14 『フワヒカルFUWAHIKARU』:【陸斗】

 フワヒカル。その名前を検索すれば数々の作品画像がヒットした。

 僕は何年も彼を探している。連絡が取れなくなって、僕はまず自分の行いを振り返った。僕の何かが原因で嫌になったとか、ああすれば良かったのかこうすれば良かったのかと、はっきりしない後悔だけが増えていく。

 でも、そういうわけではなさそうなことがわかった。敬親さんやメンバーにも聞いたが、誰もヒカルと連絡がついていなかったからだ。みんなも心配していた。それは嘘ではなかったので、何か事情があるのだろうと思った。

 彼はSNSもやっていない。確かに昔からアナログな人だった。メモは全部手書きのメモ帳だし、写真もほとんど撮らない。スマホはメッセージでのみ使っていたのを思い出す。

 生きてはいる。というのも、ギャラリーで個展を開催したり、メディアにもたまに出ているからだ。そういうことで顔を見ることもできる。全然変わっていなくて……それ以上に「美男」に磨きがかかっていて、心配になるほどだった。世間にも同性愛者だと公言しており、僕のことだと明らかにわかる話をしていたりして……恋人だと言っていた。

 ……って! もう十年経ってんだよ!

 連絡取れてないのに? この人、時が止まってんじゃないか? ――ウェブの取材記事に向かって僕は怒りをあらわにした。

 そして、ヒカルが遠い存在に思えた。手を伸ばしてもどんどん離れていくばかりで、遠すぎて姿すら見えなくなる。

 作品は販売されているが、個人でやっているわけではなかった。もう少し調べているとエージェントらしきところがあって、念のため僕は同級生だとメッセージをしたが、まぁ……反応はない。そんなことで簡単に繋げるものではないことはわかっている。

 たまには日本に帰ってきてるのだろうか。僕はもう独立していて実家にはいないし、出会える気がしなくなってきた。そもそも僕の実家にヒカルを連れて行ったことがなかった。家族に紹介した時も、食事に行ったので家ではなかったし。

 この会えない期間、勉強を重ねて学芸員の資格を取った。大学を卒業してからは家とは関係のない文化施設で勤務した後、比留間芸術財団に入って、今や若き理事に就任した。

 ――だからといって好き勝手作品を買えるわけがないので、プライベートでヒカルの作品を集めている。そうすればヒカルが気づいてくれるかもしれないと思ったからだ。

 集めている作品を眺めながら、どれだけ探してもヒカルにたどり着けない寂しさと虚無感が襲う。客観的に見て、我ながら悲しい人だと自分を思っていた。

「陸斗!」

「敬親さん! 良かった、会えたねー!」

「俺もさっき着いたところで。まさに陸斗に到着連絡をしようとしてた」

 東京でのファッションウィークで、アンリがアントワープのデザイナーとして開幕式でショーをする。敬親さんは今回、完全にゲストとして観に来ていた。ユニットメンバーの咲子さんが、今回のアンリのショーの装飾を担当していた。

「咲子さんの装飾も楽しみ」

「そう! 咲子に昨日言われたんだけど、オメデタらしくて。生まれたらしばらく引退って言ってた」

「マジか! おめでたいのに寂しい」

「あとさ、陸斗は調べたの? ヒカルの水彩の連作。最近はやってないらしくてあんまり情報がないんだけど」

「え?」

 僕は連作の存在を知らなかった。連作……同じ画題をシリーズとして描いているという。例えばゴッホのひまわりとか、モネの睡蓮とか……そんなイメージだ。

「アイスクリームを描いてんの。アイスだけで人とか描いてない。俺も最近知ったんだよ。ギャラリーとかには収蔵されていない。ほんと簡単な水彩だよ。検索してもどんなものなのかほとんど出てこない。まだここまで活躍する以前に描いてたポスターの原画みたいなんだよね。それがこの前イギリスの画廊に出たようだよ。ちょっと問い合わせてみたら、何枚かの連作らしい。画廊の連絡先を送るね」

「ありがとう! 恩に着るよ」

「比留間の御曹司がまた買い占めに走るぞ」

「買い占めるよ! しかも、物凄い速さで買い占める」

「これ、アレでしょ? 陸斗がアイス好きでよく食べてたからでしょ、きっと。ほら、うちのアトリエ来るたびにあのアイス屋さんの食べてたじゃん」

「うん。この絵の意味が僕だという自信がある」

「だよね。だってさ、よくメディアでも陸斗のこと話してるだろ? まだ全然好きなんだよ、陸斗のことが。ていうか、まだヒカルは現在進行形なんだよ」

「タイムラグが異常だけど。時間の感覚無いんだね。僕は必死で手立てを探してるのに」

「その画廊に少し聞いたんだけどさ、フワヒカルと仕事したことがあるんだって。なんでも、モバイルを持っていないんだそうだ。……本当にあの子は何してんだろうな」

「は? この現代社会において、スマホ持ってないのか! 連絡とかどうしてるんだ」

「個人に連絡することはまずないそう。エージェントっていうのか、こっちでいうところの所属事務所があって、ヒカルはその世話になっている。事務所にまず連絡というやりかたらしい。エージェントはけっこう大きいところだったよ」

 アナログな人だなとは思っていたけど、まさか海外でもそうとは……恐れ入った。それは会えるわけがない。もしかして、もう一生ヒカルに会えないのかもしれない。そう考えるたび、胸の奥が締め付けられる。これ以上、彼がどこか遠くへ行ってしまうことを想像するのが怖い。……それを考えるのはやめよう。

 ショーの最中、アンリには悪いけどアイスクリームの連作が気になって仕方なかった。

 その後、かなり調べ尽くしたら連作は十作程度だった。――余裕だ! チョロいぞ! 世界中から僕が全部買ってやる! 買い占めだ!

 敬親さんに紹介されたギャラリーと話をつけ、持っている三作全てを購入することができた。もしコンタクトが取れるなら、僕のことを言っておくように伝えた。

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