『0能者ミナト』第一話「嫉」④
3
どいつもこいつも馬鹿だと思う。
信仰心を持て、神仏を敬え、謙虚になれ。さすれば
くだらない教えだ。
赤ん坊の頃から他の人に見えないものが見えた。人や虫や車と同じように見えていたから、怖いとは思わなかった。
三歳のとき、祖母のうしろにいた黒く醜いものをおもちゃの剣で振り払ったら、あっさりそれはいなくなった。
祖母は驚いた顔をして仏壇に手を合わせると、おまえにはおじいちゃんやおかあさんと同じ神仏の加護があると言ってユウキを抱きしめた。
しかし優しかった祖母も病で死に、ユウキは一人ぼっちになった。身寄りがない赤羽家の葬式は、葬式とも呼べぬものであったが、少ない弔問客の中に奇妙な僧侶たちがいた。
総本山から来たと言う見知らぬ僧侶たちから、祖父も母も高名な法力使いだったことを聞いた。だが祖父も母もユウキがまだ赤ん坊の頃に、あっけなく事故で死んだのだ。
信心深さも仏の加護も、家族を守ってはくれなかった。
それどころか今は、神仏から授かったはずの力がユウキを孤立させている。
どんな高度な術もすぐに覚えることができた。
符の使い分けは教わらずとも見ればわかる。
何十年も修行した僧が見ることさえできない怪異を、一人で倒したこともある。
しかし聞こえてくるのはこんな声だ。
──高く飛べるだけの小鳥が、獲物をしとめたのは我の爪だと
──うるさいことよ。
──囀らせておけ。しょせん我らの籠の中。鳴き声は耳障りでも飼うだけの価値はある。
怪異と戦うとき、うしろで経を唱えるしか能のない連中が、よく言えたものだと思う。
長年の修行で法力や幻術を高められると信じてきた者たちにとって、自分のような存在はさぞ目障りで
そんなある日、総本山が騒がしくなった。
人知らずの薮の名と一緒に聞こえてくるのは、機を見て事件に介入し、横取りした手柄で恩も売ろうという高僧達のあさましい考えだった。敬いも謙虚さも、持つのは己の神に対してだけでいいらしい。
もううんざりだった。
このくだらない組織の中でおとなしくしていることになんの意味があるのか。
子供の自分にできないことは、マスコミや警察との裏取引、依頼人との表立った交渉くらいだ。金勘定に興味はない。そんなことは大人にやらせておけばいい。
双方が手を焼いている人知らずの藪の怪異を一人で退治すれば、御蔭神道も総本山も自分の存在を無視できなくなる。無能な連中を黙らせるだけでなく、自分の力は尊重され、もっと自由に動けるようになるだろう。
思い立ったら、いてもたってもいられなくなった。
お気に入りのジャンパーをはおり、野球帽をかぶる。外にでると、くせのある茶色い髪が帽子のうしろで風に揺れた。
「人知らずの藪の怪異ですか?」
ユウキの前にいるのは、二十代後半の僧侶だ。僧侶の名は
法力の力は「よもぎ寺の
渉外担当だけあり、二言目には信心修行謙虚孝徳を唱えるような僧侶達と違い、くだけた雰囲気と柔らかい物腰をもち、融通や方便の使い方もうまい。
「君が一人でやれるように手配しろ、と?」
こまった顔をするはずの孝元は、なぜか驚いた顔をしていた。
「無理とかダメとか子供は早く寝ろとかいうの?」
「いえいえ、そうじゃありません」
孝元は人の良さそうな顔で、ユウキに何度もうなずく。
「ユウキ君なら倒せるかもしれないと思いますよ。そう思うユウキ君の気持ちもわかります。協力してあげたいところですが、御蔭との関係もある。総本山がこの件に関して表立って動くわけにはいかないんです」
理由はしごくまっとうなものだ。やはり無理なのか。がっくり肩を落とすユウキの前で、
「というのは建前で」
と、孝元の指が左右に振られた。
「僕も驚いてるんです。ちょうどユウキ君に頼みに行こうと思っていたところなんですから」
今度はユウキが驚く番だった。
「とある筋から頼まれましてね。僕ら総本山にも、御蔭にも、無関係の人間に今回の事件を解決して欲しいと。彼のアシストという形でこの事件にかかわるなら、建前は守れます」
「アシストじゃ、僕の手柄にならないよ」
口をとがらせるユウキは、落胆の色を隠しもしない。しかし孝元は力強く否定した。
「大丈夫です。彼と仕事をしたからといって、ユウキ君の法力が否定されることは絶対にありません。なにしろ彼はいっさいの術も法力も使えないんです。なぜなら」
そう言って孝元は意味ありげに笑った。
「彼は九条湊。零能者と呼ばれる男です」
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