第2話


 そして、ミユキさんと出会ってから一年。


 あれから、会えばにっこり笑って話してくれる位の仲にはなったけれど、まだ顔見知り程度の関係だった。

 俺は仲良くなろうと偶然を装って会いに行ったり、色々話しかけたりしたけれど、さらっと上辺だけの対応で流されてしまうことが多かった。


 ミユキさんは今年十五で成人し、この前の春の宴で俺以外の奴とフウフとなる事が決まってしまった。

 まあ、ミユキさんが宴で選んだ奴だけど……。


 『春の宴』は一年に一度、村人がおやしろに集まり、成人女性がその年の夫を選ぶ祭だ。

 一応、男性がフウフとなりたい女性にかんむりを渡して、その中から女性が選ぶことになっているけど、たまにヒノメ神様の神託により、フウフの組み合わせが変わることもある。


 俺が二年産まれるのが早ければ、大人になっていれば、ミユキさんは俺を選んでくれていたのかな……。

 何でミユキさん、あんなおっさんと……。

 俺との方が、ずっと歳も近いのに……。


 *  *  *


「おい、ヒロト!」

 とばりの向こうから、声がした。ウタロウさんだ。

「なんで診療所来ないんだよ。寝てんのか?」


 答える間もなくとばりが開き、ウタロウさんが入って来た。

 勝手に入ってくるとか、ほんと止めて欲しい。


「起きてますよ」

 布団からむくりと起きて俺は答えた。

「勝手に開けるとか、止めてくれませんかね」


「お前、そんな格好でよくそんな事言えるよな!」

 高くなった声でウタロウさんが言った。

「タスクさんや兄弟子待たせてんだぞ! 普通見習いってのは師匠より早く来て用意とかするもんなんだ!」

 ウタロウさんは礼儀にうるさい。


「もうササオさんとか、薬草園の手入れに行っちゃったぞ」


「あーはいはい。今行きますよ」

(面倒くせーな)

 俺は重い体を渋々動かし着替え、布団をひっくり返し布団干しの台にかけた。


 ウタロウさんはとばりを下ろし、向こうで待っているようだった。


 顔を洗いに水場まで行きたかったけど流石に怒られそうだったので、軽く目ヤニを落して良しとした。


 ウタロウさんと連れ立って診療所に行くと、タスクさんは薬棚の引き出しを開け、在庫の確認をしているようだった。

 他の治療師見習いはみんな薬草園に行ったのかいなかった。


 タスクさんは普通のミツカイの生成りの綿のシャツとズボンの上に、白衣を着ていた。俺ら見習いはミツカイの普段着として、シャツとズボンの上に黒いケープを羽織っている。


 タスクさんとルタさんは良く似た親子で、二代で治療師をしている。

 でもルタさんは次期モリ候補なのか、診療所で父であるタスクさんと働くよりモリ様に付いて往診に出かけてしまう事の方が多いみたいだ。

 そんな訳で、俺ら見習いはタスクさんから治療について教えてもらう事が多い。


 ウタロウさんがじろりとこっちをにらむので、とりあえず謝っとくことにした。

「遅れてすみませんでした」

 一応頭を下げて言った。


「あー、六時の鐘が聞こえませんでしたか? もう七時ですよ」

 こちらを振り向き、にこやかな顔でタスクさんが言った。

 俺ら見習いは、六時の鐘で診療所に集まるように言われていた。


「はい、熟睡していたようで」


「夜更かしでもしたんですか、良くないですよ。確か今月で三度目でしたよね?」


「……はい、すみません」

 俺は早くこの話が流れる様、申し訳なさそうにうなだれた。

「最近よく眠れなくて」


「では丁度良かった。次遅刻したら今開発中の薬を飲んでもらうっていうのはどうですかねぇ」

 にこにことタスクさんが言った。

「そろそろ人で試してみたかったんですよ」


「……冗談ですよね?」

 ウタロウさんと俺は同時に言っていた。


「本気ですよ? その方が、起きる気になるでしょう? 張りが出ますよ」


「……ちなみに、どんな薬なんですか?」

 俺は恐る恐る訊いてみた。開発中と言うのが怖い。


「飲むとふわふわして、ぐっすり眠れます。まぁそのまま戻ってこられないかもですが……」

 何故か嬉しそうにタスクさんが言った。


「戻ってこれないって……」

 ウタロウさんが不安そうに言った。

 俺もおおいに不安だ!


「眠りが永眠になってしまうかもって事です。まあ大丈夫だと思いますよ、多分」


「すみませんでした、ちゃんと来ます!」


「そうですか? どちらでもいいですよ? むしろ遅れてきてもらえると助かります」

 タスクさんは下がった眉と目尻の優しそうな顔で、さらりと怖い事を言った。


 前に治療師の先輩であるルタさんに、

「モリ様とタスクさん、どちらが怖いですか?」と訊いた時、

「モリ様は厳しいけれど、怖いのは父さんの方ですね」

と言っていたけれど、今何となくその意味が分かった気がした。


「申し訳ありませんでした!」

 俺は腰を直角に曲げて、本気で謝った。


「まあ、今日のところはもういいでしょう。ヒロトは顔を洗って、朝ごはん食べてからまた来なさい」


「いいんですか、タスクさん」

 ウタロウさんが不満そうに言った。


「よだれ跡つけて、腹ペコで雑な仕事をされるよりましです」


「ありがとうございます!」

 俺はそう言うと、ウタロウさんの脇を通り食堂へ向かった。


 ウタロウさんの横を通る時ついニヤッと笑ってしまうとパンチが飛んできたけどするっと避けた。


 ウタロウさんは普段は人の好い兄弟子って感じだけれど、融通が利かず不器用で鈍くさい。

 俺より一年先に見習いをやっているけど、治療の知識と腕は俺とそんなに変わらない。


 食堂に着いたけど、もう誰もいなかった。

 日の出から二時間は経っているから、もう他のミツカイはその日の仕事に取り掛かっているんだろう。


 俺は長机に残されていたお結び二個とミニトマトを急いで食べ、包んであった笹をゴミ箱に捨てた。

 ついでに台所にあったかめから水を汲むと、口の周りを念入りに顔を洗った。

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