日(月)』に修正する。初心者というのはもちろんあたしのことだ。ハンデあざっす。


「それから、我らが顧問の和子ちゃんから春季大会の正式な日程を聞いてきた」


 赤のマジックペンがキュッキュと滑る。


「五月二十四日土曜日。場所は交野市かたのしにある交野山こうのさん


 ホワイトボードの『五月末』を消して『五月二十四日(土)』と書き込まれる。ちなみに今日は四月三十日水曜日である。


「四月も今日で終わり。五月一、二が終わればゴールデンウィークに突入する」

「で、いよいよ卓美コーチになるわけですか」


 燐先輩がホワイトボードを指し、言う。ホワイトボードの真ん中には、四月の初めに書かれた文字がまだ残っている。


『五月五日(月)→模擬戦

 五月二十四日(土)→春季大会

 修業! ・基礎体力(コーチ:フーコ)

     ・基礎知識(コーチ:りんちゃん)

     ・プラスアルファ(コーチ:オレ)  』


「プラスアルファってやつですね」

「せや。プラスアルファの修業編は三日で終わらせようと思ってる」


 今日と、明日、明後日の三日。それで今週は終わりだ。


「そしてオレの考えた修業は超シンプル。その名も――」

「その名も……?」

「『鬼ごっこ』や」

「鬼ごっこ⁉」




 学校を出て、やって来たのは深北ふかきた緑地という巨大な公園。普段行く山とは反対方向にある、国道沿いの、治水も兼ねた公園である。


「こんなデカい公園が学校の近くにあったんですか。知りませんでした」

「まぁ、駅から学校挟んで反対側やからねー。越してきたばっかりやと知らんでもしょうがないわ」


 風子先輩がこたえてくれる。


「一周すると約三キロですね。途中野球場、テニスコート、アスレチックなど、さまざまな施設があります」


 さらに燐先輩が解説をする。


「ここで、オレと天が鬼ごっこをする。もちろん鬼は天の方や」


 卓美先輩は屈伸運動をしながら言う。


「つかまえてごらーん」「待てー」「うふふふふー」みたいな一連の妄想をしてみたが、どう考えてもそうはならないことが分かっているので妄想も楽しくない。この人、ガチで逃げるつもりだ。


「悪いけど、風子と燐ちゃんにはジョギングをしといてもらう」

「おっけー。オリエンも坂道ばっかりじゃないもんなー」

「構いませんよ」

「それで、オレはこの公園内を全力で逃げ回る。天はオレを何とかして捕まえるんや。回り込んでも待ち伏せしてもまっすぐ走ってきても、何でもええ」

「はいっ!」


 やる気だけはあった。できれば王子様に捕まえてほしかったけれど、逆もまた良しとしよう。じゃじゃ馬系王子様を捕まえるのだ。ワクワク。


「一応これ渡しとくわ」


 卓美先輩に手渡されたのは、公園マップ。いつも見ている地形図ではなくて、幼児でもわかるような園内図だった。


「もし途中でオレを見失ってもうたら、園内を周回ジョギングしてる燐と風子に目撃情報を聞いてもええ。その情報をもとに、次の手を考えてくれ」

「なるほど、なるほど」


 そのための園内マップか。公園は随分大きく、いくつかのエリアに分かれていた。


「制限時間は、風子と燐が園内を二周するまで。二周は六キロやから、のんびり走って四〇分くらいかな」

「はい」


 現在十六時十分。タイムリミットは十七時前くらいということになる。


「じゃ、早速はじめよか。オレが逃げて、二人が走り始めて、三分後に天は追いかけはじめてくれ」

「了解です」

「そいじゃ、よーい、スタート!」

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