第3話 作戦会議
うなされて目を覚ますと日付が変わる直前だった。水を飲みにキッチンに向かう。
「綾ちゃんにちょっと協力して欲しいんだけど」
涼ちゃんが後ろから話しかけてきた。ダイニングテーブルの椅子に座ってパソコンで作業をしているようだった。
「協力?」
「今から送る記事を拡散して欲しいんだ」
スマホを確認すると、Xの記事がシェアされていた。
【同志求む! 東京でティラノサウルスレースを開催したいと思います。一緒に主催側で盛り上げてくれる人がいたらメッセージください! 詳しい企画内容はこちらの記事をご覧ください!】
諦めてないんだなと、記事を一目見てため息が出た。
「ねえ、涼ちゃん。やめよ? 百歩譲って主催じゃなくて遠征しても良いから参加するだけにしよ?」
「主催した方が絶対面白いじゃねえか」
「疲れるだけだよ」
「かえちゃんだってやりたいって言ってるし、俺も出たいし、綾ちゃんだって出たいだろ?」
涼ちゃんに真っ直ぐな瞳で射抜かれると、そうでもない、なんて言えない。強烈な熱意に押されて、自我を失いそうだ。なんとなく反発していた意志が折れそうになる。そう、あたしの意志なんて「なんとなく嫌」程度の軽いものだったんだ。
「俺はまた綾ちゃんが本気で走る姿が見たいんだよ」
「ティラノサウルスで?」
思わず全力でツッコミを入れる。
あたしたちは中学高校で同じ陸上部だった。あたしは百メートル選手で、涼ちゃんは走り高跳び。高校は結構本気で部活動に打ち込み、あたしは都大会で一度だけ一位になった。
「今しかできない思い出を作りたいんだ。ほら、かえちゃんが大人になった時のことを考えてみ? 五歳の時にみんなでティラノサウルスレースしたねって、絶対笑えるだろ?」
「まあ、それは笑える」
「だろ? 俺はそういう思い出を作っていきたいんだよ」
涼ちゃんの熱量にほだされる自分がいる。まあ、いいか。涼ちゃんは自分が面白いと思ったことに一直線な男だ。それをわかって結婚したあたしの負けみたいなところはある。
「拡散くらいならしても良いよ」
「ありがとう!」
涼ちゃんがにこりと笑う。その顔を見て嬉しかった自分を見つけて、やっぱりあたしは涼ちゃんのことが好きなんだなと思った。
「ネットにはろくなやつがいない」
一週間くらいして、あたしが楓を寝かしつけてからリビングに戻ると涼ちゃんがぼやいていた。
「五人くらいからメッセージ来たんだけど、全員が報酬はいくらですか? だってよ。ボランティアに決まってんだろ」
涼ちゃんが両手で拳を作ってダイニングテーブルを叩く。
「ティラノサウルスレースの話?」
「そうだよ。どいつもこいつも金目当てかよ」
「あたしのXの方は参加したいっていう人は何人か返事をくれたんだけど、主催側で一緒に手伝ってくれる人はいないんだよね」
あたしは言って涼ちゃんに冷たい麦茶をいれてあげる。
「こういうのって全ての会計作業が終わって黒字が出たら運営スタッフの人数で割るもんじゃねえの?」
「純粋に一緒に楽しんでくれる人がいいよね」
あたしが言うと、涼ちゃんが「そうなんだよ」とため息まじりに言った。
「家永さんが手伝っても良いって言ってたじゃん。話してみる?」
「家永さんちねえ。家永パパに連絡してみるか」
「子供会は使えないけど、保育園のグループLINEでも募集してみる?」
真剣な涼ちゃんを見ていると、初めは嫌だったのに不思議と協力しようという自分がいた。
「いいね。他にもどんどん声かけていこうよ。高校でも大学でも、今でもSNSで繋がってる奴らとか」
「Xだけじゃなくて他のSNSにも投稿してみるよ。誰も見てないかもだけど」
実現できなかったら涼ちゃんはがっかりするんだろうな。そう思いながらfacebookに投稿する。
「主催にこだわんなくても良いんじゃない?」
あたしがポツリと呟く。
「やだね!」
涼ちゃんが子供っぽく言う。
「はいはい。足掻けるとこまで足掻いてみましょうか」
どこまでも子供心を忘れない涼ちゃんが可愛くもあり、面倒臭くもあり。この感情に名前をつけるとしたらどんな名前になるだろう。ネットの海にあたしたちの恐竜の夢を頼りなく流しながら、夜は更けていく。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます