第7話 大魔王様、救い主になる

 土下座して動こうとしない女騎士だが、オレが何度も声を掛けるとどうにか立ち上がってくれた。

 

 その最中も、口を開けば「申し訳ありません」だの「お許しください」だの言ってくるのでめちゃくちゃやりにくかった。


 そんな状態ではあったが、根気よく尋ねるとどうしてこうなったかをとぎれとぎれに説明してくれた。

 その話を要約すると、


「――つまり、この村が危機に陥った時には救い主が現れる、そういう予言があるわけか」


「はい、救い主様」


「それで、余を救い主と勘違いしたとそういうわけか」


「はい、救い主様。あの大口蚯蚓を一撃で葬り去ったお力、まさしく我らの待ち望んだ救い主以外にはありえません」


 ……まあ、よくある話だ。


 救い主が現れるという予言も、人助けをした結果、その救い主と勘違いされるというのも珍しいことじゃない。

 そうった救い主の話とかはだいたいは子供に聞かせて希望を感じさせるための寓話でしかないものだし、たまたまそれに合致していたからといって運命だと思うほど世間知らずでもない。


 問題は、オレがラスボス、大魔王だという点だ。


 原作でも似たようなエピソードはあった。その時は主人公が勇者だから問題はなかったが、悪の大王たるこのオレが救い主などという善人の代表に勘違いされたのでは名誉に関わる。


 ここはきちんとオレが大魔王であることを宣言し、勘違いをただしておくべきだろう。


「では、救い主様、村にいらしてください。わたくしが、案内を――」


「――大魔王だ」


「はい?」


「救い主ではなく、大魔王だ」


 オレが正しい答えを宣言すると、女騎士はキョトンとした顔をする。

 まあ、信じられないのも無理はない。先ほどまで自分たちの救い主だと思っていた相手が、悪の権化とも言うべき大魔王だったのだからな。

 

「そう、ひれ伏しなさい、竜人族の娘よ。このお方こそが、我ら魔族全ての王たる方にして、至高の力を司る存在」


 セレンがその場にひざまずき、援護してくれる。ナイスアシストだ。

 さすが、親子二代続けて魔王の供廻りをしていただけのことはある。こういう時の口上はばっちりだな。


「――このお方こそが、魔王を越える魔王、大魔王。魔界の救世主であられる」


 そうだ、オレこそが大魔王、この魔界の救世――はい?


「…………セレン?」


 声を掛けると、『なんでしょうか?』と爛々とした瞳を向けてくるセレン。どうやら、本気でオレを魔界を救う救世主だと思い込んでいる。


 ……否定しづらいが、この紹介だと余計に勘違いされてしまう。


「だい、魔王……?」


 と思ったが、女騎士は動揺している。どうやら一番大事なことは伝わったらしい。


 ふ、見物だな。オレが大魔王と知って恐怖するか、あるいは奮起するか、もしくはオレの予想を超えた反応を見せてくれるのか。非常に楽しみだ。


「た、たしかにその双角、この膨大な魔力……!」


「ほう。そうであったらどうするのかね?」


 ニヤニヤを押さえつけて、威厳と威圧感たっぷりに女騎士の次の行動を待つ。

 さあ、どうする――? どうしてくれるんだ、正義の味方。オレは今、めちゃくちゃワクワクしているぞ……!


「陛下……!」


 すぐさま、片膝をついて顔を下げる女騎士。これではまるで、臣下の礼なんだけど……、


「わたくしの名は、『イーグレット』。『イーグレット・エリュテイア』と申します。我が父、赤鱗王せきりんおうに代わり、お目覚めをしたてまつります……!」


 そうして、やはり、臣下としての挨拶を跪いて述べる女騎士こと、イーグレット。

 

 ……どうやら正義の味方の類ではなく、かつての軍団長『赤鱗王』の娘。つまり、オレの探している人物の娘だったわけだ。

 このイーグレットもまた原作では登場していない。まあ、原作の魔王じゃスカウトは無理だろう。


「……よい。では、イーグレットよ。村へと案内せよ」


「御意のままに、陛下」


 オレが命じると、イーグレットは素直に応じてくれる。そのまま三人で村へと向かった。

 彼女がオレと相対する正義の味方でなかったことは残念だが、ここにはそもそも旧魔王軍の残党を味方につけに来たのだ。手間が省けてよかったと思うことにするか!

 なんにせよ、新たな臣下候補と出会えたわけだしな! 大魔王ポジティブシンキング!


「――ふむ。やはり、か」


 到着してみると、村は遠くから見たとおり、荒れ果てている。


 石造りの建物の大半は倒壊し、残りも辛うじて建っているだけといった感じだ。

 人気ひとけはなく、静まり返っている。火山灰でどんより曇った空模様と同じく、この村の空気も完全に沈み込んでいた。


「申し訳ありません、陛下……せっかくいらしてくださったというのに……このようなありさまで……」


 女騎士、イーグリットがそう頭を下げた。彼女が謝ることではない。むしろ、この村の惨状、その責任の一端は統治者であるオレにある。


「構わん。それより、案内の礼だ。余の仕留めたあの大口蚯蚓をそなたに下賜する。皆に振舞うがよい」


 なので、この場でできることをする。道中、こっそりセレンに聞いたが、あの大口蚯蚓は食料にもなるらしい。あれだけの巨体ならばこの村の住人の飢えをしのぐにも足りるはずだ。


「え? あ、はい! ありがとうございます、陛下!」


 すぐさまイーグリットは両の手で、オレが仕留めた大口蚯蚓の死体を引きずってくる。

 片側だけで数十トンはあるはずだが、難なく運んでいる。大した怪力だ。単純な身体能力だけならオレより数段上だろう。彼女は村の中ほどまで進むと『ヴォオオオ!』という独特の雄たけびを上げた。


 すると、物陰や残っている建物の中から村人たちがゆっくりと姿を現す。

 子供に女性、それに老人。完全に滅びかけている。このままではもってあと半月といったところだろう。


 村人たちはイーグリットが食料を運んできたことに気付くと、生気を取り戻し、大口蚯蚓に群がる。百歩譲ってミミズなのはよしとしても、だいぶ生焼けだと思うんだが、そんなことを気にしてる余裕もないんだろう。


 それほどまでに必死なのだ。こんな光景を容認してはおけない。


 オレは悪の組織の長だが、だからといって、非道や民の困窮を見逃すようなタイプのラスボスではない。


 なにせ、それを無条件でよしとするようなラスボスは格が低い。よいラスボスとは支配を通じて平和をもたらすもの。ただ悪いだけでは打倒す側にドラマが生まれない。


 というわけで、不本意ながら、善行を施す時間だ。


「セレン。そういえば調理器具と調味料はもってきているんだったな?」


「は、はい、大魔王様」


 オレの質問に、きょとんとした表情を浮かべるセレン。


「では、そなたの自慢のレシピに蚯蚓に関するものはあるか?」


「はい! ございます! 大魔王様!」


 オレの意図を察してセレンは包丁片手に蚯蚓の方に駆けていく。

 どうせ食料として食べるならきちんと料理をした方が効率的に栄養を取れるし、消化にもよい。くわえて、温かい料理には人の心を励ます効果がある。村人たちにはそれが必要だ。


 やがて、食欲を誘う香りが辺りに立ち込め、村人たちがぞろぞろと大鍋の前に列を作った。


「……陛下、なにからなにまで」


 その様子を見ていると、イーグレットが感極まった様子でオレの傍で片膝をつく。


 心底喜んでいるようだが、まだオレに心からの忠誠を誓っているわけではないようだ。

 そこら辺はオレの特性が追加されていないことからも明らか。ふた心がある、というよりは今は状況に対応するので精いっぱいで忠誠云々を深く考えている余裕がない、というのが実情だろう。


 つまり、もう一押しだ。


 ここに来たのは大魔王城の炉心となる巨大な宝石『赫奕かくやくの心臓』を手に入れるため、そして、元魔軍四大兵団兵団長の一人『赤鱗王』を臣下に引き入れるためだ。

 そして、イーグレットは赤鱗王の娘でもある。彼女を臣下にすれば、赤鱗王を幕下ばっかに加えるのもそう難しくない。将を射んと欲すれば先ず馬を射よ、だ。


「気にするな。王としての務めだ。それより、そなたも食べるがよい」


「い、いえ、わたくしは、平気です。そ、それに、臣下たるわたくしが陛下を差し置いて食事を摂ることなどできませ――」


 そう言いかけたところで『ぐぎゅるううう』という音が鳴った。

 無論、イーグレットの腹の音だ。彼女は羞恥のあまり頬を真っ赤にしてうつむいてしまった。


 ……なるほど。大柄な女性がこうして少女のように恥じらう姿には確かに破壊力がある。

 これがギャップ萌えというやつか。学生時代の友人が力説していたが、ようやく理解できた。


「は、恥ずかしいですわ……! へ、陛下の前でこのような……!」


「余は何も聞いておらぬ。それより、余も腹が減ったな。騎士よ、供をせよ」


 このまま観察していたい気もするが、イーグレットがかわいそうなので、彼女を連れてセレンの炊き出しへと向かう。


 いくら大きいとはいえ、蚯蚓の肉を食べるのにはかなり抵抗があったが、そこは堪えた。

 それに食べてみると、セレンのおかげか、味は悪くなかった。というか、かなりおいしかった。

 

 蚯蚓の肉とセレンの料理のおかげで第一印象はばっちり。しかし、ばっちりすぎて一つ問題が発生した。

 

 セレンの料理が好評すぎた。おかげで夜までオレとイーグレットで調理と配膳の手伝いをすることになったのは、完全に想定外だった。

 まあ、その甲斐あって、村人たちは余所者であるオレとセレンに完全に心を許してくれた。混乱を避けるために『大魔王』とは名乗らなかったが、『救い主』の予言もあって半日で村を掌握できたのは僥倖だった。


 そうして、その日の夜。村の空き家に逗留することとなったオレたちをイーグレットが尋ねてきた。


 そこでようやく彼女の口から事のあらましを聞けるかと思ったのだが、イーグレットが最初の一言は――、


「お許しくださいぃぃぃ!」


 謝罪の言葉だった。しかも、スライディング土下座付き。角度も速度も、それはもう見事だった。


 ……と、感心している場合じゃない。

 謝っている理由は察しが付くが、これじゃオレがやたらと土下座を要求する古典的パワハラ上司だと噂が広まりかねない。


「謝罪は不要だ。立つがいい、騎士よ」


「で、ですが、陛下。まっとうな歓待も出来ず、ましてや、陛下に給仕をさせるなど……この大罪、死にも値しますわ……!」


「よい。それとも、そなたは余がその程度のことで配下を処刑するような狭量な君主に見えるのか?」


「い、いえ、決してそのような!」


 すぐさま立ち上がり、佇まいをなおすイーグレット。

 ビキニアーマーという服装はともかく礼儀正しく上品なふるまいはオレ的にもポイントが高い。


 それに、彼女の父親である赤鱗王の人柄も知れる。どうやら噂通りの高潔な武人なようだ。でなければ、娘もこうは育つまい。 


「まずは、余の話を聞け」


「はい、陛下」


「うむ。だが、そなたは一つ勘違いしているぞ、イーグレット。余は冠をいただき、玉座に座しているが、ただの魔王ではない。大魔王だ。それを理解したうえで、余を『陛下』と呼ぶように」


「は、はい、大魔王、陛下」


 多少困惑しつつも、頷くイーグレット。

 まあ、この世界の大魔王はオレが初代なのだから困惑するのも無理はない。

 

 そこらへんはおいおいオレの行動と背中で示していくとしよう。真のラスボスの何たるかをな。


「ともかく、余はこのセレンともに新生『大魔王軍』編成のために旧魔王軍の残党を探しているのだ。ここまで話せば我らがなぜこの村に来たのか、わかるな?」


 オレの問いに、イーグレットは神妙に首肯する。

 彼女の動揺が見て取れる。どうやら、この村に来た時から覚えていた嫌な予感が的中したようだ。


「この村の現状、そして、赫奕の心臓と赤鱗王の行方について、聞かせてくれるな?」


「……はい、陛下。それについて、申し上げねばならないことがあるのです」


 片膝をつくイーグレット。彼女は申し訳なさと苦しみ、そして、使命感に満ちた表情をしていた。


「無念ながら陛下。赫奕の心臓もその守り手たる我が父『赤鱗王』もこの村からは失われております。なぜなら――」


 そうして、涙をこらえ、悲しみをかみ殺すように前を向き、こう続けた。


「――この村に災厄をもたらしたかの赤き巨竜こそが、我が父であり、その胸にある輝きこそが赫奕の心臓だからです」


 イーグレットは一息に、真実を吐き出す。


 オレたちが探している赤鱗王こそがあの火山の上でとぐろを巻く巨竜であり、赫奕の心臓とはその巨竜の胸に抱かれている。


 驚きの事実だ。だが、村に到着しても赤鱗王が姿を現さなかった時点である程度推測はできていた。

 ……何事も簡単にはうまくいかないとは言うが、これもまたオレが真のラスボスとなるための試練か。原作では影も形もない事件だが、だからこそ、大魔王たるオレの道が唯一無二であることの証明でもある。


「イーグレットよ。これまで一人でよく戦った」


 この村を魔物や災害から守り続けてきた気高き騎士に歩み寄り、その肩に手を置き、心からの声を掛ける。

 

 彼女は労われてしかるべきだ。セレンと同じようにたった一人で戦い続けてきたのだから。


「へ、陛下!? そ、そんな恐れ多い!?」


「よいのだ。だが、これからはお前一人ではないぞ。この大魔王がこの村とそなたの父を救ってみせよう」


 ラスボスとして、そう宣言する。

 方法も実現性も知ったことではない。だが、このオレが言葉として口にした以上、それは必ず実現する。ラスボスの矜持とはそういうものだ。



――――

あとがき


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