16 舞踏会の晩餐:【陸斗】

 アイスクリームシリーズは残りがどこにも見当たらなかった。もしかしたらこれで終了なのかも。全て集まったのか?

 日が経つにつれ、ヒカルが近々帰国するという噂もリアリティを失った。

 ため息をつきながら、タクシーの窓から外を眺めた。煌びやかなイルミネーションは、年末からバレンタインまで続くところが多い。ヒカルがいなくなってからのバレンタインは何度目だろう。

 ……いや、待って、バレンタインなんて考えたこともなかった! 二人でいた高校三年のバレンタインもお互い受験だった。クリスマスも何もしていないし! ヒカルの性格なら「イベントって何」なんてことは全然あり得る。自分の好きなこと以外は遮断してるもんな。てか、誕生日も何もやってなくないか? 確かに、僕も誕生日アピールなんてしなかった。いやいやいや、よく思い出すと、イベントのどれもこれも、セックスしてただけじゃないか。うわ……。僕って思い出が全部猥雑だ。マジで不埒だ。ヒカルはそんな僕を本当に良しとしてくれていたのか? なんだか、恥ずかしくなってきた。

 秘書に案内されて、ホテルの広いパーティールームに向かった。明日からワールドアートバザールが東京で開催されるので、今日はその前日レセプションパーティだ。日本のアーティストや工芸家はもちろん、海外のキュレーターやコレクターも集まる。僕も比留間芸術財団の理事として呼ばれていた。

 立食形式の向こうではDJがエレクトロミュージックをかけていて、客がリズムに身を任せていた。ガヤガヤとしたフロアではそれぞれが交流を持ち、ご挨拶三昧だ。秘書が敬親さんとアンリを見つけてくれた。こういう場でガツガツ社交性をばら撒くことができなくて、こうやって仲良い人と飲み食いしてしまう。もっと社交的にしなさいと、父にも指摘されている部分だ。

「けっこう派手なレセプションだよね」

 敬親さんもアンリもおしゃれして来てる。本当に素敵なカップルだよな。いいな。僕もこんなふうにヒカルを連れて歩きたかった

 広いテラスがあって、寒いと言いながらも外の方が空気が良くて、三人でテラスに出た。

「本当に思うようにはいかないよね」……などと、最近の財団事情なんかを愚痴ったりしていた。すると、周りの客がザワザワし出したことに気付いた。女性客が何人か、ドレスにピンヒールなのに小走りで屋内の方に向かった。

 僕は新しいデザートが運ばれて来たくらいにしか思わなかったけれど、少ししたら敬親さんが気付いた。

「陸斗! まさかの! ヒカルだよ! ヒカルが現れた! 誰かがそう言ってる!」

「え……」

 僕はあまりのことに何のことかわからなかった。敬親さんとアンリと共にパーティ会場から出てロビーを恐る恐る覗くと、ホテルスタッフにデカいスーツケースを二個預けている人がいた。その人は黒いスーツで細身で背が高く、少しパーマがかかっているのか髪がウェービーで、襟足が少し長め。ヒカルが大好きな「ジョニー・サンダース」のようだ。着ているスーツはとあるハイブランドのめちゃくちゃカッコいいやつ。切れ長の目にシャープな顎。まるでモデルのようで一際目を引いた。その美男子は、アーティストのフワヒカル。僕の恋人の府玻ヒカルその人だった。

 遠巻きにギャラリーがザワザワしている。それもそうだ。日本ではほとんど見られないからだ。

 ほ、本物だ……なんてまるでアイドルに言うみたいなことを思ってしまった。だってそこには十年待ち焦がれた姿があったからだ。僕は「カッコいい……なんてかっこいいんだ」と見惚れたが、いけないと我に返った。まずは怒るべきだろう。

 クロークの対応がおわり、体ごとこちら会場の方に向く。僕は思わず身を隠そうとした。――なぜ! あんなに焦がれていた相手だぞ!

 ヒカルはキョロキョロと探している様子だったが、女子の集団が駆け寄り話し始めたので、僕はイライラして背を向けた。――ところが。

「陸斗……!」

 なんということだ、見つかってしまった。僕が振り向くと、まるで瞬間移動でもしたかのように目の前にヒカルがいた。

「陸斗、ごめん、俺……」

 ヒカルが何かを話してくれそうだったのに、僕はヒカルの胸ぐらを掴みかかってしまった。激昂する感情のコントロールが全くきかなかった。

「何なんだよ! 何してたんだよ!」

 僕の怒りに敬親さんが慌てて駆け寄ってきた。

「陸斗やめろ、ここでやるな。ヒカルにも何か理由があったんだよ」

 敬親さんが僕に言い聞かせるのを振りほどき、掴んだ胸ぐらを引っ張った。周りがかなり引いているのがわかる。でも僕は怒りが止まらなかった。

「ああ、聞いてやるよ! どんな言い訳をするんだ! 本当に……こんな悔しくて悲しいことってあるのか? 十年だぞ! 十年間、僕が毎日どんな思いでいたか……ヒカルにはわからないだろ!」

 僕は捲し立てるように怒鳴ると、ヒカルは力いっぱい抱きしめてきた。強く、きつくて僕は苦しかった。

「陸斗、ごめん……本当にごめん……」

 僕は離して欲しくてもがいたけれど、逆にヒカルの抱きしめてくる力が強まった。

「話したい。二人だけで話したい。俺のせいだ。俺には、陸斗のどんな苦しみをも受け止める責任がある」

 僕の髪にぽたりと水滴が落ちたのが感じられた。泣いてるの?

「俺はずっとお前のことを愛してる。今も変わらない。部屋で二人で話そう」

「……わかった」

 愛してるなんて言われてなお喚くことはできない。僕の了承に、ヒカルはやっと腕を緩めてくれた。顔をみると、やはり泣いていた。

 部屋って……。ヒカルはこのホテルに部屋をとっていたのか。

 部屋に向かう時も、ヒカルと少し距離を取って歩いた。敬親さんはその距離感を見て「どうか元に戻ってくれ」と願っていたそうだ。

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