第2話 大魔王様、臣下を得る
オレこと
我がことながらなかなかに理不尽な状況だ。一度死んで、転生し、ラスボスになっていたんだからな。
普通なら動揺したり、混乱したりするのだろうが、オレは今、興奮に胸を躍らせている。
なぜなら、これは二度目の機会。ラスボスであるオレには大魔王への転生など渡りに船だ。前世への未練も今世への恐怖も吹き飛ぶというもの。
震えるがいい人間どもよ。これからこの大魔王様による恐怖の時代が始まるのだからな……!
「ま、魔王様?」
変わらず玉座の上で邪悪な野望にニヤニヤしていると、メイドさんが心配そうに声を掛けてくる。
いかんな。悪巧みに没頭しすぎるのはオレの悪い癖だ。
「大魔王だ。
「は、はい! 失礼しました、だ、大魔王様」
恭しい態度のメイドさんにオレは大仰に頷く。
現代日本に生きていたせいで、こんな風に人に
なにせ、ラスボスにとって威厳は命よりも重い。
ラスボスがラスボスたる威厳を失ってもいいのは敗れ去るその時のみ。むしろ、多くのラスボスは威厳を失ったからこそ敗れたと言っても過言ではない。そして、オレは何者に敗れない。つまり、威厳は永遠に失われない。
そこで、問題が一つ。オレは今の状況を実はよく分かっていない。
ここがオレのプレイした『マイソロジア3』の世界、もしくは、それとよく似た異世界だということは間違いない。
だが、あのゲームはあくまで勇者視点で描かれるもので魔界側のことは必要最低限の描写しかされていなかった。
なので、今はゲーム内の時系列でいうどの時点で、かつ、魔界がどのような状況であるかはまるで分らない。
ラスボスである『魔王』、つまり、オレが目覚めたばかりということはゲーム的には序盤も序盤だとは思うのだが……、
いや、そういう細かなことは後だ。まずは名前を知らないとな。コミュニケーションの基本だ。
「メイドよ。我が臣下よ。そなたの名を聞こう」
「は、はい! わたしは、わたしの名は、セレンと申します。
スカートの端をちょこんとつまんで名乗りを上げるメイドさん、あらため、セレン。丁寧で洗練された動作とどこか憂いを帯びた顔立ちの取り合わせはただでさえ美人な彼女の色香を一層際立たせていた。
夢魔、サキュバスというと、あれか、男の夢の中にその人物の理想とする異性の姿で現れて精力を搾り取るとかいう、あのサキュバスか。
……なるほど、通りで妙にエロ……もとい、魅力的に見えると思った。ゲームにも登場していたが、実物は度肝を抜かれるほどきれいだ。
「セレン、我が民にして臣下よ。そなたに尋ねたいことがある。答えよ」
「は、はい、大魔王様。なんなりとお尋ねください」
「うむ。まずは、ここはどこだ? 察するに、我が居城とみるが、いかに?」
まずはジャブから。
本当に知りたいのはこの世界の情勢や勢力図だが、セレンにどこまでの知識があるかわからないので手近なところから聞いてみよう。
「は、はい。ここは
「……よい。そなたの責任ではない」
……なるほどな。この質問で二つのことが確かめられた。
まずは、現在の時系列が原作ゲームにおける『マイソロジア3』本編開始以前だということ。
次に、現在の魔界が群雄割拠のいわゆる戦国時代だということも分かった。どちらも、推察していたことではあったが、セレンのおかげで確信に変わった。
前者に関しては、ゲーム本編開始直後の状況との比較からわかる。
オレの記憶では『マイソロジア3』のプロローグでは復活した魔軍による再侵攻が物語開始のきっかけとなった。
だが、この世界において魔軍を率いる
原作開始時の状況とはまるで違う。正確に何年前かまでは分からないが、かなりの期間が空いていることは確かだ。
二つ目に関しても、根拠はある。
ここはマイソロジア3における魔王城だ。だが、オレの記憶にある魔王城とはだいぶ違っている。
セレンの言葉通り、この魔王城はだいぶ老朽化しているうえに壁や窓には複数個所大穴が空いている。しかも、それらの戦いの痕には新しいものもあれば、古いものもある。
一方で、それ以外の場所はよく手入れされている。掃除も行き届いているし、この玉座もきちんと磨かれている。
つまり、掃除程度ならできるが修繕を行えるほど資材がないのだ。王の居城がそんな状態にあるということは誰も王にはなっていないということだ。
つまり、この城を巡って様々な勢力が争っているが、誰も魔界を統一できるほどの力をもっていないということ。かといって、争いが絶えていないということは軍閥が割拠しての内乱状態にあるのではないか考えられる。
勝手な推測と思われるかもしれないが、違う。この思考法はオレの編み出した『ラスボス式推論法』の応用だ。
ラスボスは察しがよくなければならない。ラスボスが説明を聞きなおしている姿などついぞ見たことがないし、人間は多くを話せば話すほどボロを出す生き物だ。それを避けるためにも一を聞いて十を知ることのできるこのラスボス式推論法は必要不可欠なのだ。
……ついでに言えば、この玉座を管理していたのが誰かもわかる。かなりの長期間、一人でこの場所を守っていたことも。
「――役目大義であったぞ、セレン。余が目覚めるまでこの玉座、よく守り抜いた」
「え?」
オレが礼を述べたことをいまいち理解できないらしく、セレンは面食らっている。
よくあることだ。彼女はこれまで仕事の対価を与えられていないのだ。感謝もされなければ、褒められたことさえないだろう。
それは良くない。信賞必罰は世のならい。やがてオレのものとなる社会と組織を支える基礎の基礎だ。ラスボスとしてもおろそかにはできない。
セレンは100年間、様々な勢力がこの城を巡って争う間も、ここに留まり玉座を守り続けた。その功は報われるべきだ。
「余は気付いている。そなたの忠義、献身、誠意、その全てが得難いものだ。そなたこそ我が忠臣である」
「大、魔王様……」
オレがそう告げると、セレンは言葉に詰まる。表情がくしゃりと歪んで、まなじりに涙が光っていた。
彼女はすぐに自分が泣き出してしまいそうなことに気付いて、両手で顔を覆う。「お見苦しいところを……!」なんて言っているところからして使用人としての分を気にしているのだろうが、不要な気遣いだ。
ラスボスとは器の大きいものだ。配下の心はきちんと受け止める。
……それに、原作において魔王城と魔王の周辺にセレンの姿はなかった。単に描写されなかっただけなのか、あるいは何らかの設定があるのかはわからないが、あの原作の魔王の粗暴さを考えれば、彼女のような人材の価値に気付けたとは思えない。となれば、原作のセレンがどのような末路を辿ったかはおのずと想像がつく。
オレは違う。オレはラスボスだが、愚かではない。使えるものは全て十全に使うのが信条だ。そのためには配下の心にも気を配る。
「そうかしこまるな。余は臣下を大事にする。貢献したものをねぎらうのは当然のことだ」
「な、なんて、お、恐れ多い……! このセレン、お言葉、七度生まれ変わっても忘れません……!」
セレンはとうとう涙でぐしゃぐしゃになりながらも、何度も何度も「恐れ多い」と繰り返している。感極まっているのだ。
今世においても、『ラスボス式人心掌握術』がさく裂した。これでセレンはオレに対して忠誠を尽くしてくれる。
前世でもこうだった。オレが直接言葉をかけた相手は必ず感動し、一層働いてくれるようになった。時々、効果がありすぎて自分でも怖くなるくらいだ。
「それでセレン。余はまだ目覚めたばかりでモノを知らぬ。そなたの知るこの世界のことを語り聞かせてくれ」
「は、はい。承知いたしました」
今までに話した感じからして、セレンはそれなりに事情通なようなのでさらに詳しくを彼女に尋ねると、多くのことを確かめることができた。
まず、この世界は円錐の形をしており、その円錐は三つの階層に分かれている。
最も上層にあるのが神々の住まうとされる『天界』、その下部に人間たちの世界である『人界』が存在し、円錐の最下部にこの『魔界』が位置している。
魔界に暮らしているのは魔物と魔族。
魔界の原生生物である魔物とその魔物の特徴を持ちながら知性を得た人型の生物である魔族。このうち、魔族の王たる存在を魔王と呼ぶ。
まあ、ここら辺はおおむねオレの原作知識と一致している。となれば、知りたいのはこの魔界の情勢だ。
「今より100年前、我ら魔族は、人間との
「それ以来、魔界は魔王を
「は、はい、その通りでございます。敗戦後、人間に逆侵攻を受けた魔界は多くの勢力に分割され、戦乱の絶えぬ地になってしまいました。くわえて、一部の要衝は未だ人間に占拠されています……」
オレの言葉に、セレンが頷く。
やはり、予想通りなうえに好都合。しかも、魔族だけではなく人間までも魔界に支配地を持ち、勢力争いに加わっているという。
そして、その発端となった100年前の戦いというのは前作『マイソロジア2』での戦いのことと見て間違いない。
そこまで分かれば、話は簡単だ。ラスボスとしての第一目標も定まった。楽しすぎて口角が上がりそうなのをこらえるのが大変だ。
まず行うべきは魔界の統一。
しかも、オレは『大魔王』として『魔王ガイセリウス』とは比較にならない程に盤石の態勢を整えてみせる。そして、かならずや原作主人公『宿命の勇者』をも打ち破り、真のラスボスとして君臨してみせる。
しかし、100年も続く内戦とは……その間誰も
眠っていた間の分の苦労をセレンのような配下に押し付けてしまったのはラスボスとしては不徳の致すところだ。
もしかしたら、オレは望まれて転生したのかもしれないな。この魔界を統一し、ラスボスとなるために。
「そなたら臣下と民には苦労を掛けたようだ。許せ、余の目覚めが遅れたが故だ」
「そ、そんな! 我らの苦労など……! し、しかし、お目覚めになられたばかりなのに、なぜそのようなことまで……」
「余は大魔王である。
「す、すごい! やはり大魔王様こそは、我らの王たる方……!
満面の笑みをたたえて、本心からオレを讃えるセレン。他のものなら期待が大きすぎるとプレッシャーに感じるのだろうが、オレは違う。
オレこそはラスボス、大魔王だ。一つの世界程度統一できなくてなんとする。
そのためにもまず、足元を固める。原作の魔王たちがそうしたように魔界を統一し、魔軍を再結成するのだ。
「うむ。セレンよ、見ているがいい。この大魔王が魔界を統一し、すべての魔族を従えてみせようぞ!」
そうして、オレは目標を口に出す。
まずは魔界、次は人間界。そして、最後は天界。三つの世界を支配する
◇
SIDE,セレン
今、わたしの目の前で、大魔王様は「すべての魔族を従える」と仰いました。
驚くべき、そして、歓喜すべきことです。
この魔界を支配しているのは、強き魔族は栄え、弱き魔族は死に絶えるべしという
だというのに、大魔王様は『すべての魔族』を従える、己が民として治めると宣言されたのです。つまり、弱きも、小さきも、分け隔てなく、己が民として扱うと…………!
ああ、なんて、なんて、素晴らしいお方なのでしょう……!
これまでの歴代の魔王様は魔界の戦力をまとめ、人間たちの世界を奪い取ることばかりに注力され、わたしたち夢魔のような虐げられる下級の魔族のことなど顧みてはくださりませんでした。
ですが、このお方は、大魔王様は違います。この方ならば必ずすべての魔族を救ってくださいます。
だって、大魔王様はわたしを救ってくださった。100年の苦難に報いてくださった。
大魔王様の下さったお言葉、あのお言葉だけでわたしはこれまでの全てが輝くように思えたのです。お母さまの献身もわたしの苦悩もすべてが価値を持ったのです。
他の魔族たちが次の魔王は目覚めぬとあきらめ、この城を去った後、使用人であったわたしとお母さまだけは次なる魔王様のお目覚めを信じて城を守ってきました。
わたしたち夢魔が食料とするのは他の種族の夢。眠り続ける次の魔王様の何もない空っぽな夢を食べ続けることで、目覚めへと誘うことが夢魔の役割です。下等種族である夢魔が魔王城の出入りを許されたのはその役目ゆえであり、一族はそれを誇りにしてきました。
ですが、100年の間で大きく物事は変わりました。
かつての役割をまっとうしようとするわたしたちは愚かものだと同族からも蔑まれ、荒れ果てていく城を見ていることしかできませんでした。そして、50年前、ついには母も老いて死んでしまいました。わたしにもう自由に生きてよいと、そう言い残されて。
でも、わたしはどこにも行けませんでした。わたしが諦めたらお母さまの無念も消えてしまう、そう思うと足が竦んだのです。
それからの50年は無力感と絶望にさいなまれる日々でした。何度諦めようと、何度このまま眠り続ける魔王様の夢を食べるをやめてしまおうとそう思ったかしれません。
その日々が今日報われたのです……! 大魔王様が報いてくださったのです……! それも、たった一目で、たった一言で!
ああ、大魔王様……! 我ら魔族の救い主……! 真の王たる方……! わたしの大魔王様……!
このセレンは心からの忠誠をあなた様に誓います。お望みになられるのならいつでもこの身を差し出しまする。死ねとお命じなられるのなら、そうします。
ですから、どうか、どうか、
――――
あとがき
新作です! 第一章完結まで一か月ほどは毎日更新の予定です!
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初日は第三話まで更新します! 次の更新は20時ごろです!
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