第4話 惚気・オブ・偏差値10


「認めん……認めんぞ俺は……」


「ねーねー、なんかたろくん可笑しいんだけど」


「あー、なんか今朝からそんな感じだよな。勉強のしすぎで頭おかしくなっちゃったんじゃない?」


 スメラギ高校2-1では、現在とある人物が珍しくも痴態を晒しているとして噂となっていた。


 そう、言わすもがな箆木太郎である。


 その周囲に現在いる人間は二人。同じクラスで、彼を心配して様子を見に来た人物たちである。


 そのうちの一人、俵馬たわらばクヌギが太郎に話しかける。


 ヘアバンドで前髪を全て後ろに浚い、オールバックもどきにしている金髪の女子だった。


「そうかもね。たろくん、あんま無茶しちゃダメよ?頭おかしくなっちゃうから」


「———俺の頭がおかしくなった、だと?」


「えっ?」


「そんなはずはないっ!!!妹が、アイツが可笑しいんだ……いったいどんな手品を」


 唐突に猛るように声を上げる太郎。クラスにいた人間は、全員が同様に肩を跳ねさせ、その声に驚いた様子だった。


「……いやぁ、本格的にヤバいわ」


「だろ?朝からずっとこんな調子で、何があったんだか」


 俵馬クヌギと共に彼の席に近付いていた、札幌ばくも、呆れたように声を上げる。


「妹って言ってっから、多分家庭の事情じゃねぇか?ちょっとデリケートだよなー」


「ねぇたろくん、悩みがあるなら話してごらんよ。たろくんには結構借りがあるしさー」


 俵馬クヌギがそう声をかけると、コミュニケーションを取ることは出来るのか、太郎はそちらに顔をあげた。


「……誰だ?お前は」


 すると、一瞬で惚けた顔をした太郎は、開口一番こんな事を口にした。


「ひっどーい!!私だよ私!忘れたの?!俵馬クヌギ!!結構喋ったことあるじゃん!!」


「俵馬クヌギ……お前、そんな顔だったか?」


「こんな顔だよ!!ずっとこんな顔で生きて来ました!!」


「そうか……いや、確かにそんな気もしてきたな。疑って悪かった」


「もう!!ジョーク言うくらい余裕あるんなら、私もう優しくしてやんないよ?」


 俵馬クヌギは内心、少し安堵していた。冗談が言えるくらいであるなら、その悩みも案外、解決できるものなのかも知れないと。


「で、なんかあったの?朝から調子悪いみたいだけど」


「あぁ、それなんだがな……」


 太郎は言いづらそうに口ごもる。やはり、なにか言いづらい事情があるのかもしれない。そう察した俵馬クヌギは、覚悟を決める。


 例えどんな悩みだろうと、力の及ぶ範囲だったら手を貸す準備がある。


 それはかつて、彼が自分達にしてくれたことへの恩返しだ。


 受けた恩を返す機会なら、それを逃したくないと彼女は思っていた。


 とうとう太郎が口を開く。


「その、なんだ……つまり……」


「無理しなくていいよ。ゆっくりでいいから、聞かせて」


「……その、こんな事を言うのは馬鹿げているかも知れないが、笑わないで聞いてくれるか?」


「うん、笑わないから、聞くよ」


「本当か?」


「本当。私のお気に入りの化粧品セットかけてもいい」


「じゃあ————」


 












「————俺の妹が、可愛すぎるんだ」


「「は?」」

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