第3話 腹ペコドラゴン マグノリア
『尻ア』における【バッドエンド三人衆】の話をしよう。
彼女たちはやたら攻略が難しい『尻ア』の中でも特に攻略難易度が高い三人。つまり、文字通り極端にバッドエンドに移行しやすいヒロイン三人の事である。
今、うちのドアの前に倒れていたのはその中の一人。
龍人種のお姫様、【マグノリア・リュティス】。
別名『国滅龍ナインティナイン・バッドエンド・ドラゴン』だ。
(だめだ……こいつと関わったら俺の平穏が一瞬で終わる……!)
原作の記憶が、俺の踵をくるりと後ろへ向かせた。向かう先は反対側にある窓だ。マグノリアと関わるわけにはいかない。何かの間違いでフラグなんか立ってしまったら俺はこの先どう生きていけばいいのか。
そう思っているのは間違いないのだが。
『ご、ごはんをぉぉぉ……』
呻くように言われた声が脳内にこだましている。なにがごはんだよ。なんだってうちの真ん前でいきなり飢えてんだよ。お前お姫様だろうが……! ごはんくらい腹いっぱい食って来いよ……!
などと脳内で突っ込んでも現実は変わらない。シーラはどうするのかと様子を見ているし、俺は窓から逃げ出していないし、まだドアの前には腹を空かせたマグノリアが倒れているのだろう。
「ほげぇぇぇぇぇ……!」
「あの……聞いたことない声が出てますけど、大丈夫ですか?」
呻き声を上げながらも、足は玄関の方に戻ってしまう。
たぶんここで見過ごせたら俺はもっと楽に生きられたんだろうな。
でもだめなのだ。苦しんでる奴がいて、俺の手が空いていて、そうしたら見て見ぬフリはできない。例え、それがやべー奴とのフラグだとしても。
(だから変な奴に絡まれるんだよな……)
昔からずっとそうだった。直すに直せない俺の悪癖。
「もうどうにでもなれ……」
内心やけくそで自嘲しつつ、俺はさっきよりずいぶん重たく感じるドアをゆっくりと開けた。
「――……おい、そこの腹ペコドラゴン。飯作ってやるからなんとか家に上がってこい」
◇
と、いうわけで。
「――うまぁ~~~~~~~~~~~~い!」
家の前で倒れていた龍人種のお姫様、マグノリアを家に上げてしまった。本人はテーブルに座って目を輝かせながらバクバクご飯を食っている。ちなみに料理を作ったのは俺だ。なんでエロゲ世界来てんのに俺は料理を作ってばっかりなんだ?
「お主が作ったのか? たいへん美味だぞ!」
「ああ……よかったよ……」
マグノリアが溌剌とした笑顔で料理をほめてくれる。原作でもよく見た表情。満足! とでも頬に書いてそうなくらい幸福そうな笑顔だ。ふわりと広がった淡い紫の髪の間から、二本の尖ったツノが生えている。
ずいぶん気のいい食べっぷりだなとか、ヒロインに料理を褒められるのは嬉しいなとか、めちゃくちゃ見た目可愛いなとか、思うことはあれど、まずやっちまったという後悔で胃が痛かった。
(……マグノリアを家に上げちまったぁぁ……)
後悔先に立たず。さっきからずっと、原作の超絶理不尽なバッドエンドが俺の頭でリピートしている。
――俺の知っているマグノリア・リュティスについて。
『尻ア』におけるヒロインの一人で、龍人種のお姫様だ。龍人種というのは自分たち以外の種族をかなり下に見ている閉鎖的な種族なのだが、このマグノリアとかいうお姫様は家族やら周囲の反対をすべて押し切ってこの学園へとやってきた。
理由は――強い奴と戦いたいから。
マグノリアはいわゆる『戦闘狂』だ。
龍人種の長の一人娘ということで周囲から過保護に育てられた結果、逆に鬱憤がたまったのか、だいぶ脳筋の戦闘狂になってしまった。原作での初邂逅も、主人公の強さを聞きつけたマグノリアが決闘を仕掛けてくるイベントだったはず。
もちろん、ヒロインとしてのシナリオもある。マグノリアルートは、最初の内はバトルをすることで好感度が上がっていく脳筋シナリオだ。でも、徐々に女の子らしい行動を意識し始めて、どんどん初々しい甘々カップルみたいになっていくのだ。あれは、尊い。
ただし。
ちょっとでも浮気が匂うと――国が滅ぶ。
ここがバッドエンド三人衆たる由縁だ。マグノリアからの浮気判定が出ると、プレイヤーの間で有名な『実家に帰らせていただきます』イベントが発生。龍人種の住まう里へ戻ったマグノリアは、涙ながらに浮気された人族の男(主人公)のことを周囲に語る。
――結果、怒り狂ったドラゴンの群れがやってきて物量と極大ブレスによって国が焼き払われる。
しかもこの浮気判定の範囲がひっじょーーーーに広い。例えば彼女の好感度が高い頃に他ヒロインとイベントをこなしたりすると、『他の女と食事に行ったの? 奢らされただけ? うんうん、ならその子が悪いね。じゃ、滅ぼすね……』くらいの即オチ二コマみたいな速度で国が滅ぶ。
好感度によって判定の広さは変動するのだが、最終的には『他の女を見てたから』みたいな理由でも浮気になるガバガバさだ。学園通ってたら無理だよそれは。
その99%ぐらいの確率でバッドエンドになる勢いに、ついたあだ名が『国滅龍ナインティナイン・バッドエンド・ドラゴン』。
ゲームをしてた時は国が滅んでもやり直しくらいの認識だったが今はそうはいかない。学園が焼け野原になったら目も当てられないのだ。山の向こうからやってくるドラゴンの群れとか見たくないよ。
「――ふぅ、ごちそうさまでした」
なんて考えていたらマグノリアの食事が終わった。意外と丁寧に手を合わせてから、今度は俺に目を向けてくる。なんだか、獲物を見るような視線に見えて身が引き締まった。顔立ちの雰囲気は幼いが、中身は肉食獣とかよりだいぶ獰猛だ。
「助かったぞ。お主、名前はなんと言うのだ?」
「……カルマ・レイヴンだ」
言いたくないけど、どうせ隠してもバレるだろう。
「礼を言うぞカルマ! お主のおかげで命拾いした!」
満面の笑みで言われる。元気でよろしい。そのまま元気に家に帰ってくれないか。
「私の名前はマグノリア・リュティス。見ればわかると思うが龍人種だ」
「……おお」
「む……! なぜ驚かない? 龍人種だぞ! 珍しくないのか?」
うっ。しまった。驚いた方がよかったか?
この世界について変に事前知識があるせいで、どうしても対応がぎこちなくなる。
「いや、家の前で倒れてる時点でだいぶ驚いたからな」
「ふむ……たしかにそうか。さっきも何やらお主が叫んでいる声が中から聞こえたぞ。一度ドアを閉められた時はこの男を爪で刻んでやろうかと思ったものだが、動揺していたのなら仕方ないな」
危ないな。結果的に助けたのは正解だったらしい。でも勝手に倒れといて助けなかったらドラゴンクローされるってそれもう悪質な当たり屋だろ。
「というかお前はなんでうちの前で倒れてたんだよ」
「うむ。よくぞ聞いてくれた。実はこの土地……魔力が薄いのだ」
「魔力……? ああ」
龍人種は身体能力的にはめちゃくちゃハイスペックだ。ただその代わり、魔力を入れた瓶底を常に開けたような状態で過ごしている。端的に言えば魔力が駄々洩れなのだ。原作の戦闘面でもマグノリアは強いけど継戦能力が低かった。
「私が過ごしていた里の傍と違って、ここは周囲の魔力が薄い。周囲の魔力が濃ければ体内に魔力は留まるのだが、ここでは体から魔力が流れ出てしまうのだ」
「それは難儀だな」
「だろう? だから食事をとって魔力を補給するしかなかったというわけだ」
原作でも食事系アイテムは魔力回復の効果もあった。この世界における食事は魔力回復の役割も担っている。
「じゃあ龍人種の奴らは全員ここに来たら一回倒れるのか?」
「いや、魔力を体内に抑える訓練は皆一度は習う。私は軟弱な訓練だと思ってサボっていただけだ」
倒れてたのお前のせいかよ。サボんなよそのくらい。
「無論、もう同じ轍は踏まぬ。今、お主の手料理を頂きながら習得した。これでもう大丈夫だ」
感覚を確かめるように手を開いたり閉じたりしている。たしかにずっと垂れ流しているなら永遠に食事を摂る必要があるが、具合が悪そうな様子はない。手の周囲が薄っすら陽炎のように揺れているのは、魔力に寄るものなんだろうか?
「割と簡単に習得できるものなのか?」
「いや、命の危機だったからこそ習得できただけだ」
大げさだな。なんて思っていたらマグノリアが小さく首を傾げる。
「ちなみに……その命の危機を救ってくれたお主には感謝の礼を伝えねばならないのだが、何か欲しい物はあるか?」
「……え?」
い……いらない。変に関わりを持ちたくないのに。
「いえいえいえそんな。お気持ちだけで十分でございますが」
「そういうわけにはいかぬ。救ってもらって礼をしないなど龍人種の名折れだ」
ぐ……丁重に断りたかったがダメそうだった。何かちょうどいいものはあるかと悩みながら周りを見渡していたら、後ろで手持無沙汰にしているシーラと目が合った。
「シーラは何か欲しいものある?」
「へ?」
「うむ……メイドか。まぁ、お主に無ければそれでもいいだろう」
急に話を振られてびっくりするシーラ。
いきなり二人分の視線が飛んできてあーとかえーとか悩んでいたが、少ししてからゆっくりと口を開いた。
「で、では、カルマ様の武器はどうでしょうか」
「武器?」
「はい、他のメイドが出ていく時に金目の物を持っていってしまって」
「え?」
「現状ダンジョンに行くにもカルマ様の武器が無く……」
おい何してやがんだよメイドども! 出ていくだけならまだしも盗んでんのかよ!
「武器か、構わないぞ。一緒にそいつらの身柄も持ってこようか? 私が龍の姿で脅せば反省もするだろうが」
「いや……武器がもらえるならそれでいい。いなくなった奴に興味ないし」
「そうか。では武器を渡そう。ならこちらにも都合がいい」
そう呟いた瞬間。
マグノリアの目がなぜか、喜色を湛えて細められた。
「……お前に似合いそうな武器があるぞ」
背筋がぞくりと震える。
……なんだ? 俺はもしかして、何か良くない選択をしたのではないか? 一瞬そんな思考がよぎる。
「……大層な物はいらないからな」
「いいや。命を救われたのだ。それに見合う礼でなくてはな。……それに」
マグノリアの口元がゆっくりと吊り上がる。急に全身が粟立つような感覚がして、肌にぴりぴりとした刺激が走った。おい。なんだその目は。まるで獲物を見つけた獣みたいじゃないか。背中を駆け抜ける冷たい悪寒に口元がひきつった時、マグノリアが熱の籠った吐息を零した。
「――お主はずいぶんと面白い眼を持っているからな」
(……最悪だ)
バレている。
思わず目元に手を持っていく。マグノリアが言っている事が、俺にはわかる。
俺、というよりは、カルマの持っている特殊な目のことだ。
(何もしてないのによく気づくもんだ)
そうだ。こいつは戦闘狂なのだ。気づかれてもおかしくないだろう。なぜなら、戦闘狂に理屈は通用しないから。強いて言うなら、特殊な種族の勘というやつか。
でも戦闘面で勝手に期待されても困る。現時点で俺はレベル最低のニュービーだし、原作では何もせずとも勝手に死ぬ咬ませ犬に過ぎないんだから。
「学園には俺よりも優秀な奴がいるぞ」
「それは楽しみが増えて素晴らしいな」
勝手に楽しみの一つに換算されるのは勘弁願いたい。けどこうなった以上はどうしようもないだろう。俺が家に上げたのが悪いのだ。上げなかったらドラゴンクローでやられてたかもしれないけど。……あれ、詰んでたかな?
「ではカルマよ。早速、お主の武器を里に戻って持ってくるぞ。数時間で戻るからな」
立ち上がり、犬歯を見せて笑った。
「ではな、カルマ。今日はお主に出会えたことに感謝するぞ。また――近いうちに会おう」
マグノリアは堂々と立ち去っていった。
思わず苦い顔をした俺に、余裕たっぷりの表情を向けて。
ぶつりと緊張感のほぐれた室内で、俺はぐったりとテーブルに倒れ伏す。
「……どうしてこうなったんだ……」
「カルマ様……」
シーラが気の毒そうな顔をしながら、そっと俺の頭を撫でてくれた。
うっ……優しさが疲れた体に染み渡る……。
こうしてバッドエンド三人衆の一人――マグノリアとの邂逅もまた先行きが非常に不穏な形で終わるのだった。
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