第4話★プロ聖女たるもの

《ちょっとビビられたくらいであきらめないでよぉ!》




 背後から聞きなれた声が聞こえて振り返る。

 すると、背後ではなく足元――自身の影に、見慣れた肉厚な唇がついていた。




《それでも世界を救ったプロ聖女なワケ?》


「――この悪趣味色のルージュ、もしや神様……?」


《悪趣味を撤回しなさい、小娘ェ……》


「神よ、一体これはどういうことです」


《相変わらず会話スキップしがちな元大聖女サマねぇ》



 さっさと本題に入るの、ホント情緒がないわ、と神が不服そうに唇をツンととがらせる。

 踏もうと思えば踏める位置だが、さすがにそれはかわいそうだし神への冒涜だわと、躊躇していると「その思考がすでに冒涜」と怒られた。思考を読まれていたようだ。



「神よ、お遊びはほどほどにされて……この令嬢はどうされたのです?」

《この令嬢も何も、それがよ》



 肉感的に動く唇にはっきりと断言されて、思わず息をのむ。



《まぁ、生まれてから現在いままで、生前の意識を目覚めさせないまま時を早めたのはあるけどねぇ》



 大聖女の意識があるまま赤子から転生させてたら、この世界で何されるかわかったもんじゃないからね、と言われた元大聖女――ベアトリーチェは、自身の胸に手を当てて考えた。


 すると、確かにこの体の主である《ベアトリーチェ》としての記憶があるではないか。




 ベアトリーチェ・スカーレット。

 スカーレット家の長女であり、一人娘。

 そして、またの名を《血濡れのスカーレットブラッディー・スカーレット》。



 ベアトリーチェの住むこの国は、《スペクトル帝国》。


 この世界で最も強大な武力を持ち、豊かな土地に恵まれ、諸外国との貿易も盛んな栄えある帝国。自分が大聖女として過ごした世界線とはまた《異なる時系列の世界》のようだ。

 


 スペクトル帝国の頂点に立つ皇家は、有翼に金の角と斑紋を持つ黒豹テオスカトリを紋章にする《帝国の太陽》カドミウム。



 その皇帝を支える、三大公爵家。



 蒼馬エクウスの紋章であり《帝国の騎士》アジュール公爵家。

 翠亀バシクラディアの紋章であり《帝国の医療》ハーレクイン公爵家。


 そして、紅の不死鳥フェニックスの紋章であり《帝国の頭脳》とよばれるスカーレット公爵家なのだ。




 帝国の頭脳の名にふさわしく、父はこの国の宰相をしている。




 幼い頃、事故で母と乳母を同時に亡くして以降。愛情を金で確かめるかのように宝石や装飾品を求めるようになり、甘やかされ続けた結果。貴族主義の歪んだ思考回路で傲慢に振舞いだしたベアトリーチェをとがめる者はだれ一人おらず。

 若干18歳で《帝国最悪の悪女ブラッディー・スカーレット》と言われるまでになってしまっていた。

 




「なんと素晴らしい経歴をお持ちで……」


《そうでしょう? ちなみに、アンタは【悪女補正】で笑うだけで人々が【命の危険】を感じて恐怖にひれ伏すようにしているわ、どう?! アツくない?!》


「なんです? その【悪女補正】というのは」


《だって、元大聖女様ってだけでぬるゲーになったら面白くないじゃない。恋愛ゲームは山あり谷あり紆余曲折だからこそ面白いんでしょう? 大体、この国にはもう聖女サマはいるわけだし》


「………神様、あのですね」



 さすがのわたくしもちょっと怒りますよ、と言葉をつづけようとした時だ。



「………?」


《そう》


「こちらの世界に?」


《そうそう、だから大聖女アンタの出番はないのよ》




 これで《悪女》に集中して恋愛できるわね!!! 

 興奮からか鼻息荒い神様をよそに、じっと考え込むベアトリーチェ。





「――つまり、聖女による、という事ですか?」



《まぁね。ちなみに、悪女であるアンタに神聖力は欠片もないけど《似たような力》は使えるわけよ。今回はそこがポイントね。上手くその力を使って、周囲の男の関心を奪ってイベントフラグを――》



「……なるほど、この世界にも魔獣はいるようですね。瘴気が滞り、浄化されていない場所も多くあるようです」



《話聞いてくれる? 今そういう話してないのよ。悪女のステータスと恋愛フラグの話してるの》



「ベアトリーチェさんは神殿や浄化に興味がなかったようですね、瘴気の情報が少ないですわ」



《悪女は瘴気なんか気にしないでしょ、聖女じゃないんだから。男の事だけ考えてなさいよ!》



 もっと集中しなさい!! 恋愛に!! と足元で唾を飛ばしながら叫ぶ神を尻目に、ベアトリーチェは必死に考えた。

 


「まずはこちらの聖女様にお会いしなくては」

《なんで?》

「神殿にも行くべきです」



 ベアトリーチェはマスカット色の瞳をキラキラと宝石のように輝かせながら窓越しに広がる青空を見た。

 美しく懐かしい空。眩しい太陽。

 天寿を全うしてからというもの、常に上から見下ろしていた雄大な景色が広がる世界。



「この世界に《神聖力》を使える高位神官が何人いるのか、数と配置を把握しなくては。瘴気や魔獣発生時の対処法もわたくしの生きた時代とどのように異なるのか、改善すべき点はあるのか――気になります」


《妙だな……ベアトリーチェ嬢の頭の中には、適齢期の男の名前と顔と財力、社交界の令嬢のスキャンダルと罵詈雑言のレパートリー、トレンドのドレスのデザインと流行色の情報しか入っていないはずなのに……》



「わかりました」

《なにが?》



 悪いけど、アタシにゃさっぱり何もわからないわ。

 偉大なる神が震え声で答える中、悪女顔のベアトリーチェは燃える様な紅髪をなびかせながら、拳を天に掲げた。



 その姿はまさしく、天下を手中に収めんとする悪女そのもの。




「わたくしも、元大聖女――プロ聖女たるもの、微力ながら、この世界の浄化に努めさせていただきますわ!」



《いや、違う――ッ!! 《恋》をしてほしいのよ――!!》




 プロ聖女を自称する、元大聖女。

 見た目をどんなに悪女にしようと、生涯を浄化に捧げた【聖女一筋・浄化オタク】の爆発力を甘く見すぎていた、とその時初めて神は気づいたのだ。




 そうして、新生ベアトリーチェ・スカーレットの恋物語は波乱のうちに幕を開けたのだった。


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