第2章──2 ダンスの時間だ


  3


(どうしてこんな目に……)

 キアラはうんざりした気持ちで、されるがままにされている。

 ダイア寮のアオイの部屋に呼び出されたと思ったら、別室のフィッティングルームに連れて行かれ、使用人たちに取り囲まれた上で色々な備品を体に付けられている。

 コルセットの引き締めと体の自由の利かなさにはびっくりしたが、固いので防刃ベストくらいの役目は果たせそうだ。ある程度の息苦しさは、まあ許容の範囲内。しかしこんな堅苦しいものをいちいち着けなければならないというのは、上級貴族も楽ではない。庶民貴族にはわからない苦労があるということか。ある意味これも武装の一環かもしれない。

「あら、私の見立ても案外間違ってはいないわね。とてもお似合いよ、キアラさん。ご感想は?」

「それはどうも。……動きにくくて、とても窮屈」

 フィッティングを終えて、アオイの部屋に戻される。深い蒼色のきらびやかな生地のドレスを、キアラは着させられていた。椅子に座っていたアオイが満足そうに手を叩いてみせる。何だか楽しんでないかこいつ。

 こういう衣装は見た目特化なのでフリルだの刺繍だの宝石だのの無駄な装飾ばかりだし、スカートが長いせいで動きにくい。キアラも着たことがないわけではないが、やっぱり堅苦しくて苦手だった。まあフォーマル衣装は、だからこそ標的の油断を誘えるわけだが。

「さて、準備は整ったわね。今夜、赴くわよ。戦場に」

「例えが大げさ。……ていうか、今更だけれど私も行かなきゃだめ? てっきり依頼は隠密活動が主だと思ったのだけれど」

「だーめ。あなたには護衛としての任務もこなして頂かなきゃね。ディレッタもいるけれど、数は多ければ多いほどいいいでしょう。それに、あなたが私側にいることもきっちりアピールしとかなきゃ」

「……それじゃ隠密の意味なくない。まあ、それも今更だけれど」

 もうこの前のアオイの教室への訪問で、キアラのことはすっかり学園の話題になっている。まあそういう状況を逆手に取って暗に活動する手もあるから問題はない。アオイの地位のせいか、下手にキアラに因縁をつけてくる者もいない。……キアラが望んでいた平穏とは程遠いが。

「馬子にも衣装だな」

 アオイの傍らに立つディレッタが鼻を鳴らす。彼女は黒のシックで細身のドレスを着こなしていた。制服の時よりもスタイルの良さと手足の長さが際立つファッション。よく鍛えられたいい体だ、と勝手にキアラは分析する。

「じゃあ私も着替えてくるわね。二人とも、仲良くね。今夜は楽しい舞踏会になるわ」

 制服姿のアオイは舞うような軽い足取りで、使用人たちに連れられて部屋を出ていく。後にはキアラと、むっと唇を結んだディレッタだけが残されて沈黙が横たわる。お互い立ったままで、部屋の主がいないと広い部屋は更に広く静かに感じられた。もちろんアオイは一人部屋で、持て余してしまいそうなほど広い空間であり、置かれている家具も一流品でベッドも大きい。ここにも、上級と下級の貴族の身分差がふんだんなく窺える。……彼女はこれを、手放せるか。見ものだ。

「おい、お前。忠告しておくぞ。もしアオイ様を裏切ったり、危険な目に遭わせたりしてみろ。私が殺す。アオイ様は慎み深い方だが、私が目を光らせているのを忘れるな」

「なるほど。肝に銘じておくよ、ディレッタ先輩」

 不意に言い放った言葉に、すぐさまそうキアラが返すと、ディレッタはまだ納得が行かなそうに腕を組んで唇を結んだ。また沈黙が横たわるが、無駄口を叩かなくていい分キアラは快適だった。窮屈なコルセットもドレスもなく、今いるのが自室のベッドなら尚いいのに。

 革命ごっこの仲間に加えさせられたが、信用はされていないということだ。まあ、当たり前である。キアラを何かしらの方法で監視して、今もディレッタを傍に付けさせている辺り、アオイもそれは一緒なのだろう。あの女、何食わぬ顔してなかなかの食わせ物だ。

 どっちみち裏切ろうが裏切らまいが、彼女の誘いを受けようが受けまいが、キアラの望んだ平穏への道は閉ざされていた。アオイというあの少女に目を付けられてしまった時点で。乗り掛かってもいない船に引きずり込まれて、あげく引きずり回されつつある。

(……ここまで自分のペースを崩されると。私は少し腹が立つのか)

 ちっちゃなガキでも気づくようなちゃちな感情のトリガー。それにようやく気付いた今の自分にも、改善の余地はあるようだとキアラは納得した。

「ごめんあそばせ、お待たせしたわ。あら、二人ともすっかり仲良くなったみたいね」

 フィッティングルームから、使用人たちと共にアオイが帰って来た。距離をとって並び立っているキアラたちを見て、彼女はレースの手袋をした手で笑った口を隠す。

 キアラとは対照的に、彼女は真っ赤で情熱的なドレスだ。だがどぎつく安っぽい生地ではなく、丁寧にあしらわれているのがわかる深紅が鈍く艶めいている。黒いレースとフリル、刺繍をあるべき場所にあるべき形で飾られたそれは、デコルテの部分が大胆に露わになっているが透き通るような彼女の肌がより彼女自身を美しく見せるアクセサリーになっている。ふんわりと広がる長いスカートはそれが描くラインさえ計算されたように洗練されていた。ビスクドールのような彼女の武器を活かした完璧な武装だ。後ろでアップにした金色の髪も編み込みが丁寧で、相変わらず部屋の照明を受けてきらきらと光を瞬かせている。

「ディレッタ先輩。私が馬子にも衣裳なら、アオイ先輩にはどんな言葉を掛けたらいい」

 こういう時は何か気の利いた文句を口にするべきだろうが、咄嗟に浮かばなくて助け船を要請する。ディレッタは忌々しそうな横目をこちらに送ってから

「とてもお似合いです、アオイ様。いつもに増してお美しさが際立ちますね」

 とさらさらと口にした。

「ふふっ、ありがとう。二人もよく似合っていて素敵よ。さあ、行くわよ。心の準備はいい?」

 やけに張り切った様子で、アオイは先陣を切り、キアラたちはそれに続く。お互い背後を取られたくないので、ディレッタとは並んで歩く。スカートの下にヒールのある靴を履いている足音だが、彼女の足取りにブレは一切ない。それはディレッタも、キアラも同じだったが。

 寮を出るとすぐ正面に止まっていた馬車に乗り、学園自慢の大講堂へと舗装された道を進む。当然、スピネルクラスの連中は皆徒歩で向かわなければならない。

 夜は既に訪れ、馬車の外を緩やかにまだ新鮮な薄闇が流れて行く。今宵は、その時期だけに催される舞踏会の時間だった。全学園生徒が参加する戯れの行事で、ようするに誰もが想像するような煌びやかなパーティだ。

 だが当然、想像通りの楽しい場じゃない。わざわざ全生徒を集めて催す理由は、ようするに自分の身分と立場を思い知らせ、または知らしめさせるためだ。

 下賤とされるスピネルクラスの下級から中級の貴族の生まれの者たちは、自分の身分に合わせた衣装で着飾っても、上級の者たちにはまったく敵わないと現実を突きつけられる。

 身に纏ったもの、佇まい、その振る舞い。纏う空気に至るまで、見上げる者にはそこに立つ者たちはあまりに眩しく、妬ましい。自分とは住む世界が違いすぎる。そう、心の芯まで沁み込まされる。

 そして上に立つ者たちは足元にも及ばない者たちを見下して、とことん優越感に浸り、貴族としての誇りと自尊心を保てる。舞踏会とは言うものの、実際にホールの真ん中で優雅に踊ることが出来るのは上級貴族の者たちだけだ。誰に言われるでもなく暗黙のままに、スピネルクラスの者たちは端へと追いやられて肩身の狭い思いをすることになる。まさに天国と地獄ってわけか。

(そこに私みたいな者が最上級貴族の娘と一緒に出向いたらどうなるだろうね。まあ、火を見るよりも明らかだけど)

 キアラが馬車の座席で正面を向いたまま、少し憂鬱な気持ちになる。これなら本来通り、縮こまっているスピネル組に混じって密かに並んでいる晩餐を盗み食いしていた方が遥かに楽だっただろう。だがもう、この身にそぐわない馬車に乗り込んでしまっている。

「……案ずることはないわ、キアラさん。あなたは堂々としていて。きっと楽しいことになるわよ」

 ふと向かいの席に座っているアオイがこちらを見つめながら言ってくる。相変わらず、濁りのない青い眼差しを向けて。

「それにつまらないパーティは、抜け出すかぶっ壊すためにあるのよね」

 ぼそりと呟いて笑うアオイに、キアラは案ずることが積み重なって来た。

 馬車が止まる。待っていた学園の職員にドアが開かれ、ディレッタが先に降りて、アオイをエスコートする。キアラはその陰に隠れて密かに出ていく。

 大講堂の入り口の周りには他にもいくらか馬車が止まっており、上級貴族らしき生徒たちも姿を見せていた。だがやはりそんな星々の中でも、アオイの存在感はひと際目を引く光だった。案の定、その場にいる全員の眼差しが彼女に注がれている。

 いるだけで、その場の空気も視線も我が物にしてしまう。……正直、アオイを侮っていたかもしれない。最上級貴族。見上げるなんてものじゃない。次元が違いすぎる。

「さあ、行きましょうキアラさん。そんな後ろじゃなくて、私のところへいらっしゃい?」

「えっ。あ、ちょっと。私は目立つのが嫌い……っ」

 背中側に隠れようとしていたのに、事もあろうにアオイはキアラの腕を引っ張って自分の隣に並べさせてきた。逃げないようにご丁寧に腕を絡めとられる。裏方のつもりだったのに突然ステージに押し出されたような気分で、当然周りの視線が痛い。だが悪足掻けば余計に悪目立ちするので、仕方なくキアラはそのままアオイと共に歩いて大講堂に入っていった。

 入ってくる者たちの牽制と偵察のためか、広いロビーで溜まっていた生徒たちの視線を礫のように浴びながら、両開きの扉をディレッタに開けてもらってメイン会場のホールへ。

 入った瞬間、煌びやかな明かりと人の集まる場所特有の喧騒が溢れ出してきた。

 思った以上に、空間が広い。大きな建物のほとんどがこのスペースに切り取られているのだろう。

 高い天井に無駄に豪華で大きなシャンデリアが鎮座し、床は大理石。吹き抜けになった二階部分もあり、両脇から金色の手すりがついた階段が丸く象られた空間に弧を描くようにそこから伸びている。二階はテラス状になっており、社交の場というより下の階への演説のステージという感じだった。

 真ん中の空間はダンスのためか、空けられていて、生徒たちは皆その周りにあるテーブルなどを囲み、晩餐と談笑を楽しんでいるようだ。当然、スピネル組の生徒たちは端の方に固まって、柱の影以上に暗い空気に囲い込まれていた。予想通り、この上なく見な肩身の狭い思いを強制させられているようだ。

 さすがに学園の全生徒を収容できるだけある。この学園の中で一番広くて大きな場所なのだろう。上級貴族組はここを集会などに使っているようだが、スピネル組であるキアラには当然縁もなく初めて拝んだ施設だ。ちなみにスピネル組の集会は、ここに比べたら小屋みたいな教室で行われている。

「……アオイ様? どちらへ……」

 ふとアオイが方向転換したので、後ろにいたディレッタが慌てて付いてくる。キアラも少し驚く。彼女が向かう先は、隅っこで縮こまっているスピネルクラスのところだったからだ。

 アオイは突然現れた自分に驚き恐れ多そうにますます縮こまった彼、彼女らに深々とお辞儀した。

「ごきげんよう。せっかく全生徒参加のパーティーなんだから、あなたたちも一緒に楽しみましょう。遠慮なんかしなくていいのよ。ほら、この子だってこんなにくつろいでるでしょう?」

 アオイににこやかに手で示されたキアラは、困惑気味の視線を一身に受けてそこにいる人たち以上に居心地が悪くなった。何考えてんだ、この女は。キアラはますます苛立ちが募る。

 肩身の狭そうなスピネルクラスの集まりの中で、更に居心地が悪そうにしているカヤの姿が目に入った。彼女はアオイの目を避けようとしていたが、アオイはその姿を捉えた。その上で再び彼女が口を開こうとした時。

「こら、アオイ。突然無茶な提案をするな。皆さん困っているじゃないか。……申し訳ない。彼女はサプライズが好きでね。気にしないで君たちも楽しみたまえ」

 近づいて来ていた男性が、アオイを嗜めるように声を掛けて来た。アオイは少しバツが悪そうに彼の方を向く。

「……エリオット。随分早いご登場じゃない。てっきりあなたは勿体ぶって、人が集まり切って注目を浴びる瞬間に来るかと思っていたけれど」

「それも考えたけれど、慎ましく登場する僕も素敵だろ? それに早めに来ていれば、すぐ君と会えると思ったからね」

 では失礼するよ、と彼はスピネルクラスからアオイをさりげなく離すように歩き出した。アオイは渋々といった様子でそれに従ったが、正直キアラはほっとした。スピネルクラスの連中も同じような気持ちだっただろう。それがアオイという存在なのだ。本人が気づいているのかいないのかわからないが。

 さり気なく目をやれば、カヤもあからさまに胸を撫で下ろしている様子が見てとれた。アオイの行動は彼女にとって頭痛の種になってはいないだろうか。早くも不安になる。

「それで、何か用。エリオット。私、挨拶の途中だったのだけれど」

「ごめんごめん。急にアオイが声を掛けたものだから、彼らもびっくりしてどうしたらいいかわからないと思ってね。それに、良き友と話したいというのは、大事な用のうちに入らないかい?」

「相変わらずの気取り屋ね。そういう振る舞いは疲れない? いちいち言葉を選ぶのも大変でしょう?」

「残念だけど、これが僕だ。生まれてこの方、言葉選びに苦労した記憶はないよ」

 ホールのなるべく目立たない角に移動したアオイたちは、気の置けないそんなやりとりを繰り広げていた。キアラはじっと、男性の方を観察している。

(こいつがエリオット・アレキサンドラ……)

 精悍な顔つきに、色素の薄い肌。ショートヘアは赤みがかったブラウンで、背が高くスタイルもいい。白を基調にした燕尾服がよく似合っていた。

 この様子からすると、彼がアオイの幼馴染であるというのは確からしい。こうして並んでいると二人は非常に絵になるし、学園内でも二人が一緒に居ると人だかりが出来ると話題らしい。が、アオイ自身はそれを嫌がっている節があり彼と顔を合わせるのを避けていると誰かが噂していた。

 だがそれよりも特筆すべきは、彼の姓がアレキサンドラであること。この学園の理事を司る家系であり、アオイと並ぶ最上級貴族の一つだ。アオイの婚約相手の最有力候補とも名高い。

 そして、代々クローチェとして学園のトップに座してきた血筋。つまり彼は、これからアオイの敵となる内の一人だ。

 ふと一瞬、エリオットがこちらを横目で見た。品定めするような鋭い眼差し。かと思えば、彼はこちらを向いてにこやかに挨拶してきた。

「やあ、君がキアラ・サヴァトーさんか。ここのところ、アオイと随分親しくしていただいているようだね。自由奔放な彼女と付き合うのはなかなか骨が折れるだろう?」

「……いえ。おかげさまで、楽しく時間を過ごさせていただいております」

「エリオット? そういうのは本人がいないところで口にするものじゃないの? キアラさん、この人の言っていることは真に受けない方が身のためよ」

 キアラが言葉を返すと、すかさずアオイが口を挟んでくる。すると、エリオットが可笑しそうに口元を押さえた。

「仲が良さそうで何より。彼女のことをよろしくね。こう見えて、友人が少なくて寂しがり屋だから。これからも親しくしてもらえると助かるよ」

「あなたって口を滑らせないと言葉を使えないの、エリオット」

「はぁ。よろしくお願いします」

 エリオットに手を差し出されたので、仕方なくキアラも握手に応じた。

 人当たりのよさそうな笑みを浮かべているが。僅か、握った手に力が込められた。牽制と受け取る。それはそう。何の接点もなさそうな下級貴族の自分が突然アオイに近づいて傍らにいる。何か企んでいると疑わない方がバカだ。

「……そろそろダンスの時間だね。アオイ、ご一緒願えるかい?」

 控えていたオーケストラが、優雅な音を紡ぎ始める。手を引き合った男女がホールの中心に集まり始めていた。

 エリオットは膝をついてアオイに手を差し伸べる。だが何故か、アオイはそれに応じなかった。

「申し訳ないけど、先客がいるの。――キアラさん。行きましょう」

「……は? えっ、何……!?」

 そっぽを向いて歩き出したアオイは、よりにもよってキアラの手をぐいぐい引っ張ってダンスの輪に加わって行く。思わず抗ったが力が強い。生まれて初めてこんなに動揺したかもしれない。生まれる前も含めて。

「……どういうつもり。明らかに私たち、この場で浮いてる。目立ちたがりも大概にして」

「いいから。これも仕事の一環よ。ダンスのリハーサルはしたから大丈夫よね? 躓いたりしないでね、キアラさん?」

 ダンスのために集まった生徒たちの中心で、向かい合ったキアラとアオイは声をひそめて言い合う。

 ダンスのペアは男女だけ。女性同士で組んでいる自分たちは悪目立ちして戸惑いの目を向けられている。にも関わらず、アオイはそれを意にも返さず得意げに片目を閉じてみせる。……そのために、前もってダンスの練習をさせられたわけだ。キアラの苛立ちは募る一方だった。

「始まるわよ。ほら、近くに来て」

 アオイに抱き寄せられる。この体勢は、どうやら自分が女性側に立たされたようだ。一応どちらでも踊れるように調整はしたが、この女め。エリオットの言う通りサプライズが随分好きなようだ。

 仕方なくアオイの手を取り腰に手を添えて準備する。オーケストラの演奏が始まった。軽快で優美なワルツのメロディ。周りに合わせて、キアラたちも踊り始める。

 緩やかな波をたうたうような、そんな彼女の舞は迷いがなく、それでいて一切の乱れもない。キアラが杞憂しなくとも、彼女に合わせるだけで様になるほど動けてしまう。

 同じダンスのはずなのに。踊る周辺よりもアオイは際立っている。ギャラリーはおろか、演者の目すら引いてしまう。目の前にいるキアラまでも。こちらを捉えるその青い眼差しに、囚われる。彼女の作り出した流れにさらわれてしまう。

(綺麗だ……)

 直前に浮かんでいた苛立ちも不安も、何もかもその瞬間だけは忘れた。軽やかな足取りと心地のいいリズムに乗せられて、彼女と舞う。不自由さは一切なく、むしろ二人で踊り補い合う広がりを感じた。

 社交ダンスなどと軽く見ていたが、楽しい。それはきっと彼女のペースに上手く乗れているからだ。心が躍るような感情に、キアラ自身が驚かされていた。

 キアラとアオイの息の合った動きがぴたりと止まると同時に、演奏も止む。周りからは浴びるような拍手が巻き起こった。間違いなく今、一番自分たちが注目と賞賛を受けている。とうしていいかわからず、キアラはとりあえず礼をしたアオイに倣った。

「よし。場は整ったわね。行くわよ、キアラさん」

「は? ちょっ、また……っ。何かするなら事前に……っ」

 挨拶もそこそこ、またアオイがキアラの手を引いて足早に歩き出す。

 向かう先は、吹き抜けになってテラスになっている二階部分だ。ヒールと長いスカートでも、彼女は難なく階段を登っていく。心なしか、その背中は華奢なのに勇ましく感じた。足取りも、迷いがなく、力強い。こちらの方がフィジカルは上のはずなのに、逆らえずキアラはどんどん上へと連れて行かれる。

「皆さん、ご注目を! このアオイ・エレジアルナから皆さんにお話したいことがあります!」

 ホール全体を見下ろせるテラスに立ったアオイは、声高々にこちらを見上げている下々に呼びかける。呼びかけなくとも、皆がアオイの一挙一動に目を奪われていた。キアラでさえそうだ。

「次のクローチェ選抜会、私も立候補させていただくわ! そしてこの学園に、私は革命を起こす!」

 振り上げた腕を、アオイは前に突き出して宣言する。

 ……あれ。これ、止めないとまずいのでは。キアラが危機感を思い出したときにはもう遅かった。

「全ての生徒に平等の教育を! そして魔法の権限を与えます! ダイヤクラスからスピネルクラス、隔てなく同じ授業を受け、魔具であるステラを持つ権利を! 出自関係なく、人として評価される自由な場所に、私はこの学園を作り変えてみせるッ!」

 ……やりやがった。アオイの大胆発言に、ホールの皆がざわつき始める。当のスピネルクラスの面々も、何事かと困惑していた。当たり前すぎる。

 だめだこいつ。早くなんとかしないと。窘めようとしたキアラの腰を、不意にアオイは抱き寄せてきた。

「そして私は! 今スピネルクラスに属させられているこの子、キアラ・サヴァトーと! この場で婚約を交わすわ! 今日から許婚になるこの子のためにも、私は学園に身分を問わない平等を求める!」

 下の階のざわめきは激しさを増す一方だった。開いた口が塞がらないとはこういうことかとキアラは実感する。迷いなく、自信に溢れたままの笑みを浮かべた目の前の女が信じられない。

 ……やられた。目立ちすぎなダンスなんて前哨戦に過ぎなかった。自分をわざわざ一緒に連れ出したのも、スピネルクラスにも上級クラスと同じ平等さを、という言葉に説得力を持たせるためだ。

 それを補強するために、とどめの許婚発言。自分はPRのために利用された。ようやくそれに気づいた私は間抜けだ。

「んっ……!?」

 さらに彼女は、駄目押しとばかりに。キアラをさらに抱き寄せると、唇を塞いできた。あてがわれた柔らかさを超えた感触と、目の中いっぱいに広がる瞳の蒼色で捉えられて動けない。これもキアラが余計なことを言ったりしたりするのを防ぐためなのだろう。

 そして彼女の思惑通り、黄色い声の混じりの悲鳴にも近いどよめきがホールの中を満たしていった。

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