第24話 もう一つの問題
秋野さんの目に光がない。
その隣で震える男を見ると、もしかして…噂の元カレか?
見た目は眼鏡をかけたおとなしいオタクタイプ。
薄いグレーのパーカーとヨレたジーンズ、俯いた顔に覇気がない。
あれから連絡は取ってなかったけど、一体何があったんだ?
遊園地の喧騒の中、アイラがカップルに絡む声が響き、秋野さんはただ立ち尽くしている。
助けなきゃだろ。
てか、アイラはなんで絡んでるんだ…。
ゆあちゃんに「隠れてて」と目で合図し、前髪をグイッと上げてオールバック風に整え、肩を張ってややガニ股で近づく。
「おいおい!誰かと思えば秋野さんじゃないっすかぁ〜!うちに金借りてとんずらこいたと思ったら、こんなところで彼氏とデートか?いいご身分だな!」
わざと声を荒げ、ズカズカと歩み寄る。
アイラが「え?何してんすか先輩…」と目を丸くするのを無視し、秋野さんの手を掴む。
「金が払えねーなら体で払ってもらおうか?ぉん?」と凄むと、男が震える手で俺の手を掴んできた。
「や、やめてください!俺の彼女に、な、何するんですか!」
ビビりながらも声を張り上げる姿に、こんな男がDVを…?
いや、まず秋野さんから話を聞かないと何も始まらない。
「あ? 彼氏ならテメェが払ってくれるのか? 200万円。それなら話は早えーけど? 彼氏なんだろ?払えるよな?つか、確かこいつが借金した理由は彼氏が原因って言ってたけど…もしかして、てめぇが元凶だったりするのか?」
男の顔が青ざめ、今にも小便を漏らしそうな表情に変わる。
「ち、違います!ぼ、僕はただのレンタルしてデートしてただけです!関係ありません!」
震える声で叫ぶと、踵を返して人混みに逃げていった。
レンタル…?
追いかけるか迷ったが、居なくなれば好都合だ。
秋野さんの手を握ったまま、アイラに目配せで「後ろからついてこい」と伝え、ゆあちゃんの隠れてるベンチへ戻る。
「…せっかく遊園地に来たのにごめん。車に行こう」と二人を連れて駐車場へ向かった。
秋野さんは抵抗せず、ただ黙ってついてくる。その足取りは、2ヶ月前のゆあちゃんそっくりだった。
◇
車に戻ると、窓をノックする音。
外を覗くと、アイラが息を切らしながら立っている。
赤髪が汗で額に張り付き、バッグを肩に引っ掛けたまま手を振ってくる。
急いでドアを開け、「尾行はされてないな?」と確認する。
「大丈夫っす。てか、その人知り合いなんすか?」
アイラが助手席に飛び乗りながら言う。
「そりゃこっちのセリフだ。お前はなんで絡んでたんだよ」と返すと、彼女が肩をすくめた。
「いやー、なんか明らかに女の子の様子がおかしかったので。まぁ、助けてあげようかなって思っただけっす」
「…お前、意外といいやつだな」
「今頃気づいたんすか?」
そんな会話も耳に入らないのか、秋野さんは後部座席でぼんやりしてる。
シートに沈み込み、焦点の合わない目で窓の外を見つめている。
ふと、彼女の耳に何かあるのに気づく。ワイヤレスイヤホンだ。
レンタル彼氏とデート中に音楽でも聴いてたのか?
「これ、取っていい?」と聞くが反応なし。
慎重にイヤホンを外すと、低い男の声が漏れてきた。
『おいおい、余計なことしてくれたな、あんた。俺のおもちゃに一体何の用だ?』
こいつが…元カレか?
「…あんたは秋野さんの…元カレか?」
『元?いやいや、俺らは一度も別れてねーぞ?』
「…そんなことはどうでもいい。お前、秋野さんに何をした?」
『何ってことはねーよ?ただ、ちょっと罰を与えただけだ。それで?お前は莉乃葉の何なの?』
「…それをお前に話す意味があるのか? ちなみに金を貸してるのは事実だ。その経緯もなんとなく聞いてる。お前がさせた借金なんだろ? なら、お前に取り立てた方が早いか?」
『…闇金か。面倒な知り合いがいたもんだな。あいつの周りの人間関係全部ぶっ壊したはずだったのに…まだそんな奴がいたのか。それで? 莉乃葉をどうするつもりだ?』
「…それはお前次第だ」
クククと笑い声が響く。
『いいのか?俺を敵に回して。その小さい女の子とバンギャ女子の2人がどうなっても知らねーぞ?』
見られてた…尾行されてたのか?
いや、レンタル彼氏とデートさせてたなら、遠くから監視してた可能性もある。
社長の件もあるし、これ以上面倒に巻き込まれたくない。
でも、あの刑事を頼るのは…弱みを握られるだけだ。
頭の中で考えが渦巻く。
アイラやゆあちゃんを危険に晒すリスク。秋野さんを助けたい気持ち。
その方法…。
今の俺には答えが出せない。
「…分かった。秋野さんはお前に返す。だが、金を貸してる件があるからな。これからも秋野さんのことはこっちで注視してることを忘れるなよ」
『意外とお利口さんなんだな。まぁ、金に関してはレンタル彼女させたり風俗行かせたりで、返済は問題ないと思うぜ?』
「…」
『んだ?闇金のくせにそういうのが嫌いなのか? おいおい、自分の知り合いがそんな目にあったからって被害者ヅラはよくないぜ。まぁ、なんでもいいけどさっさとそいつを返してもらえるか?』
「…あぁ」
イヤホンを握り潰し、プラスチックが砕ける音が車内に響く。
秋野さんには悪いが…これ以上は面倒を見られない。
「ごめん」と小さく呟くと、彼女が微かな力で俺の袖を掴んだ。
震える指先が、精一杯のSOSを訴えている。
反対側の袖をゆあちゃんが握る。
「…助けてあげてほしいです」と静かに言う。
「…分かった」
降ろすのをやめ、秋野さんを乗せたまま車を発進させる。
彼女の携帯が鳴り続け、窓を開けて道端に放り投げた。
ガラスが割れる音が遠くに響く。
◇
家に着くと、ゆあちゃんが秋野さんの手を引いて自分の部屋へ連れて行く。
秋野さんは無言でついていき、ドアが閉まる音が静かに響いた。
「大変なことになっちゃいましたね!先輩!」
アイラがリビングでソファにドカッと座り、足を組む。
「…あぁ…まぁな」と返すと、彼女が立ち上がって近づいてきた。
「先輩の家に預けると、過ちが起こっても困るので、彼女は僕の家で預かるっすね。何かあればすぐに連絡しますのでよろしくです!」
「…いいのか?」
「もちろんっす!僕に任せてください!」
満面の笑みで胸を叩くアイラに、「…悪いな」と呟く。
「いえいえ!しかし、僕には相当貸しが溜まってますからねー!しっかり体で支払ってもらいますよ…?」
ゲヘゲヘと笑いながら肩を揺らす。
その後、秋野さんの生活用品を揃えるため、アイラと二人で買い物に出た。
スーパーの蛍光灯が眩しく、カゴにシャンプーやタオルを放り込む。
ゆあちゃんは家で秋野さんに元気を出させようと色々試してたらしいが、あまり効果はなかったみたいだ。
買い物を終えて家に戻ると、どっと疲れが押し寄せる。
アイラが「夜ご飯は僕が作るっすよ!」と言ってくれたので、甘えて30分ほど仮眠を取ることに。ソファに沈み込み、目を閉じるとすぐに眠りに落ちた。
やや朦朧としながらトイレに行こうと立ち上がり、洗面台のある部屋の扉を開ける。
すると、そこにはタオル一枚を体に巻いた秋野さんが立っていた。
濡れた髪から水滴が落ち、床に小さな染みを作る。
【挿絵】
https://kakuyomu.jp/users/tanakamatao01/news/16818622170406886791
「ご、ごめん!!//」
慌てて扉を閉めようとすると、秋野さんは恥ずかしがる様子もなく、ただ淡々とタオルを握ったまま動いている。
その無反応さが逆に気まずい。
その瞬間、リビングから足音が近づき、アイラとゆあちゃんが顔を覗かせる。
アイラが「何!?先輩!?」と叫び、ゆあちゃんが無言で睨む。
「い、いや、違うんだ!」と弁解するも、二人の視線に説教を喰らう羽目に。
こうして、あの一件と並行してもう一つの問題を抱えることになった。
◇**追記**
【3月8日0:15に第1話を動画公開!動画はこちらのリンクから飛べます】
https://kakuyomu.jp/users/tanakamatao01/news/16818622170651677579
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