第26話 子供を授かるみたいです

「…っと…ょっと?…ちょっと」と言われ、意識が現実に引き戻される。


「…え?」


 目の前に、赤ん坊を抱えた女性が立っていた。


 白いワンピースの裾が微かに揺れ、髪が肩に乱れて落ちてる。


 リビングのソファに寝そべってた俺は、慌てて体を起こす。


「…そこの哺乳瓶とって欲しいんだけど…。大丈夫?ぼーっとしてるみたいだけど」

「あ…ごめん」


 言われるがまま振り返り、テーブルの端に置かれた哺乳瓶を手に取って渡す。


 彼女は慣れた手つきで赤ん坊の口に持っていくと、小さな唇が美味しそうに吸い始めた。


「…可愛い」


 愛おしそうな目で呟くその顔を見て、頭がクラッとする。


 おいおい…マジかよ…。

間違いなくゆあちゃんだ。

いよいよ俺とゆあちゃんは夫婦になり、子供まで授かったらしい。


「どうしたの?そんなにまじまじ見て…。もしかして、私の母乳が欲しいの?」


 揶揄うように笑い、片眉を上げてくる。「い、いや…そんなんじゃない」と返すと、彼女がニヤッと口元を緩めた。


「えー?この前の赤ちゃんプレイ結構楽しかったのに」


 …何!?未来の俺、何やってんだよ!頭を抱えながら洗面所へ逃げる。


 西暦を確認しようとポケットを探ると、薄いスマホらしきデバイスが手に当たる。


 画面を見ると「2040年」。15年後か。


 15年も経てば携帯もこんな風になるんだな…。

ゆあちゃんは25歳で、俺は…38歳。もう立派なおっさんだ。


 でも、子供まで出来てるなんて…。

呆然としていると、インターホンが鳴った。


「ごめーん。唯斗出てくれる?」

「あ、うん…」


 本当なら以前みたいに「過去から来た」と伝えようと思ってたけど、急いで玄関へ向かう。


 家は前回と変わってなくて、少し安心する。ドアを開けると、そこには母さんが立っていた。


 家を飛び出して以来初めて会う母親。

俺にとっては20年ぶりだ。


 白髪混じりの髪を緩く結び、深いシワが刻まれた顔はお母さんというよりおばあちゃんに近い。


 過去の嫌な記憶が一瞬頭をよぎり、思わずドアを閉めそうになる。

でも、昔とは違う穏やかな表情にハッとして立ち止まった。


「…久しぶり」

「久しぶり?この前会ったばかりでしょ。何言ってるの?」


 優しそうな笑顔に、俺にこんな顔を見せたことなんてなかったはずだ。

そうか…和解したんだな。


 深呼吸して、「冗談だよ」と誤魔化し、家に招き入れる。

リビングに戻ると、母さんがゆあちゃんに駆け寄る。


「お邪魔します~。体調に変わりはない?大丈夫?」

「はい、大丈夫です。ご心配をかけてごめんなさい」

「何を言ってるのよ~。何かあったら遠慮なくいって?」

「…はい!ありがとうございます」


「あ~…りんちゃ~ん…かわいいわね~」


 甘い声で赤ん坊の名前を呼び、頬を緩ませる。りんちゃん…俺の娘か。

ぼーっと突っ立ってると、「お茶くらい出しなさいよ」と母さんに急かされた。


「あ、ご、ごめん…」


 昔の抵抗感がチラつくけど、なんとか自然を装ってお茶を淹れる。


 娘を寝かせた後、リビングで世間話が始まる。

適当に相槌を打ってると、隣に座るゆあちゃんが母さんに見えないように足をツンツンしてきた。


「そうなんですねぇ~。そういえば今度の旅行どうします?」と話を続ける彼女の手が、徐々に膝から太ももへ上がり、股間近くをちょんちょんつつき始める。


「…ちょっと…」


 小声で抗議するけど、聞こえないふりでニコニコしてる。


 1時間ほど話した結果、国内旅行で温泉街巡りに決まり、熱海か別府に行く方向で落ち着いた。


 母さんを玄関で見送り、二人きりになると、ゆあちゃんがニヤニヤ近づいてきた。


「ふふふ…興奮しちゃった?」


 誘うような目つきに、ここで「過去から来た」なんて言ったら恥ずかしすぎると思い、黙っておく。


「…興奮っていうか…ばれるんじゃないかってヒヤヒヤしたほうが強いかな」

「え~?何か今日はずっとドライじゃない?距離を感じるっていうか…。私…なんかした?」

「いやいや…ちょっと疲れがたまってるだけで…」

「そりゃそうか。昨日は3回戦もしちゃったもんね。うんうん。仕方ない」


 …3回戦!?38歳で!?体力お化けすぎるだろ、未来の俺。


 その後、ソファでくつろいでると、ゆあちゃんが隙を見て抱きついてきたり、キスしてきたり、イチャイチャしてくる。


 気恥ずかしさに体が硬くなると、「なんかぎこちなーい。むーん…よし!いつものやろう!」と立ち上がった。

【挿絵】

https://kakuyomu.jp/users/tanakamatao01/news/16818622170501446562


 …いつもの…?何だ?と困惑してると、彼女が手拍子を始める。


「ゆいとLOVELOVE!ゆいと好き好き!ゆいとちゅちゅ!」と歌うように叫び、無言の時間が流れる。


「ちょっと!何ぼさっとしてるの!ゆあちゃん可愛い!ゆあちゃん最高!ゆあちゃんLOVELOVE!でしょ!」


 なんつー恥ずかしいやり取りだ…。


 顔が熱くなり、「ごめん…俺…その…過去から…来たんだ」と告げると、彼女が呆然とした。


「…ってことは…え…?…はわわわわわ!?」

顔を真っ赤にして慌てふためくゆあちゃん。


 その瞬間、視界が揺らぎ始め、彼女の恥ずかしがる姿を見ながら元の時間に戻っていった。

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