眠れぬ夜と可愛い河童の話、あるいは馬と人参の話  〈治療師見習い ヒロト 十三歳〉

こばやし あき

第1話

 面倒くさい。全部面倒くさい。

 生きるのが面倒くさい。

 起きなきゃいけないのが面倒くさい。


 俺は布団の中で、新しい一日が始まってしまった事にうんざりした。


 どーせまた昨日と同じような、どーでもいい一日が続くんだ。


 ミユキさん……なんであんな奴とフウフになっちゃうんだ……。

 そりゃぁ俺はまだ十三でフウフにはなれない歳だけど……。

 でもなんで、ミユキさん。


 俺はミユキさんと初めて会った、去年の春の宴の時の事をぼんやりと思い出した。


 *    *    *


 俺は宴に出すりんごを氷室から出し、運んでいる所だった。ミツカイの仕事だ。

 かごに山盛りになったりんごで視界が悪かった。


 拝殿の脇を抜けると急に左から人影がでて、ぶつかって来た。

「あっ!」

 ぶつかって来た人はそう言うと、勢いよく転んだ。

 りんごが落ち、辺りを転がって行った。


 痛ってーなと思い転んだ人を睨むと、同い年位の女の子だった。


 宴に合わせて着飾った姿は、ヒノメ神様が姿を現したのかと思うくらい美しかった。

 真っ直ぐな長い髪が耳の脇だけくるりと纏められ、柔らかそうな首筋の白さが目に焼き付いた。

 上目でこちらを見る潤んだ黒い瞳がきらり光る。


「ごめんなさい」

 そう言うと、女の子は立ち上がろうとした。俺は自然と手を差し伸べていた。

 女の子は俺の手を握るとゆっくり立ち上がったけれど、途中痛そうに顔を歪めた。


「大丈夫?」どぎまぎしながら俺は口に出していた。


「ちょっと足をひねったみたい」

 女の子は足を引きずりながら、りんごを拾いだした。

 

 俺も慌ててかごを地面に置き、りんごをかごに拾い集めた。


 俺は何か言わなきゃと思ったけど、頭の中が大混乱で何て言ったらいいかさっぱり分からなかった。女の人と話すのは、母様と姉さん以外めったにない事だから。頬が熱い。


 りんごが全部かごの中に納まる頃、俺はようやく言うべきことを探し出した。

「足、診療所で診てもらいましょう。酷くならないように」


「そうだね、ちょっとこれは診てもらった方がいいかも」

 そう言うと女の子は診療所の方に歩き出そうとした。

「ぶつかっちゃって、ごめんね」


「俺でよければ、肩貸します」慌てて言った。


「うーん」

 女の子は小首をかしげ、ひねった方の足を軽くトントンと上下に動かした。

 痛かったのか、眉根が寄った。

 もう一度反対方向に首を傾け、また足をトントンとした。

 やっぱり痛かったのか、顔をしかめた。


「お願いします」

 女の子はぺこりと頭を下げて言った。


「じゃあ、失礼します」

 俺は口の中でもごもご言うと、彼女を脇から支えた。


 なんか軽くて柔らかい!

 変なところに体が当たらない様に注意して、がちがちに緊張して、変に力んでるせいかも知れないけど本当に柔らかく感じる。


「俺、ミツカイのヒロトって言います。君は――」


「私はミユキ。キタノ ミユキ。りんご傷めちゃった上に、肩まで貸してもらっちゃってごめんね。ありがとう」


(ミユキさん、ミユキさん……)

 俺は心の中で何度もつぶやいて、名前を忘れないようにした。


 そのまま診療所まで肩を貸した。

 軽くて柔らかい暖かさに、俺の体温まで上がっていくように感じた。


 ノックをし、診療所の戸を開けるとルタさんが座っていた。

「おやっ」というように細い目を見開いた。


「お願いします」

 俺とミユキさんは同時に言った。


「どうしましたか?」

 穏やかな声でルタさんが言った。


「転んで足首を痛めてしまいました」

 ミユキさんが小さな声で言った。

 ルタさんの前にある椅子にミユキさんを座らせると、俺は脇に立った。


「では診ましょうね~」


 ミユキさんは踝を覆うように結ばれたリボンが付いた靴を脱ぎ、白い靴下も脱いだ。

 ふくらはぎが露になり、そのつるりとした柔らかそうな白い足から何故か目を離せなかった。


 ルタさんは木の台にミユキさんの足を乗せると、足を両手で包んだ。

 まあ包んだというか、普通に診察のために手を添えた。


 ずるい!

 その時急に、怒りにも似た感情と共に思った。

 診察だか何だか知らないけど、ルタさんだけずるい! 俺だって、触ってみたいのに!


 目の前では、ルタさんの「こうすると痛いですか?」とか、ミユさんの「痛いです」「痛くないです」が繰り返されている。


 なんだこれは? 俺への当てつけか? あんなにべたべた足を触りやがって! 気のせいか、ミユキさんのほほが赤くなっている様な気がする。

 乙女の足をあんなに触るなんて、失礼じゃないか!


「骨は大丈夫みたいですね~」

 ルタさんがのんびりした声で言った。


 気付くと、ルタさんはなんか茶色くてべたべたするものをミユキさんの足首に塗り包帯を巻いていた。

 怒りが少し収まって俺は混乱した。

 なんだ?

 何で俺はこんなにルタさんをうらやましく思うんだ?

 なんでミユキさんがこんなに気になるんだ?


「ヒロトは治療に興味がありますか?」


「え!?」

 急にルタさんに声をかけられて驚いた。


「ずっと治療を熱心に見ているから」

 ルタさんが俺の目をのぞき込む様にして言った。

「それとも――」


「はい!」

 俺はルタさんのその先の言葉にかぶせる様に慌てて言った。

「きれいな治療だと思います」

 何だかおかしな事を言ってしまった気がする。


「そうですか、ありがとう」

 何故かルタさんが嬉しそうに呟いた。

「あなたもなってみますか、治療師に? 興味があるならモリ様に推薦しますよ」


 そうだ、治療師になれば俺がミユキさんの足を触って、治す事ができるんだ!


「はい!」

 よく考える前に口から言葉が出ていた。

「よろしくお願いします!」


 ミユキさんが目を丸くして、こちらを見ている。驚いた顔も目がぱっちりして可愛い。


「ではモリ様に伝えておきますね」

 にこにこしながらルタさんが言った。

「いやー良かった。丁度探していたんですよ、治療師見習い。すぐに見つかって良かったです」


 そうして俺は、前の日まで思ってもみなかった治療師見習いとして働くことになった。

 なってしまった。



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