第4話 執事の物語①

 執事は食事中の主に話しかけた。大きな窓から自然光が入って来て、室内にも関わらず眩しいほどである。暗い世間とは大違いだなと思う。

「友則様」

 大きな吹き抜けの下、テーブルで世界一やさしい校長が食事をしていた。食べているのはテレビ番組の楽屋で貰ったというステーキのお弁当だ。山崎ともなれば待遇も別格のようで、ただのステーキ弁当ではなく超高級店のロゴが側面には刻まれている。

「お嬢様のことで相談がございます」

 恭しく執事は頭を下げた。

「美鈴の事はお前に、任せてあるだろ」

 友則は、ステーキを頬張る手を止めない。肉から油がしみ出して、食欲をそそる匂いが部屋を漂っていた。執事は、車でカップラーメンを食べてきて正解だったなと思う。もし空腹であったならば、香ばしいガーリックの匂いに触発されてお腹を鳴らしてしまっていたかもしれない。

「美鈴さんの症状についてです」

 日本一優しい校長はようやく食事の手を止めた。おしぼりに手を伸ばすと丁寧に口回りの汚れを拭きとる。ちらりと執事の方を振り返って、鼻を鳴らした。わざとらしい仕草で、部屋の奥にある時計に目を配らせる。

「そもそも私は、美鈴がアイドルをすることを許可していない」

 豪華な机に似合わない庶民的なマグカップに手を伸ばす。中に入っているのは当然最高級の紅茶である。マグカップだって買おうと思えば良いものが買えるはずなのにそうしないのは、以前番組で視てもらった占い師の助言だった。庶民的なマグカップを使っていると金運がよくなるという話らしい。実際それ以降メディアの仕事が増えたと事あるごとに山崎友則は語っている。そんなマグカップを口に運ぶと山崎は不敵な笑みを浮かべた。

「あいつが勝手にやり出したことだ。私には関係ない。責任はアイドルになることを止めなかったお前にある。お前が何とかしろ」

「申し訳ありません」

 話は終わりだと言わんばかりに顎で出口を示してきた。

 執事が一礼すると世界一優しい校長は最後に一言付け加える。

「くれぐれも私の評判に傷をつけるようなことはするなよ」

「承知しました」

 山崎は食事を再開する。大きな口を開けてステーキを放り込んでいた。そしていつものごとく白米だけが残っていく。それを横目に見ながら執事は部屋を後にした。

 開放感の溢れる玄関ホールに来ると、スマホの待ち受け画面を眺める。そこには公園で遊ぶ一人の少年が映っていた。名前は山下春くん。十年ほど前、隣町の第三公園という何の変哲もない公園で撮られた写真である。春君は、無邪気な可愛らしい目をしていた。彼との事を思い出すと、自然と拳に力が入ってしまう。もうあんなことを経験したくはなかった。どうして子供たちは親を選ぶことが出来ないのか。そんな事を考えながら執事は山崎邸を後にした。

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