第32話 魔法少女(?)
私とアヤネを庇うようにリルが一歩前に出ました。
戦う必要なんてないのに。
逃げたっていいのに。
ほんとうに、リルって損な性格をしていますよね。
……まぁ、そんなところが好ましいのですけれど。
「ミラカ、アヤネさん。逃げてください」
震える手を握りしめながら。迫り来る十数人の戦闘員を前にして。それでもリルは私たちの心配をしてきました。
あの程度の怪人と戦闘員、私であれば瞬殺できますが……リルはどうでしょう?
「リル。あの数に勝てるのですか?」
「皆さんが逃げる時間ぐらいは稼げます」
その『皆さん』には逃げ惑う一般人も含まれているのでしょう。
なんともまぁ……。
「ここはリルにとっての異世界です。住んでいるのも異なる世界の住人。言語翻訳の魔法を使わなければ言葉すら通じないというのに、それでも助けようというのですか?」
「たとえ異世界でも。たとえ言葉が通じなくても。力なき人々を守ることができるなら私は戦います。だって、それこそが私の憧れた“魔法少女”なのですから」
頑固者。
「……正直に言いましょう。リルが戦う必要はないです。この世界には騎士がいますし、勇者もいます。なんだったら『魔王』である私が戦ってもいいですし」
「……確かにそうかもしれません。でも、今、私は戦える場所にいます。戦える力があります。なのに人任せにして逃げるのは……私自身が許せないんです」
「リル……」
「私は普通の少女にはなれないと思います。私は、戦うことしか知らないですから」
「…………」
そんな悲しいことを言わないで欲しいです。
たとえ戦うことしか知らなくても、無理をして戦う必要なんてありません。
戦うことしか知らないのなら、私が。楽しいことを教えてあげますから。
私の説得にもリルは首を横に振り。
「私は戦います。戦わなきゃいけないのです。だから見ていてください。――私の、変身」
「…………」
…………。
……仮面○イダーク○ガ?
『いいシーンなのにパクリだにゃ。台無しだにゃ。まさかリルまでパクリはじめるとは……』
「しーっ! 今言いシーンなのだから黙っていてください! あとパクリではありません! リスペクトです! リースーペークートー!」
私がアヤネにパクリとリスペクトの違いを熱弁していると、リルが『コンパクト』を取り出しました。鏡と化粧品入れが一体化したアレです。よく魔法少女が変身に使っているやつ。
「マジカル♡ミラクル♪」
コンパクトを中心としてバラの花吹雪が舞い踊ります。
おぉ、なんという『いかにも』な変身シーン。今の私、感動で打ち震えています。
リルが謎の力で空中へ浮かび上がり、光に包まれました。
当然のように服が分解され、裸になりますが、なぜか裸体を直接見ることはできません。
伸ばされた両手の先からカラフルなリボンがリルに巻き付いていき、魔法少女の衣装へと替わっていきます。手袋。裾。ロングブーツやスカート、フリルのシャツなど。煌びやかに絢爛と“魔法少女”へと変身していきます。
もちろん変身途中に怪人や戦闘員が攻撃してくることはありません。なぜならそれが世界の摂理だから。というかそんな無礼で無粋で無遠慮な輩がいたら私が血祭りに上げます。一人残らず。すぷらったぁも恐れずに。
『怪人たちも本能で危険を察知したのかにゃあ……?』
そして。
リルという少女が“魔法少女”へと変身しました。
「――希望の光を胸に抱き! 恐れず止まらず突き進む! 魔法少女♪ ハニカミ☆フローズ! 悪い人にはお仕置きです!」
しゃららら~ん! と、見慣れた魔法少女服のリルが降り立ちます。
……リルの変身後の名前ってハニカミ☆フローズだったんですね。そういえば初登場からずっと魔法少女姿ですし、変身シーンはなかったのでした。これからは『頑張れフローズ!』という感じで応援した方がいいでしょうか?
『うんうん。変身後に本名を呼んだら興ざめなのにゃ。たとえ正体を知っていてもそこは気をつけるべきなのにゃ』
なにやら魔法少女に一家言ありそうなアヤネです。
私とアヤネが魔法少女ものにおける変身シーンはリボン的な何かが巻き付くべきかそれとも空中に現れた衣装を順々に着ていくべきかと熱く語り合っているとリルの戦いが始まりました。
ふむ。
実力はリルが圧倒しています。戦闘員が十人二十人束になっても勝てないでしょう。
ただし、それは真っ正面から戦った場合。
戦闘員たち(というか指示をする怪人)はリルの強さを早々に察し、真正面からの戦いを止めました。二手に分かれて一方が逃げ惑う市民に襲いかかり、リルが助けに向かったところをもう一方の集団が横合いから攻撃するという形。
それだけでもリルにとっては不利だというのに、戦闘員たちは捕まえた民を人質に取りました。リルが動きを止めたところを集中的に攻撃しています。
防御の魔法によって致命傷を負うことはありませんが、少量ずつダメージは通っているみたいですし、いずれ魔力が尽きれば命の危険もあるでしょう。
ここは助けに行くべきですね。人質を取るなど言語道断。
しかし、問題が一つ。
ここは町中。今は真っ昼間。そして逃げ惑っているとはいえ民の姿も数多く。こんな状況で飛び出して吸血鬼パワー全開で戦ってしまっては顔バレ必至。私の目指す平穏無事なスローライフが吹き飛んでしまうでしょう。
『……今さらなのにゃ。今さら過ぎる心配なのにゃ。もうだいぶ手遅れだと思うのにゃあ……』
アヤネが小声で何かつぶやいていましたが吸血鬼イヤーでも聞き取れませんでした。
よし、ここはヒロインを助けたときのように仮面で正体を隠すべきですか。
ふふふ、私も成長するのです。ヒロインを助けたときとは違い、ちゃんと髪色を銀髪から茶髪に変えてから登場しますとも。同じ失敗は二度と繰り返しません。
『……そもそも仮面程度で変装しているつもりになっているのが……いや何でもないにゃ。何を言っても無駄なのにゃ、きっと』
私はこの前と同じように魔力で鬼の仮面を作りあげ、それを装着してから近くの建物の屋上に上りました。こういうときには高いところから登場する。これ世界の真理です。
「――待てぇい!」
私の大声に戦闘員たちもリルへの攻撃を止め、こちらを見上げました。そんな連中に向けて私は語り出します。
「とある一人の少女がいた。気弱で、あがり症で、戦うことを恐れる一人の少女がいた」
少女の名はリル。
「震える心を押さえ込み、なおも戦いに挑む者。……人、それを魔法少女と呼ぶ!」
ちゅどーん、と。背後で魔法による大爆発を起こした私です。もちろん色は無駄にカラフルですし、周囲の建物に被害が出ないよう加減しています。
『アホにゃ……アホがいるのにゃ……』
感動で頭を抱えるアヤネを放置し私は大ジャンプしました。目指すはリルを取り囲む戦闘員――ではなく、彼らを指揮するヒトデな怪人です。
空中で一回転。身体をひねりながら跳び蹴りの体勢を取ります。
そして――
「――魔法少女❤キーック!」
私の胸に宿る正義の心が威力へと変換されたのでしょう。ヒトデの怪人は身体を真っ二つに引き裂かれ、『ヒットデーッ!』という叫び声を残して爆発四散しました。凄いぞ正義の心。
『ただの力業なのにゃ。跳び蹴りで怪人を真っ二つとか頭おかしいのにゃ』
アヤネの独り言は距離がありすぎて聞こえなかったので無視しました。
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