第18話 セプテントリオの塔

 最初は、宙に散る細かな光の粒だった。それらは瞬く間に集まり、秩序を持ったかのように整然と並び始める。


「え……何?」 


 エリゼは反射的に空を仰いだ。

 浮かび上がった文字は静かに揺らめきながら、やがて明瞭な言葉へと変化していった。


 ――――セプテントリオの塔の試練について――――


 その一文がはっきりと視界に映った瞬間、エリゼの頭の奥深くに奇妙な感覚が広がった。

 

 目で文字を追っているだけのはずなのに、その意味が脳に直接刻み込まれていく――


 まるで、記憶の奥底に焼き付けられるかのような強烈な感覚。

 単なる情報の理解ではなく、思考に浸透し、意識そのものに流れ込んでくるようだった。


 「な、何これ……?」


 眉をひそめ、周囲を見渡すと、ラグナ、ミレイア、リュシオンもまた同じように顔をこわばらせていた。彼らもまた、この不可思議な現象を感じ取っているようだ。


 文字列は、さらに続く。


 ――――セプテントリオの塔とは、神『ルキアス』が人類に与えた試練である。この試練を乗り越えた者は天界へ迎え入れられる。かつて、この塔に挑めるのは闘技場で三連覇を果たした者に限られていたが、今やすべての人間に挑戦権が与えられる――――


 さらに、詳細なルールが展開されていく。


 ――セプテントリオの塔に挑戦する者へ――

 ● 塔への挑戦権は、人間一人につき一度のみ。

 ● 最大四人までのチームで挑戦可能。塔の内部でメンバーの組み換えは許可される。

 ● 各階層をクリアするごとに報酬が与えられる。ただし、失敗した場合は、その階層に応じた代償を支払わなければならない。

 ● 各階層をクリアするごとに、次の階層へ進むか、塔を離れるかの選択ができる。塔を離れた場合、挑戦を開始した時点の人間界へ戻される。


 ――各階層の報酬と代償は以下の通りとする――

 ● 第一層:『1000万ガルド』(人間界で一生不自由なく暮らせる額)

 ● 第二層:『願い石』 ×4

 ● 第三層:『ラーの手鏡』 ×最大4

 ● 第四層:『光の羽衣』 ×3

 ● 第五層:?

 ● 第六層:?

 ● 第七層:?


 やがて、すべての文字が示されると、一瞬の静寂が訪れた。


 そして――黄金の光はゆっくりと薄れ、やがて何事もなかったかのように掻き消えていく。

 

 だが、目にした内容は、まるで脳の奥に刻印されたかのように焼き付き、決して消え去ることはなかった。


 「諸君らの健闘を祈る」


 ルキアスの声が響き渡り、その瞬間、重く垂れ込めていた暗雲が瞬く間に晴れていった。

 

 視界に広がるのは、何事もなかったかのように穏やかな青空――だが、エリゼたちの心には未だ強烈な余韻が残っていた。


 ――呆然と立ち尽くす四人。

 沈黙を破ったのは、リュシオンだった。


 「……竜神様、今のこと、知っていたんですか?」


 彼の問いに、竜神はゆっくりと頷いた。


 「ルキアスの存在、そして闘技場の三連覇がセプテントリオの塔へ挑む条件であることは、わしも知っておった。しかし――」


 竜神は少し間を置き、静かに続ける。


 「あの塔に、もともとルールなど存在しなかった」


 「え……?」


 エリゼたちは息をのむ。


 「かつてセプテントリオの塔は、限られた者のみが試される場所だった。だから、細かい報酬などはなかったのじゃ。だが今、その挑戦権が万人に解放された。おそらく、それに合わせてルールが作られたのじゃろう」


 ラグナが眉をひそめる。

 

 「じゃあ、ルキアスが新しく決めたってことなのか?」


 竜神は深く頷き、ゆっくりと目を閉じた。


 「まあ、ルキアスが主導して皆で決めたんじゃろうな……」


 その言葉に、エリゼははっと息をのんだ。

 ――母の言葉。


 「(塔の一番上で待っている)」


 昨夜、夢の中で聞いたあの声が、脳裏に鮮やかに蘇る。


 ――エリゼの中で、全てが繋がった。


 母は、この塔の頂上にいる。


 それを確信した瞬間、彼女の心は決まった。


「……行く。」


 エリゼの声は、迷いのない力強さを帯びていた。


「私はセプテントリオの塔に挑む。お母さんが、あそこの頂上で待っている――きっと!」


 その宣言に、ラグナ、ミレイア、リュシオンの三人は驚いたように彼女を見つめた。


「……今すぐ?」

 

 リュシオンが眉をひそめる。

 

「塔があった場所までは、ここから徒歩で三時間。行けない距離じゃないけど、今日神器を授かったばかりだし……。それに、塔のルールでは、失敗すれば階層に応じた代償を支払わなきゃならない。もう少し、他の挑戦者の様子を見てからでも遅くはないんじゃないかな?」


 慎重なリュシオンの提案だったが、エリゼは迷わず首を横に振った。


「待っていられない。今すぐに、行く。」


 その真剣な眼差しに、ミレイアがじっとエリゼを見つめる。


「本気なのね……?」


「うん。ここに来るまでにも話したけど、今朝の夢でお母さんに言われたの。『塔の一番上で待っている』って。偶然なんかじゃない、絶対に。」


 揺るがない決意を前に、三人は視線を交わした。しばしの沈黙の後、ミレイアがリュシオンへと向き直る。


「リュシオン、確かに他の挑戦者の状況を整理してからの方がいいかもしれない。でも、塔のルールでは、失敗するか、次の階層への挑戦を諦めた場合、挑戦前の人間界に戻されるとあったわよね。もしそうなら、塔の中の様子を聞き出すことは難しいんじゃない?」


 リュシオンは顎に手を当て、考え込む。

 ミレイアはさらに続けた。


「それに、セプテントリオの塔がいつまで挑戦できるのかも分からない。天界のルキアスの気まぐれで、突然塔が閉ざされる可能性だってある。挑戦するなら、できるだけ早い方がいいと思う」


 リュシオンは肩をすくめ、軽く微笑んだ。


「ミレイアまでそっち側についちゃったか。じゃあもう、行くしかないかな。……ラグナはどうする?」


 ラグナは大きく息を吐き、肩をすくめると、エリゼに向き直った。


「姉さんのことだ。止めても一人で行くんだろ?」


「当然よ。」


「……ったく。」

 

 ラグナは小さく笑い、拳を握りしめる。


「なら、俺たちも行くしかねぇな。」


 ――4人は顔を見合わせ、互いの決意を確認するように頷き合った。

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