第16話 パスワード
あれからしばらくたち、凛花は大学2年生になっていた。大学生活は思った以上に忙しく、勉強やアルバイト、友達との交流など、時間に追われる日々が続いていた。気づけばあっという間に月日は流れ、だんだんと時間に余裕を持つことが少なくなってきた。
しかし、今日からの1週間は何かと特別だった。普段の忙しさから解放され、貴重な連休を迎えていたのだ。久しぶりに何も考えず、自分のペースで過ごせる時間ができた。凛花にとって、こんなに自由に過ごせる時間は何ヶ月ぶりだろうか。
連休初日、凛花はずっと見返したいと思っていたものがあった。それは先生がYouTubeに投稿していた映像作品、BABOの動画だった。あの作品が自分にとってどれほど特別なものだったのか、もう一度その深みを味わいたかった。
そして、先生がこの世を去った今、もう新しい動画が更新されることはないという現実が、さらにその思いを強くさせた。先生の作品が、もう二度と増えることはない。だからこそ、その作品を見返すことが大切で、凛花にとってそれは一つの儀式のように感じられた。
「やっぱり面白いな〜すごく深い。」
凛花はパソコンの前に座り、再びBABOの映像作品に没頭していた。高評価のコメントや考察が並ぶその動画を見ながら、彼女の胸の中に不思議な安心感が広がっていった。BABOの世界観や表現力は、何度見ても飽きることがなかった。自分が高校生の頃に見ていた時とは違う視点で、今ならもっと理解できる部分があるような気がしていた。
先生が生きていた時、彼女はいつも映像を通してその思いを伝えていた。そしてその思いが、凛花にとっても大切なものとなっていた。たとえ先生がもういないとしても、その存在は作品を通して感じ続けられる。
作品をもう一度見返すことで、先生がどこかで生きているような気がした。凛花はその心地よい感覚に浸りながら、動画を次々と再生していった。
「この作品も…」
しばらくは先生が残した世界に引き込まれていた。どの動画も彼女の情熱が詰まっていて、考えや心情が感じ取れる。凛花はその全てを、一つ一つ深く噛みしめるように見ていった。
ふと、凛花は思い出したように"Trivial Thing"の動画を再び見たくなった。彼女にとって、先生の作品は何度でも繰り返し見たくなるような、深い感動を与えてくれるものだった。特に、先生がそのサイトで公開していた作品群は、YouTubeのものよりも一層心に響いていた。YouTubeではどこか制約があったように感じたが、Trivial Thingでは彼女が本当に伝えたかったことが、よりダイレクトに伝わってくる気がしたのだ。
久しぶりにサイトを開くと、いつも通りのシンプルなインターフェイスが目に入った。そこに並ぶ動画は、凛花が見慣れたものばかりだったが、1つだけ妙な点があった。
最後にこのサイトを訪れた時には動画の本数が20本だったはずなのに、今は21本に増えていたのだ。それに気づいた瞬間、凛花は胸がざわつくのを感じた。先生がこの世を去った後、なぜか新しい動画がアップされていた。その動画の投稿日を確認すると、そこに表示されていたのは、彼女命を絶ったその日の日付だった。つまり、この新しい動画が先生の遺作であることを意味していた。
凛花の心臓が速く鼓動し始める。遺作。先生が命を絶つ前に完成させた、最後の作品。先生は最後の瞬間まで何かを伝えたかったのか。それとも、この作品が先生にとっての何かの"結論"だったのか。凛花はそのことが気になって仕方がなかった。
動画のタイトルは『me』。シンプルで、何か意味深な響きがあった。凛花は無意識にその動画をクリックしようとしたが、その瞬間に気づいた。パスワードがかかっていて、動画が再生できないことに。何故だろう。ほかのすべての動画にはパスワードなどかかっていないのに、この1本だけが制限されている。
その理由が凛花にはわからなかった。もしかしたら先生が、誰かに見せたくないような作品を遺したのだろうか。それとも、最後に何かを伝えたかったのか。しかし、誰にも見せないためにパスワードをかける意味は何だろう。
凛花は一瞬その場で動きを止め、画面をじっと見つめた。心の中で先生がこの作品に込めた思いを想像する。彼女が最も伝えたかったことを、最後にこの作品に込めたのかもしれない。
凛花は、どうしてもその動画が見たかった。YouTubeにアップされている作品、Trivial Thingに隔離されている作品、そして遺書という形で残した作品。全ての作品が彼女にとって特別な意味を持っているが、先生の最後のメッセージが込められたその作品が、何よりも気になって仕方がなかった。
そのためには、どうしてもパスワードを解かなければならない。だが、その手がかりとなるものが何か、まだはっきりと分かっていなかった。
ふと、凛花は過去を思い出した。高校時代、彼女はBABOのyoutubeチャンネルで映像作品を見ている最中に、小さなドットが一瞬映ることに気づいたことがあった。最初は偶然だと思っていたが、何度も繰り返し見ていくうちに、そのドットが一貫して同じ位置に現れていることに気づいたのだ。そして、どうしてもその意味を解きたかった凛花は、チャンネルにアップされていた全ての動画をチェックし始めた。
その結果、ドットが映ったすべての動画を抜き出し、やがて1つのQRコードを発見した。そのQRコードが導いた先が、あの"Trivial thing"だった。あの時の興奮と興味が今でも心に残っている。先生が何かを隠し、または誰かに見せたかった秘密を感じ取った瞬間だった。
そして今、彼女はまた新たな謎に立ち向かうことになった。あの時と同じように、BABOのすべての動画をチェックして、隠された手がかりを探し出す。先生が仕掛けたパズルを解くことは、彼女にとって大きな挑戦であり、同時に先生との繋がりを再確認する作業でもある。
絶対に見つけてみせる——
凛花は心の中で決意を固めた。遺作を解放するために、すべての動画をチェックし始める覚悟を決めたのだった。
「BABOの全動画チェック開始!」
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