大魔王転生~名作RPGのダメ悪役に転生したので、無限の魔力と有能ヤンデレ軍団で真のラスボスを目指します〜

ビッグベアー

第1話 大魔王様、転生

 ――目が覚めると、オレは玉座に座っていた。


 玉座。そう、玉座だ。豪華なひじ掛けに、天井まで届くような背もたれがある。色は光沢のある黒で、座り心地は良くないが、素晴らしい玉座だ。


 なんとも威厳があって、偉い人が座るのにふさわしい。つまり、このオレのための椅子ということ。なんとなくだがそう思う。いい気分だ。


 それにしても、ここはどこだ? 

 見たところ、西洋の城にある謁見の間のようだが、どうにも薄暗くて不気味な雰囲気はばっちり。壁には穴が空いたりと荒廃しているようだが、全体的には気に入った。でも、見覚えはまるでない。


 だいたいオレはさっきまで――あれ? なにをしていたんだっけ? というか、オレは誰だ?


「――お目覚めになられましたか」


 記憶を探っていると、不意に声を掛けられる。女性の声だ。

 そこでようやく目の前に誰かがいたことに気付いた。


 ロングスカートで黒を基調としたメイド服の女性。濡れ羽色の髪が腰まで伸びて広がる様子は、星のない夜空を思わせた。

 そんな女性がオレの前でうやうやしく片膝を突いて、こうべをれていた。

 

 ……察するに、彼女はオレの使用人か? 

 まあ、このオレだ。召使の1人や2人、いや、100人や1000人いたところでなにもおかしくない。記憶はないがなんでか、そう確信できる。


「こうして、お目通りかなったこと恐悦きょうえつの至りでございます、


 メイドが顔を上げる。


 儚げなで美しい顔立ち。絶世の美女、とでも言うべきか。あらゆる造詣が完璧で、いっそ現実離れした可憐さだった。

 記憶がなくともこれほどの美人にお目にかかるのは初めてだと断言できる。


 それに、こんな時になんだが、なかなかのプロポーションをしている。モデル体型とでもいうか、足が長くてすらっとしているのに、でるところはかなり自己主張している。まるで理想の女性という題名の絵がそのまま三次元に出てきたかのようだった。


 しかも、この美女はどうやらオレを敬ってくれている。なぜだ?


「……オレが、魔王?」


「はい! あなた様こそ、我ら魔族が待ち望んだ、我らの王! 第100代目の魔王様です!」


「……大分多いな。きりもいい」


 自分が100代目であること以外ピンとこないでいると、メイドさんは慌ててこう続ける。

 ……焦った顔もかわいいな。


「ご記憶になられていないのも無理からぬこと。あなた様は、今長い眠りからお目覚めになられたのです。あなた様がいただいておられるその双角そうかく、『昏き底のかんむり』こそがあなた様が魔族の王であるあかしでございます」


 メイドさんが見惚れる笑顔でそんなことを言うので、自分でも確認してみる。


 ……あった。確かにオレの頭の両側に角が生えている。

 形状はL字形。先端は鋭くとがっていて、なんだかかっこいい。


 視線を降ろしてみると服装も赤黒いローブだとわかる。禍々しいく見えるそれは妙にしっくりときていた。


 なるほど、どうやらメイドさんは本当のことを言っているようだ。

 つまり、オレは魔王らしい。魔王、そうか、魔王か。


 魔王といえば、悪魔と魔物とかの王様の魔王のことだろう。神話やらゲームのRPGとかにでてるあれだ。

 ……なんだろう、なんだか懐かしいような、気がする。


「あなた様こそ、この『魔界コアヘイム』の王にして魔族の救い主たる方、『魔王』ガイセリウス陛下なのです』


 メイドさんがさらにそう付け加えるが、彼女の言葉を耳にした瞬間、オレの脳裏で何かが弾けた。


 魔界……? 魔族……? ガイセリウス……?

 固有名詞に、なぜか聞き覚えがある。そうだ、あのゲームにそんな名前の世界と登場人物が――、


「――あ」


 瞬間、関連する記憶が再生される。

 学生の頃プレイしていたRPGに全く同じワードが登場していた。


 確か、ゲームのタイトルは『マイソロジア』。シリーズ化もしており、オレは全作プレイ済みだ。そのシリーズでは主人公は勇者で、魔王はラスボス……ラスボス?


 …………ラスボス? ラスボス! そうだ、オレはラスボスだ!


 その瞬間、オレは全てを思い出した。自分が何者であり、この場所で目覚めるまでどこで何をしていたか、それら全てを。


 オレの名前は、佐野総一郎さのそういちろう。現代日本に生を受けて、ラスボスをこころざして生きてきた。


 ラスボスとは、あらゆる創作物、物語において主人公が最終的に打倒すべき、あるいは乗り越えるべき強大な存在だ。

 具体的には、東に悪の秘密結社があれば首領として陰謀をめぐらせ、西に強大な悪の帝国があればその皇帝として社会を支配する。そういうものをオレは目指していた。


 理由はいくつかあるが、一番大きなものはやはり、憧れだろう。


 なぜなら、ラスボスにはロマンがある。

 世界を救うことしかできない主人公とは違い、ラスボスは己の目指す高みに向かってあらゆることができる。


 世界を支配することも、滅ぼすことも、あるいは救うこともできる。くだらないと鼻で笑われてしまうような小さな悪事をなすもよし、悪辣さに大人たちが顔をしかめるような策略を巡らせるもよし。時には善行を施してもいい。なにかに縛られているように見えたとしても、自分の意志で縛られることを選んだのだとオレは考えている。


 だが、そんなラスボスたちにも唯一縛られる『宿命』がある。

 それは最後には『主人公』に敗れるという決まり事。オレは創作物の中で幾度となくその結末を目撃し、激怒し、打ちひしがれ、やがて決意した。


 オレはラスボスとしてラスボスの『宿命』からも自由になる。真なる自由、真なるラスボスをこそオレは目指すのだ、と。


 オレは幼少期にそう誓い、そのために実践を重ねた。

 小学生の頃は生徒会長とガキ大将を兼任し、中学では弁論部と剣道部の部長を務めながら県大会で優勝。高校生になってからは主席の成績を取りつつマネージャーとして弱小野球部を甲子園へと導いた。これらの実績によってオレは学校生活を支配したのだ。


 ふ、我ながら見事な統治体制だったと今でも感心する。


 オレの在学中はいじめと教師による理不尽な指導を一切許さず、徹底的に罰した。ラスボスは己以外の悪を許さない。

 それで一部の生徒や教師から親の仇のような目でにらまれることもあったが、実にいい気分だった。

 人の恨みを買ってこそのラスボスだ。すべてはオレによるオレのためのディストピアのため。なのに、一部の生徒からは感謝されてしまったのは意外だったが、オレのカリスマ性ゆえか。


 そうして高校を卒業したオレは今度は社会のラスボス、政治家を志した。

 社会を裏から牛耳る政治家ってすごいラスボスっぽいし、ルールを創る側に回るのは支配の第一歩だ。


 ありがたいことに、日本は民主主義国家。金と人脈さえあれば政治家にはなれる。その程度のものならラスボスには容易く築ける。


 具体的には『不快感のない紙ストロー』を開発していた同級生を援助して大儲け。そこからNPOを設立して、政界にコネクションを得た。おかげで25歳になった瞬間には出馬できた。


 問題は記憶辿っていって最後の瞬間。

 この玉座で目覚める直前にいたのは、選挙事務所だ。当選確実の速報を聞いて、それで事務所のメンバーを集めて、勝どきを――あ、そういえば、


「魔王様……? どうかされましたか? 顔色が……もしや、わたし、何か粗相を……!?」


 その瞬間のことを思い返していると、メイドさんがこの世の終わりみたいな顔で縋りついてくる。

 ……オレが体調でも崩したと思って心配しているようだ。


 オレはこのメイドさんに大分慕われている。身に覚えは全くない。

 普通はハニートラップを疑うのだろうが、オレにそれは通じない。オレはラスボスだ、精神力は並の人間の比ではない。


 だが、距離感が近い。どことは言わないが体の一部が膝に触れている。見かけ以上に大きいぞ、これは。


「……問題ない。だが、離れよ」


「は、はい。よかった……」


 魔王っぽい喋り方を心掛けつつ、メイドさんに離れてもらう。

 オレはラスボスだが、コンプライアンスは順守する。ラスボスがセクハラで訴えられたのでは威厳も何もない。


 ともかく、最後の記憶だ。オレの記憶が正しければ『最期』の記憶でもある。


 選挙に勝利して、晴れて国会議員になったオレは事務所の皆と共に万歳三唱をしていた。そう、テレビの選挙特番とかでよく見るアレだ。


 それで、死んだ。

 万歳をしている最中に胸が痛くなったかと思ったら、意識が飛んでいた。


 たぶん、心臓発作だ。

 当日まで三日三晩徹夜で追い込みをしてたし、その一週間くらい前からはエナジードリンクを大量に摂取していたから、起こりうることだ。


 ……悔しいなぁ。あんなタイミングで死ぬなんて思ってみなかった。

 くそう、国会議員になったら国策を揺るがすような法案を提出し、派閥を行ったり来たりしつつ、与野党をかき乱して、最終的には国を裏から差配するつもりだったのに! オレの心臓がラスボス仕様じゃなかったせいで……! 畜生……!


「ま、魔王様? どうされたのですか? きゅ、急にそんな風に落ち込まれてしまって……も、申し訳ありません! 本来ならば、もっとぜいを凝らした場でお迎えすべきだというのに……!」

 

 一人悔やんでいると、メイドさんが悲し気にうつむく。唇を噛んで涙をこらえているその姿に、オレははっと我に返った。

 配下である彼女に後ろ向きな姿を見せてしまうなんて失態だ。


 オレの定めたラスボスのモットー三か条は『媚びない。逃げない。動じない』。オレともあろうものが一度死んだ程度でそれを忘れるなんて情けない話だ。


 オレが死んだのは間違いない。そして、今のこの状況が夢でないことも同様だ。ラスボスとしての直感がそう告げている。

 オレはいわゆる転生とやらをしてしまった。しかも、転生先はあの『ガイセリウス』と来た。


 つまり、オレのプレイしていた『マイソロジア』シリーズの世界、もしくはそれによく似た異世界にオレは転生してしまったというわけだ。

 そのことに気付くと、この玉座の間も記憶と一致していることが分かる。多少荒れ果ててはいるが、マイソロジアシリーズの2と3で決戦場になったあの魔王城の玉座だ。


 オレがマイソロジアシリーズをプレイしたのは、早々に大学合格を決め、暇を持て余していた頃だ。

 このシリーズは当時はすでにレトロゲームの域に足を突っ込んでいたのだが、重厚なストーリーと根強いファンがいることで有名だった。


 無論、ただ娯楽目的でプレイしたわけではない。友人から勧められたというのもあるが、異世界の魔王を通じてラスボスの何たるかを学ぶためだ。

 創作物から吸収できることは多い。特にラスボスとしての矜持や立ち居振る舞い、話し方などは他では勉強できない。


 その中でも、最も印象的だったのがシリーズ三作目の『マイソロジア3~始まりの光と闇~』だ。

 光と闇が交差する濃密なストーリー展開、登場人物たちの悲しくも熱い人間関係、そして、主人公である『勇者』の生き様。シリーズ最高傑作との呼び名も高い作品だった。


 だが、当時のオレはこのマイソロジア3にかなり納得がいっていなかった。

 なにせ、ラスボスである『魔王ガイセリウス』がダメ魔王なのだ。具体的には脳みそまで筋肉でできているのかと思うくらいの脳筋のくせに性格も最悪で卑劣かつ粗野だった。今思い返しても、強さ以外に何もいいところがない。


 具体的なダメエピソードとしては誰の目から見ても罠だと分かる城塞に突っ込んでいったり、優秀な配下を嫉妬心で処刑したり、自軍の兵士を虐待したりと枚挙に暇がない。マジで終わってる。


 作劇上、ラスボスが悪人でなければならないのは分かるが、それでも、あのダメっぷりは容認できない。

 そこで当時のオレは『魔王ガイセリウス』を反面教師として記憶に刻んだ。だから、あのゲームのことはよく覚えている。


 ……何の因果か、そんな『魔王ガイセリウス』にオレは転生している。驚くべきことだが、ラスボスは事実を事実として冷静に受け止めることができる。


 …………なるほど、素晴らしい。

 反面教師としたからこそオレはガイセリウスよりもはるかに優れているし、賢い。このまま魔王として生きるのなら、プレイ経験によって得た原作知識も大きなアドバンテージとなるだろう。


 ふふ、こう考えてみればいたれりつくせりではないか。

 だが、せっかくオレが転生したというのに、ただの魔王では役不足。魔王を越える、真のラスボスとして相応しい名が必要だ。


 ――あるぞ、一つだけ、本物のラスボスに相応しい称号が。


「ま、魔王様……?」


「ふ、違うな、我が配下よ。余は魔王ではなく『大魔王』。魔王を越えるものにして、この世界の真なる王である!」


 困惑するメイドさんを前に、オレは高らかに己が何者であるかを宣言する。


 そう、オレこそが大魔王。これはただの転生ではなく大魔王転生だ! 

 そして、オレは今度こそ魔王ラスボス勇者主人公に敗れるという『宿命』をも越えてみせる……!





――――

あとがき


新作です! 第一章完結まで一か月ほどは毎日更新の予定です!


応援、ブクマ、感想、評価などいただけると励みになります!

 

初日は第三話まで更新します! 次の更新は19時ごろです!

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