「お前を愛する事はない!」「誰がお前なぞ愛するものか!」と夫婦は争い、お互いに最愛の人を求めて行動した結果、一組の夫婦が幸せになりましたとさ

重原 水鳥

第1話 クーネンとナディアの結婚

 美しい春の花が咲き誇る日、一組の夫婦が誕生した。


 新郎、ペリドット子爵家の長男クーネン。


 新婦、ヘリオドール子爵家の長女ナディア。


 両家両親が貴族学院時代からの友人であった事が縁で二人は出会い、その後両家が様々な方面で手を取り合う事が決まった事で結ばれた、政略結婚である。

 とはいえ幼い頃から顔見知りの、いわゆる幼馴染という関係性であり、参列者の多くは二人が少なからず想い合って結ばれた夫婦だと信じていた。


 ――そんな、多くの参列者から祝福された夫婦は、大人が三人は余裕で眠れる広いベッドが一つだけ存在している寝室で、顔を合わせるや否や大声で罵り合っていた。


 事の始まりは、先に初夜に向けて準備を終え、寝室に控えていたナディアの元に来たクーネンが、大声で怒鳴った事である。


「お前を愛する事はないぞ、ナディア!」


 クーネンの声に新妻ナディアは息をのむ――事はなく、むしろ即座に叫び返した。


「それはわたしとて同じよ。誰がお前なぞ愛するものか!」


 言い返し、ナディアはフンと鼻を鳴らした。その動作に、ギリリ、とクーネンは歯ぎしりする。それに気をよくしたナディアは言葉をつづけた。


「まさか、結婚式での愛の誓いを信じでもしたの? 愚か者ねぇ! お前のような男になぞ、嫁ぎたくもなかったわ。お父様たちの命令に逆らえなかったから、仕方なく、! お前で妥協してあげたのよ。感謝なさいな」

「なんだとっ!? 妥協したのはこちらだ! お前のような不細工など、私が貰ってやらねば、貰い手もいなかった癖に!」

「頭でっかちで女に見向きもされなかったのはお前でしょう!」


 双方、幼い頃からの顔なじみ。あっという間に二人は部屋の中で取っ組み合いを初めてしまった。

 部屋に待機していた侍女は焦って外に助けを求めに行き、あっという間に、ペリドット子爵家に生まれた新しい夫婦の不仲が知れ渡ってしまったのだった。



 それから先も、クーネンとナディアの距離が縮まる事はなかった。

 顔を合わせれば嫌味罵倒三昧。放置すると手が出るため、使用人たちは二人が顔を合わせてしまったらできる限り引き離そうとしたし、そもそも会わせないようにこの若夫婦の行動を誘導するようになった。


 若夫婦と共に暮らしているペリドット子爵夫妻クーネンのおやは、なんとか息子夫妻の関係性の改善をしようと努力した。


 まず、息子を叱りつけた。他所の家から嫁いできた若い女性――しかも己の友人の娘だ――になんという事を言うのだと。


 そうするとクーネンは、表向き、しおらしい顔をする。


 ところがそれは全く話を聞いておらず、当座の怒りを受け流すための所作だと、ペリドット子爵は知っている。

 なのでクーネンの態度がまたすぐに悪くなり、また子爵が叱り、一時は大人しくなるが……というのを繰り返すだけで、改善されなかった。


 ナディアの方とて、態度が良いとは言えない。

 彼女の姑となったペリドット夫人はそれとなく態度を改めるように促したが「そもそも最初にわたしを拒絶したのはクーネンだわ」と言われると、それ以上に言えなくなってしまった。

 仕方なしに、ナディアの実の母親であるヘリオドール夫人に助けを求めた。

 ヘリオドール夫人は貴族の妻の心得として、想い合わぬ相手と結婚する事はあろうが、結婚した以上はしっかりと仕事をせねばならない、とよく言っていた事を言ったが、ナディアは、


「分かっておりますわ。仕事は果たしておりますでしょう?」


 と言い張った。


 確かに、若夫人として仕事はしている。だが、肝心のクーネンとの関係は、悪化の一途をたどっている。


 最初の発端がクーネンなのは、ペリドット夫妻クーネンのおやも認めている。

 しかしその後その争いを大きくしているのは、口の回るナディアである。


 どうしたらよいのだと、双方の親はひどく頭を悩ませる事になった。


「ここまで争うのであれば、なぜクーネンはナディアと結婚する、などと言ったのだ……」


 ペリドット子爵はそう頭を抱えた。


 そう。

 この結婚は、ものであった。


 なので両家の親からすると、結婚式までは双方が相手と結婚することを強く望んでいたというのに、いざ結婚式を終えたら、双方が憎み合っているという、訳の分からない状況だったのである。


「クーネンは何を考えているの?」


 ペリドット夫人は何度も息子と話し合いの場を設けたが、息子はのらりくらりとするばかり。真意は分からず、けれど妻となったナディアとの溝は深まるばかり。


 二人が結婚してから三か月が過ぎたある夜、ペリドット子爵は当主の証でもある家宝の指輪を握り締めながら、自分達に加護を与えている精霊に祈りをささげた。


「精霊様。どうかお助け下さい。一体、どうしてこのような事に……」

 

 祈りをささげるペリドット子爵の両手の中で、家名と同じ大粒のペリドットが、何かを暗示するように、暗く光っていた……。

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