17 かんぬき 【陸斗】
「部屋取ってたんだ」
エレベーターホールで僕は無感情に聞いた。
「うん、なんか取ってもらってた」
取ってもらってた! はー。誰にだよ。……と言いたかったけれど、大人気ないから黙ってた。
エレベーターはかなり上まで行った。案内された部屋は高めだった。一番高いわけじゃないけど、ベッドルームとリビングがあるからすぐにわかった。さっき預けていたスーツケースがすでに部屋に並んでいた。
「一番高い部屋は取れなかったと言われたんだけど、そういうのって……違いがよくわかんないな。陸斗ならわかるかもしれないけど」
ヒカルは僕に何を言っているのかわかっているのか? 新しい男でもできたのか? 僕の心に疑念が湧いた。
「いつ帰ってきたの」
「さっき。着いてまっすぐ来た」
着いたその足で来たのか。それにしても身なりがきちんとしすぎている。だってモデル並みだぞ!
「服や髪を整えてるから……」
「飛行機でやってくれた。デザイナーのエドワードって人がいて、プライベートジェットでちょうど日本に行くところで、ついでに乗せてくれた。だから寝かせてもらったし、服ももらって、同行しているスタッフが綺麗にしてくれた」
何だよ、その男。有名じゃん。
「知ってる。エドワード・フリアン。デザイナーっていうか、そのスーツのブランドのエグゼクティブプロデューサーやってるよね。ヒカル、全身そこの着てんじゃん。めちゃくちゃ高いよ。何なの、パトロン?」
「いや、違くて。確かにパトロンのようなことはしてくれているけど、違う。最初は付き合ってほしいって言われたけど、ちゃんと断ってる。そういう関係のものは一切受けていない」
受けてないって……それが当たり前だし常識だろ。高校生の時とは違うだろ。
「ヒカルは本当に何もわかってない。絵以外は相変わらず全て無頓着だね。全然変わってない。そりゃ十年の時も止まってるはずだよな」
「陸斗、ごめんなさい」
「マジで何なんだよ。この部屋も、服もヘアメイクも! 嫉妬なんかしたくないのに! 僕、本当にこんなやきもち焼いてばかりの自分が嫌だよ!」
あぁ、だめだ泣くな。悔しい。こんなに不条理で身勝手なのに、僕はヒカルのことが好きだった。
「陸斗、謝る言葉もないよ」
「僕はずっと、会いたかった。君はどうだか知らないけど、僕はずっと、ずっと会いたくて、心配していた!」
僕は責め立てる自分にも嫌気がさしていた。好きなのに、攻撃するようなことを言いたくなかった。
「陸斗、俺も会いたかったんだよ」
「何で音信不通になった? 敬親さんたちまで……」
「それは……」
ヒカルが言いにくそうにした。新しい彼氏ができたとか、誰かに付き合ってと言われたから、とか、絵に打ち込みたかったとか……僕は色々な理由を想像した。
「敬親さんたちが帰国した後、一人でイギリスに残ってエージェント契約とかしてバタバタしていたら、スマホをなくした」
「……なくした? 紛失した、の失くした?」
驚きすぎて、確認してしまった。
「うん。それで一才の連絡や何もかもがなくなった。元々写真も撮らないし、電話とメッセージにしか使ってなかったんだけど……おかげで父さんの家の住所しかわからなくなった。ロンドンで住んでた家には、ネットワークや電話をひいてなくて、テレビもなかった。エージェントでパソコンとか使わせてもらえたけど……マネージメントやってくれてる人も色々調べるよって言ってくれたけど……俺がどうしたらいいかわからなくて、そういう手段を講じなかったのがよくなかった。アンリの服屋のショップに行って『友達だ』って言ったら、『時々そういうこと言ってくる人いる』ってあしらわれたり、なんかうまくいかなかった。手続きがあったから一度帰国したことがあって、その時にアトリエにも寄ったけど、敬親さんはちょうどアントワープだし誰もいなくて。陸斗の家は知らなくて……。仕事があったから長居できなくて」
僕は、ヒカルに背を向けた。なんてことだ。音信不通の理由がそんな簡単なことだったなんて。調べようとしたらすぐにできるし、早めにわかることだと思ったが、この人にその辺のことを言っても無理だと思った。例えば事務所でパソコン借りるか、スタッフに頼むなりして敬親さんの工房を調べるとか、普通ならすぐに思いつきそうだけど、ヒカルは本当にそこに気付いてないのだ。おそらく慌てただろうし、ヒカルにとってはこの世の終わりに思えただろう。でもきっとそうだとなったら、この人はその環境で何とか生きていく努力をすると思った。その結果が作品作りだったのか。
「そんなことで十年近くを……。まあ……でも、そんなことを君に言っても、君は時間の感覚が少し違うから。でも、何か手立てを思いついてほしかったよ」
「ごめん」
これまでの怒りや寂しさ、不安が薄れていくのが分かった。こうして会えたんだ。さっきも抱きしめてくれた。無意識に肯定的にとらえようとしている自分がいた。
僕はヒカルに向き合おうと思って、振り向いた。――いない!
よく見ると、寝室のベットにそのままダイブしてぶっ倒れていた。
「ヒカル! おい、大丈夫?」
「ちょっとしんどい……」
「え? 眠いの?」
ヒカルは突っ伏したまま眠った。――え、時差ボケ? 寝かしてもらったと言っていたけど、それはなるよな、と思った。
一人分の広いベッドだったので、寝ているヒカルの隣に腰を掛けて、寝顔を眺めた。
かっこいいな、ほんとに。モデルみたいじゃん。こんな画家いる? ――僕は指でヒカルの前髪に触れた。
「ん……陸斗」
「ごめん、起こした? 寝言? 起きてるの? シャワー浴びたら?」
「ごめん……ちょっと体がしんどくて。シャワーは飛行機で浴びた」
シャワー付きのプライベートジェットか……さすがエドワード・フリアンだ。僕の家も大きいけど、僕はそれで渡航したことがない。ため息が出た。
ヒカルの「しんどい」は、旅の疲れかもしれないし、音信不通になって手立てが思いつかないまま、長い歳月を一人で生きてきた疲れが解き放たれたからかもしれない。さっきまで責め立てていたのに、僕は手のひらを返してヒカルを思いやっていた。
「陸斗……綺麗になった……ね」
「何言ってんの!」
いや、マジで何言ってるんだ! 心拍数上がったじゃんか! 普通にサラっとそんなこと言うかよ。ジゴロみが増してない?
僕は少し呆れもあって、ベッドから降りようとしたが、僕の腕をヒカルがつかんだ。
「陸斗……起きるまで……一緒にいて」
はぁ? ドキドキとかするわけ……ないと思ったけど、眠りにつくヒカルの目から涙が流れていたので、僕はそっと手で拭って突っ伏したままのヒカルの頬にキスをした。そのままヒカルは眠ってしまった。
そこからは何をどうしても起きなかったので、靴や靴下、ジャケットやシャツを脱がして、布団をかけてあげた。――帰れるわけないじゃん。
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