第9話★聖女様は私の顔をしている

《そう、あれがよ》




 風になびく銀色の髪。

 太陽の光を受けて七色に光る虹彩は神々しく、歩いた軌跡には花が咲きそうなほど華やか。白くすき通った肌に、透明感のあるプレシャスオパールの瞳。

 神々しいその姿を目の当たりにし、ベアトリーチェは追い詰められた悪女さながらに、口元をヒクつかせた。




 あれは、まるで―――大聖女わたくしの生き写しではないか。



 唯一、前世の私と異なる点といえば、纏う聖衣が若干豪華すぎることぐらいだろうか。


 前世で自分がよく着ていたのは、白のワンピースタイプのドレス。しかも、必ず上から神官プリーストたちと同じ厚手の聖衣を羽織り、体型がわからないようにしていた。対して、目の前にいる聖女は、純白の華やかなドレスにウエストがきゅっとしまっていて、豊満な胸から腰にかけてのラインが美しい。加えて、銀細工で作られた頭飾りなど、宝飾品も多数つけており、聖女というよりどこかの姫のよう――。




「お忙しい中、わざわざ神殿までご足労ありがとうございます」




 隣を見て、にこりとほほ笑む横顔。

 声までも前世の私とそのまま同じで、鏡を見ているかのような錯覚に陥る――だからだろうか。



 聖女と共に、神殿から出てきた1に気づくのが遅れた。




、同じ時を過ごせたことに感謝いたします」


「――ん?」




 帝国の太陽である《皇帝陛下》と?





『―――ガァアアア!!!』




 その意味を脳が理解するよりも前に、目の前に突如現れた大型の獣。その獣は地を轟かすような唸り声をあげ、立ちすくむベアトリーチェに牙をむいて襲い掛かってきた。


 体長3メートルはある大型の獣。黒曜石のような輝きをもつ黒毛に金の斑紋の黒豹ジャガー

 山羊のような金の角。こちらをギロリと睨みつける黄金の瞳。威嚇するようにばさりと広げられた太陽の光を纏った翼――帝国の王たる《カドミウム家》を守護する《神獣・テオスカトリ》。


 その神獣が突如現れたかと思うと、一目散にベアトリーチェへと襲い掛かる。その凄まじい覇気と風圧で、ベアトリーチェの顔を隠していた帽子が突風にあおられたかのように宙を舞い、長く美しい紅髪が露になる。

 


 大きく開かれた口の中で光る牙が、ベアトリーチェの頭部をかみ砕こうとした瞬間。





「テオ、





 ――ピタ、と目と鼻の先で神獣が停止する。

 腹に響くような低音の声。その声は静かに「下がれ」と、神獣に命じた。


 すると、神獣は呼吸もできずに固まるベアトリーチェを黄金の瞳でじろりと見据え――分厚く、刺々しい舌でなぜかべろりと、彼女の白く細い首筋を舐め上げた。あまりの事に、ベアトリーチェが目を見開いて硬直していると、今度は負傷した右手をクンクンと匂い、こちらにもべろりと美味しそうにひとなめしてから、光の粒子とともに消えた。





「…………っ、……」



 ど、どういうこと?

 何が、起きたの?


 ドクドクと、身体を揺らすように昂る心臓が音が治まらない。加速する血流とは裏腹に、背中に氷の刃を突き付けられたかのように身が凍り付くような想いだ。

 

 ベアトリーチェの知識として、いまのアレが《神獣テオスカトリ》だということは理解できた。


 しかし、神聖力を持たないベアトリーチェが今まで神獣なんてものを目にした機会はなく、また前世の自分が過ごした世界線では、魔獣はいても神獣という存在はおらず、直接触れあった経験がなかった。

 

 天界にいた時も、聖獣や神獣は便利だからと基本人型の姿で過ごしていた――つまり、前世の聖女としても、ベアトリーチェとしても、神獣との邂逅かいこうは完全に初めまして、であり、その初めましてで敵意を向けられたという点に、凄まじい衝撃を感じていたのだ。

  


 ベアトリーチェの気高すぎるプライドがなければ、その場に崩れ落ちて、膝をついてもおかしくないほどの威圧。全身がビリビリと震えて、今にも足が萎えそうになるのを気合だけで立っていた。

 これが――これも、悪女補正だというの? 




「まぁ。誰かと思えば、ベアトリーチェ・スカーレット公爵令嬢ではございませんか?」



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