第2話『夏空の想い』

第13話「新しい季節」


蝉の声が境内に響き始めた頃、佐倉神社の日常は静かな変化を迎えていた。


朝の掃除を終えた琴葉は、本殿の軒先で汗を拭いながら、境内に目をやる。いつもなら一人で行う朝の清掃も、今では椿の姿が当たり前のように混ざっていた。


「ことはん、今日の掃除終わったよー!」


元気な声とともに、椿が箒を片付けながら駆け寄ってくる。スマートフォンを手にした彼女は、いつものように写真を撮りながら境内を歩き回っていた。


「あ、この角度からの本殿、すっごくいい感じ!」


琴葉は、椿がスマートフォンを覗き込む横顔を見つめる。春に突然現れた不思議な同居人は、今では神社に欠かせない存在となっていた。特に、SNSでの情報発信は予想以上の反響があり、週末の参拝客は目に見えて増えていた。


「椿さん、今日は暑くなりそうですから、あまり無理しないでください」


心配そうに声をかける琴葉に、椿は満面の笑みを向ける。


「大丈夫、大丈夫!それより、見てよことはん。私たちの投稿、すっごい『いいね』ついてるんだよ」


スマートフォンの画面を覗き込むと、神社の朝の風景を撮影した写真に、確かに多くの反応が集まっていた。巫女装束姿の琴葉が掃除をする姿を、椿が何気なく撮影したものだ。コメント欄には「癒される」「素敵な景色」といった言葉が並んでいる。


「こんなの恥ずかしいです…」


琴葉が顔を赤らめると、椿は楽しそうに笑った。


「何言ってるの!ことはんの真面目な姿、みんなの心を癒してるんだよ。これも立派な神社のお仕事じゃない?」


その言葉に、琴葉は少し考え込む。確かに、祖母も「時代に合わせた神社の在り方を考えなさい」と言っていた。椿の存在は、その答えの一つなのかもしれない。


「そうですね…でも、投稿する写真は事前に確認させてくださいね」


「もちろん!あ、そうだ。今日の夕方、お守り作りするんだよね?それも撮影していい?」


琴葉は少し迷ったが、小さく頷いた。椿の提案は、いつも予想外の結果をもたらす。けれど、それは決して悪いことばかりではなかった。


「ありがとう、ことはん!絶対素敵な写真になるはず!」


嬉しそうに飛び跳ねる椿を見て、琴葉は思わず微笑んでしまう。夏の日差しが強くなる中、二人の影は少しずつ重なるように伸びていた。


神社の古い建物に、新しい風が吹き込んでいく。琴葉はそれを、静かに受け入れ始めていた。蝉の声が境内に響き、風鈴がちりんと涼やかな音を奏でる。


変わらない伝統の中に、確かに何かが芽生え始めている。琴葉は自分の胸の内に、そっと芽吹く感情を感じていた。それが何なのか、まだ言葉にはできない。けれど、この風のような心地よさは、きっと神様が導いてくれたものなのだろう。


「あ、ことはん!夕陽の角度、完璧!ちょっとこっち向いて!」


またしても椿のカメラが向けられ、琴葉は慌てて手を振る。けれど、その仕草さえも椿のレンズは逃さない。


「もう、椿さんったら…」


そんな言葉が、優しい風に溶けていく夏の始まりだった。






第14話「七夕願い」


境内に飾られた笹竹が、夏の風に揺れている。色とりどりの短冊が風に舞い、琴葉は一枚一枚が参拝客の想いが込められていることを噛み締めながら眺めていた。


「ことはん、こっちの笹竹もいっぱいになってきたよ!」


椿が元気な声で報告してくる。今年の七夕は、SNSでの告知のおかげで例年以上の賑わいを見せていた。受験、恋愛、家族の健康—様々な願いが短冊に託されている。


「みんな、真剣に願い事を書いてくれていますね」


琴葉がしみじみと言うと、椿は意味ありげな笑みを浮かべた。


「ことはんは何をお願いしたの?」


「え?私は…まだです」


実は、今年の願い事を決めかねていた。例年なら神社の繁栄や家族の健康を書くのだが、今年は何か違う想いが胸の中でもやもやとしている。


「私はもう書いたよ!」


椿が得意げに言う。琴葉は思わず興味をそそられたが、願い事を覗き見るのは良くないと自制する。


「願い事は、叶うまで秘密にしておくものですよ」


「えー、ことはんには特別に教えてあげようと思ったのに」


椿が拗ねたような表情を見せる。その仕草に、琴葉は思わず微笑んでしまう。


夕暮れ時、参拝客が減った境内で短冊の整理をしていると、風が一枚の短冊をはらりと琴葉の足元に落とした。拾い上げようとして、思わず文字が目に入る。


『ことはんと一緒に、もっともっと素敵な神社にできますように』


椿の字だった。


「あ!」


背後から慌てた声が聞こえ、琴葉が振り返ると、椿が真っ赤な顔をしていた。


「見ちゃった?」


「すみません…風が」


気まずい空気が流れる。けれど、琴葉の胸の中は不思議と温かい。


「椿さんは、本当に神社のことを考えてくれているんですね」


「当たり前じゃん。ここは私の大切な…」


言葉を途切れさせる椿。その瞬間、風鈴の音が爽やかに響いた。


「ことはんも早く願い事書いてよ。私、気になって眠れないよ」


茶目っ気のある声に、琴葉は少し考え込む。そして、ふと決意したように短冊を手に取った。


筆を走らせる音だけが、静かな境内に響く。椿は首を伸ばして覗き込もうとするが、琴葉は巧みにかわす。


『これからも、この場所で…』


後は、風に揺れる短冊の中に隠れていった。


夜空には、まだ星は見えない。けれど二人は、それぞれの願いを胸に、夕暮れの境内に佇んでいた。風鈴の音が、また優しく響く。


「ねぇ、ことはん」


「はい?」


「七夕の夜、一緒に星を見よう」


その言葉に、琴葉は小さく頷いた。願い事は叶うまで秘密。けれど、この気持ちは、もう秘密ではないのかもしれない。


夏の風が、二人の間を優しく吹き抜けていった。


蝉の声が境内に響き始めた頃、佐倉神社の日常は静かな変化を迎えていた。


朝の掃除を終えた琴葉は、本殿の軒先で汗を拭いながら、境内に目をやる。いつもなら一人で行う朝の清掃も、今では椿の姿が当たり前のように混ざっていた。


「ことはん、今日の掃除終わったよー!」


元気な声とともに、椿が箒を片付けながら駆け寄ってくる。スマートフォンを手にした彼女は、いつものように写真を撮りながら境内を歩き回っていた。


「あ、この角度からの本殿、すっごくいい感じ!」


琴葉は、椿がスマートフォンを覗き込む横顔を見つめる。春に突然現れた不思議な同居人は、今では神社に欠かせない存在となっていた。特に、SNSでの情報発信は予想以上の反響があり、週末の参拝客は目に見えて増えていた。


「椿さん、今日は暑くなりそうですから、あまり無理しないでください」


心配そうに声をかける琴葉に、椿は満面の笑みを向ける。


「大丈夫、大丈夫!それより、見てよことはん。私たちの投稿、すっごい『いいね』ついてるんだよ」


スマートフォンの画面を覗き込むと、神社の朝の風景を撮影した写真に、確かに多くの反応が集まっていた。巫女装束姿の琴葉が掃除をする姿を、椿が何気なく撮影したものだ。コメント欄には「癒される」「素敵な景色」といった言葉が並んでいる。


「こんなの恥ずかしいです…」


琴葉が顔を赤らめると、椿は楽しそうに笑った。


「何言ってるの!ことはんの真面目な姿、みんなの心を癒してるんだよ。これも立派な神社のお仕事じゃない?」


その言葉に、琴葉は少し考え込む。確かに、祖母も「時代に合わせた神社の在り方を考えなさい」と言っていた。椿の存在は、その答えの一つなのかもしれない。


「そうですね…でも、投稿する写真は事前に確認させてくださいね」


「もちろん!あ、そうだ。今日の夕方、お守り作りするんだよね?それも撮影していい?」


琴葉は少し迷ったが、小さく頷いた。椿の提案は、いつも予想外の結果をもたらす。けれど、それは決して悪いことばかりではなかった。


「ありがとう、ことはん!絶対素敵な写真になるはず!」


嬉しそうに飛び跳ねる椿を見て、琴葉は思わず微笑んでしまう。夏の日差しが強くなる中、二人の影は少しずつ重なるように伸びていた。


神社の古い建物に、新しい風が吹き込んでいく。琴葉はそれを、静かに受け入れ始めていた。蝉の声が境内に響き、風鈴がちりんと涼やかな音を奏でる。


変わらない伝統の中に、確かに何かが芽生え始めている。琴葉は自分の胸の内に、そっと芽吹く感情を感じていた。それが何なのか、まだ言葉にはできない。けれど、この風のような心地よさは、きっと神様が導いてくれたものなのだろう。


「あ、ことはん!夕陽の角度、完璧!ちょっとこっち向いて!」


またしても椿のカメラが向けられ、琴葉は慌てて手を振る。けれど、その仕草さえも椿のレンズは逃さない。


「もう、椿さんったら…」


そんな言葉が、優しい風に溶けていく夏の始まりだった。





第15話「夜の練習」


月明かりが境内を銀色に染める夜、琴葉は神楽殿で舞の練習をしていた。来月の祭礼に向けて、毎晩欠かさず行う日課だ。


扇を大きく開き、優雅な動きで舞う。白い巫女装束が月光に照らされ、まるで幽玄な世界のように静かに揺れる。


「すごい…」


物陰から漏れた声に、琴葉は動きを止めた。


「椿さん?まだ起きていたんですか?」


「ごめんごめん、邪魔したよね。でも、ことはんの舞い、本当に美しくて…」


椿が申し訳なさそうに神楽殿に近づいてくる。いつもの活発な様子とは違い、どこか畏まるような足取りだった。


「見てはいけないものでは、ありませんよ」


琴葉は柔らかく微笑む。実は椿の存在に気付いていた。最近、夜の練習を見に来ることが増えていたのだ。


「ねぇ、教えてくれない?その舞い」


突然の申し出に、琴葉は驚いて目を丸くする。


「神楽は、そう簡単には…」


「分かってる。でも、ことはんの舞いを見てると、なんだか神様の存在を本当に感じるんだ。私も、その気持ちをもっと知りたいな」


月明かりに照らされた椿の瞳が、真剣な光を宿している。その眼差しに、琴葉は心を揺さぶられた。


「では…基本的な所から」


琴葉は椿に扇を手渡す。その手が触れ合った瞬間、小さな戸惑いが走る。


「まず、姿勢から。背筋を伸ばして…」


琴葉は椿の背後に立ち、そっと肩に手を置く。少し緊張した椿の体が、徐々にリラックスしていく。


「腕はこう…」


導くように腕を取ると、椿の体温が伝わってくる。夜の空気が、急に熱を帯びたように感じた。


「ことはんの手、冷たい」


「申し訳ありません」


慌てて手を離そうとする琴葉を、椿が制する。


「冷たいけど、なんだか心地いい」


月明かりの中、二人は静かに見つめ合う。風鈴の音が、遠くかすかに響いてくる。


「では、この動きを…」


琴葉は慌てて話題を戻す。けれど、心臓の高鳴りは収まらない。


練習は深夜まで続いた。椿は不器用ながらも一生懸命で、その姿に琴葉は何度も目を奪われる。


「難しいね、これ。でも楽しい!」


汗を拭いながら笑う椿に、琴葉も自然と笑顔がこぼれる。


「椿さんも十分上手ですよ」


「嘘つかないの!でも、もっと練習させてね」


帰り際、椿が月を見上げながら言う。


「神様って、こんな風に見守ってくれてるのかな」


その言葉に、琴葉は胸が温かくなる。神楽は神様への奉納の舞。その意味を、椿は確かに理解していた。


「きっと、そうですよ」


蝉の声が遠くに消え、風鈴の音だけが夜空に響く。巫女装束の裾が、夜風にそっと揺れる。


「ことはん、また教えてね」


「はい。ですが、明日は早いので、そろそろ…」


「分かってる、分かってる。でも、この時間って特別な気がするんだ。神様とことはんと、私だけの」


椿の言葉に、琴葉は返す言葉を失う。ただ頷くことしかできなかった。


夏の夜風が、二人の間を優しく吹き抜けていく。明日も、その次も、この時間が続くことを、琴葉は密かに願っていた。神様は、この想いも見守っていてくれるのだろうか。


星明かりの下、二人の影が重なって一つになり、また離れていく。その様子は、まるで神楽の舞のように優雅で、どこか切なかった。





第16話「東京の話」


早朝の境内で掃き掃除をしていた琴葉の耳に、突然のスマートフォンの着信音が響いた。


「あ、ごめん!」


椿が慌ててポケットから携帯を取り出す。画面を見た瞬間、その表情が微かに強張った。


「どうかされましたか?」


「ううん、大丈夫。ちょっと出てくるね」


いつもの明るい声とは違う、少し堅い声色。琴葉は箒を持つ手を止め、椿の背中を見送った。


朝もやの立ち込める境内の片隅で、椿は電話に応対している。遠くからでは表情は分からないが、何度も深く頭を下げる姿が見える。


「はい、申し訳ございません。はい…分かりました」


電話を終えた椿が戻ってきた時、その顔には無理な笑顔が浮かんでいた。


「東京の事務所からだったの」


琴葉は黙って椿の言葉を待つ。


「前に所属してた芸能事務所。大きな仕事の話があるって」


朝日が少しずつ境内を照らし始める。風鈴が、かすかに音を立てた。


「それは、良かったですね」


琴葉は精一杯明るく返したつもりだった。けれど、自分の声が震えているのが分かった。


「違うの!」


椿が突然強い口調で言う。


「私、もう戻る気はないって、はっきり伝えたの。でも…」


言葉を詰まらせる椿に、琴葉は近づいていった。


「椿さん…」


「実は、半年前に東京で失敗したの。大きな仕事で大失敗して。それで、逃げるように地方に来て…」


夏の朝風が二人の間を吹き抜ける。


「最初は本当に行き当たりばったり。でも、この神社に来て、ことはんに会って…毎日が楽しくて。SNSの発信だって、今までの経験が生きてて」


琴葉は黙って椿の言葉を聞いていた。確かに、椿が来てから神社は変わった。参拝客は増え、若い世代の姿も目立つようになった。


「だから、もう戻れないの。戻りたくないの」


声が震えている。琴葉は思わず椿の手を取っていた。


「椿さんの居場所は、椿さんが決めれば良いんです」


「ことはん…」


「私も、椿さんがいてくれて、嬉しいです」


素直な気持ちを口にした瞬間、頬が熱くなる。けれど、今は椿に伝えたかった。


「本当?」


「はい。神様も、きっと椿さんを導いてくれたんだと思います」


涙ぐんでいた椿の顔が、パッと明るくなる。


「ありがとう。私も、そう思いたい」


朝日が完全に境内を照らし、蝉の声が始まる。新しい一日の始まりだ。


「よーし、今日も頑張ろう!新しい企画も考えたんだ。ことはん、聞いてよ!」


いつもの椿に戻った様子に、琴葉は安堵の笑みを浮かべる。けれど、胸の奥に残る重たい感覚は、まだ消えなかった。


これが本当に椿の望む道なのだろうか。自分のせいで、大切な機会を逃してしまうことにならないだろうか。


境内に風鈴の音が響く。神様は、きっと見守っていてくれるはず—そう信じたかった。


「ねぇ、ことはん。今度の祭りの時、私にも何かできることない?」


「え?」


「だって、ここが私の居場所なら、もっともっと役に立ちたいもん」


その言葉に、琴葉の不安は少しずつ溶けていった。椿の決意は、確かに本物だった。


夏の朝の光の中で、二人は新しい神社の未来を語り始めた。しかし、琴葉の胸の奥では、まだ小さな不安が残り続けていた。




第17話「水風船」


真夏の日差しが境内を照りつける午後、琴葉は額の汗を拭いながら、本殿の掃除を続けていた。気温は35度を超え、風鈴の音さえも熱く感じられる。


「ことはーん!ちょっと休憩!」


元気な声と共に、椿が手に何かを持って駆けてきた。近づいてみると、それは赤や青、黄色の小さな風船の束だった。


「これは…?」


「水風船だよ。こんな暑い日は、これに限るの!」


次の瞬間、椿はホースで風船に水を入れ始めた。


「椿さん、そんな…神社の境内で水遊びなんて」


「大丈夫、大丈夫!参拝客も少ないし、ちょっとだけなら」


琴葉が制止しようとする前に、椿は既に十個ほどの水風船を作り終えていた。その手つきは慣れたもので、風船がきれいな水玉になっていく。


「はい、ことはんにもどうぞ」


差し出された水風船を、琴葉は恐る恐る受け取る。冷たい感触が、火照った手のひらに心地よかった。


「でも…」


「ほら、暑いでしょ?たまには息抜きも大切だって、おばあちゃんも言ってたよ」


確かに祖母は最近、「若い子らしく」と言うことが増えていた。椿の影響だろうか。


「じゃあ…少しだけ」


琴葉の言葉に、椿の顔が輝く。


「よーし!じゃあ、私が的になるから、ことはんは当ててみて!」


「え?そんな…」


「いいから、いいから!」


椿は木陰に駆け出し、両手を広げて立つ。白いワンピース姿が、木漏れ日の中で眩しい。


「ほら、投げてみて!」


促される声に、琴葉は意を決して水風船を投げた。しかし、力が入りすぎて大きく外れる。


「あはは、ことはん意外と下手!」


「も、もう一度!」


今度は慎重に狙いを定めて投げると、椿の足元で見事に割れた。飛び散る水しぶきと共に、椿の歓声が上がる。


「当たった!でも、まだまだ!」


次々と水風船が投げられ、割れる。二人の笑い声が境内に響く。神聖な場所でこんな遊びをして良いものか、という気持ちは、いつの間にか消えていた。


「はい、次は私の番!」


椿が水風船を構える。琴葉は巫女装束の裾をちょっと持ち上げ、身構えた。


「えい!」


放たれた水風船が、琴葉の隣で弾ける。冷たい水しぶきが頬にかかり、思わず小さな悲鳴を上げる。


「ごめん、ごめん!でも、ことはんの悲鳴、可愛い!」


「もう、椿さんったら…」


言いながらも、琴葉は自然と笑みがこぼれる。こんな風に無邪気に笑ったのは、いつ以来だろう。


「おや、楽しそうですね」


突然の声に、二人は凍りついた。振り返ると、そこには祖母が立っていた。


「す、すみません!」


琴葉が慌てて頭を下げる。しかし、祖母の表情は穏やかだった。


「たまには若い子らしく、はしゃぐのも良いものです。神様だって、きっと喜んでいらっしゃるでしょう」


その言葉に、二人は顔を見合わせて笑った。風鈴の音が、優しく響いている。


「さ、後片付けを手伝うわ」


祖母の言葉に、琴葉は胸が温かくなった。神社は厳かな場所。でも、神様は人々の笑顔も、きっと喜んでくださるのだろう。


割れた水風船を拾いながら、琴葉は密かに思った。この夏の思い出を、ずっと大切にしたいと。





第18話「浴衣の約束」


「えー、ことはん浴衣持ってないの?」


境内の掃除を終えた夕暮れ時、椿の驚きの声が響いた。来週の地域の夏祭りの話題になった時のことだ。


「巫女装束はありますが…」


琴葉が少し困ったように答える。確かに、普段から和装には慣れているものの、私服の浴衣は持っていなかった。


「それは困ったなぁ。だって、夏祭りは浴衣じゃなきゃ!」


椿は腕を組んで考え込む素振りを見せたが、すぐに顔を輝かせた。


「分かった!私が着付けするから、浴衣貸すね。ちょうど新しいの買ったんだ」


「え?でも…」


断ろうとする琴葉の言葉を、椿は軽やかに遮る。


「いいの、いいの!ことはんに似合いそうな柄選んであったの」


「選んで、あった…?」


琴葉の問いかけに、椿は少し頬を染めた。


「その…夏祭り、一緒に行けたらいいなって思ってたから」


風鈴が、小さな音を立てる。琴葉は自分の胸の高鳴りが、その音よりも大きく感じられた。


「ことは。浴衣の話ですか?」


祖母の声に、二人は慌てて振り返る。


「はい。椿さんが…」


「浴衣を貸してあげると」


祖母は二人の会話を聞いていたようだ。しかし、その表情は穏やかだった。


「良いことですね。たまには巫女装束以外の和装も」


「おばあちゃん!」


椿が嬉しそうに声を上げる。祖母の言葉は、いつも椿の味方だった。


「では、明日着付けをさせていただいても?」


「ええ、構いませんよ。琴葉、あなたも楽しみなさい」


祖母の後押しに、琴葉はもう断る理由が見つからなかった。


翌日。


「じっとしててね」


椿の部屋で、琴葉は浴衣の着付けをしてもらっていた。薄い青地に白い朝顔が描かれた浴衣は、想像以上に涼しげで美しい。


「椿さん、本当に着付けが上手ですね」


「モデルの仕事してた時に覚えたの。でも、ことはんに着せるのは、なんだか特別」


背後から聞こえる椿の声が、普段より少し低い。帯を結ぶ手つきは慣れているのに、時折少し震えているように感じる。


「はい、できた!」


鏡の前に立つと、そこには見慣れない自分がいた。巫女装束とは違う、けれどどこか懐かしい着心地。


「すっごく似合う!やっぱりことはんには和装が…」


椿の言葉が途切れる。琴葉は鏡越しに、真っ赤な顔をした椿を見た。


「あの、椿さんも着替えますよね?」


「う、うん!私のは…これ」


取り出されたのは、ピンク地に蘭の花が描かれた浴衣。琴葉の物と不思議と調和が取れている。


「二人で着ると、もっと素敵になりそう」


琴葉が言うと、今度は椿が赤くなった。


「来週が、待ち遠しいね」


夕暮れの空に、入道雲が赤く染まっていく。風鈴の音が、二人の心音のように響いていた。浴衣の袖が、夏風にそっと揺れる。


来週の祭りまで、まだ少し時間がある。けれど、琴葉の心は既に、その日を夢見ていた。神様は、このような想いも見守ってくださるのだろうか。


鏡に映る二人の姿は、まるで夏の絵巻のような優美さだった。






第19話「幼なじみの警告」


「琴葉、ちょっといいかな」


夕暮れ時の境内で掃除を終えようとしていた琴葉に、幼なじみの陽花が声をかけた。その表情には、いつもの明るさがない。


「陽花?どうしたの?」


「ちょっと、話があるんだ」


二人は、境内の端にある古い木のベンチに腰を下ろした。蝉の声が遠くで鳴いている。


「椿さんのこと、なんだけど」


陽花の声には、珍しく緊張が混じっていた。


「椿さんが、何か?」


「昨日ね、東京から戻ってきた従姉から聞いたの。半年前の、椿さんの失敗って」


琴葉の背筋が、すっと伸びる。


「大手企業のCMの仕事で、突然いなくなったんだって。連絡も取れなくて、事務所も迷惑したらしくて…」


風鈴の音が、重たく響く。


「私、心配なの。琴葉があの人に、どんどん惹かれていってるの、分かるから」


「そんな…」


否定しようとした言葉が、喉につかえる。


「琴葉ね、小さい頃から率直すぎるくらい正直で、まっすぐだった。だからこそ、心配で」


陽花の声には、本気の心配が滲んでいた。


「でも、椿さんは…」


「今はここが気に入ってるのかもしれない。でも、また逃げ出すかもしれないでしょう?琴葉が傷つくのが、怖いの」


夕暮れの影が、二人を覆い始めていた。


「ごめんね、こんなこと言って。でも、琴葉の幸せを願ってるから」


陽花の言葉は、確かに友人としての愛情に満ちていた。けれど、琴葉の胸には複雑な感情が渦巻いていた。


「陽花…ありがとう」


精一杯の笑顔を向けたつもりだったが、それが空虚に見えただろうことは、自分でも分かっていた。


「琴葉…」


「大丈夫。ちゃんと考えるから」


その時、境内の向こうから椿の声が聞こえてきた。


「ことはーん!新しい浴衣の帯、届いたよー!」


陽花は、琴葉の表情の変化を見逃さなかった。


「ほら、見て。その顔」


「え?」


「琴葉、あんた、本当に好きなんだね」


ストレートな言葉に、琴葉は返答できない。


「だからこそ、気をつけて。神社の後継ぎっていう立場もあるんでしょう?」


立ち上がる陽花の背中が、夕日に染まっていく。


「また来るね」


去っていく親友を見送りながら、琴葉は考え込んでいた。確かに、椿には謎が多い。東京での失敗も、ここに来た理由も、全てを知っているわけではない。


けれど—。


「ことはん!どこにいるのー?」


明るい声が、また聞こえてくる。


琴葉は深いため息をつく。胸の中で、信じたい気持ちと疑わなければならない理性が、激しくぶつかり合っていた。


夕暮れの空に、入道雲が赤く染まっていく。風鈴の音が、いつもより切なく響いていた。


神様は、この迷いにも答えを示してくださるのだろうか。琴葉は本殿を見上げ、そっと手を合わせた。





第20話「夏祭りの夜」


「ことはん、本当に似合ってる!」


神社の社務所で、椿が琴葉の浴衣姿を見つめていた。薄青の生地に白い朝顔が揺れる様は、まるで夏の風そのもののよう。


「椿さんこそ、とても素敵です」


ピンク地に蘭の花が染められた浴衣姿の椿は、やはりモデル経験者だけあって、その立ち姿には特別な華やかさがあった。


「よーし、行こっか!」


祭りの賑わいが聞こえてくる参道を、二人で歩き始める。夕暮れの空には、まだ残光が残っていた。


「わぁ、すごい人…」


普段は静かな町が、提灯の明かりと人々の笑顔で溢れている。どこからか、太鼓の音も聞こえてきた。


「ことはん、あれ見て!」


くじ引きの屋台を指差す椿に、琴葉は少し困ったように微笑む。


「神社の者が、そんな…」


「大丈夫だよ。今日は私たちも、お祭りを楽しむの!」


その言葉に、素直に頷く。陽花の警告は胸の片隅にあったが、今は目の前の椿の笑顔だけを見ていたかった。


「当たった!ことはん、はい」


小さな風鈴を手渡される。透明なガラスに、淡い模様が描かれている。


「私が選んだんだよ。風鈴の音って、ことはんの声に似てるなって思って」


「え?」


「優しくて、清らかで…あ、金魚すくいもある!行ってみよ!」


慌てて話題を変える椿の耳まで、赤くなっているのが見えた。


夜が深まるにつれ、祭りの熱気も高まっていく。琴葉は椿に手を引かれるまま、普段は決して立ち寄らない屋台を巡った。綿菓子の甘い香り、かき氷の冷たさ、全てが新鮮だった。


「もうすぐ花火が上がるんだって」


椿が空を見上げる。人混みを避けて、二人は少し高台の方へ歩いていった。


「ここなら、よく見えるはず」


立ち止まった場所は、ちょうど神社の裏手にあたる小さな丘。町全体が見渡せる。


「椿さん…」


「ん?」


「ここに来てくれて、ありがとうございます」


突然の言葉に、椿が驚いたように目を見開く。


「私、椿さんが来てから、毎日が…」


大きな花火の音が、残りの言葉を遮った。夜空に大輪の花が咲く。その光が、二人の表情を照らし出す。


「ことはん…」


椿が、そっと琴葉の手を取る。汗ばんだ手のひらが、少し震えていた。


「私も、ここに来れて良かった。ことはんに会えて…」


次々と上がる花火が、二人の言葉にならない想いを優しく包んでいく。浴衣の袖が触れ合う。風鈴の音が、遠くかすかに響いてくる。


そうだ、この人は―。陽花の言葉が頭をよぎる。けれど今は、この時間を、この想いを、ただ大切にしたかった。


「ことはん、手、冷たいよ」


「すみません」


「ううん、このまま…もうちょっと」


花火が夜空に咲き誇る中、二人の指がそっと絡み合う。それは、まるで運命の赤い糸のように、確かで儚いものだった。






第21話「突然の来客」


「椿ちゃん、いますか?」


穏やかな朝の境内に、突然聞き慣れない声が響いた。参拝客かと思い、琴葉が応対に出ると、そこには背広姿の中年男性が立っていた。


「申し訳ありません。椿は今、掃除の手伝いを…」


「ことはん、誰?」


話しかけられて振り返ると、箒を持った椿の表情が凍り付くのが見えた。


「や、安藤さん…」


椿の声が震えている。男性―安藤は、にこやかに笑みを浮かべた。


「椿ちゃん、元気そうで何より。東京の事務所も、みんな心配してたんだよ」


柔らかな物言いの中に、どこか威圧的なものを感じる。琴葉は椿の前に立ちはだかるように位置を変えた。


「お話があるなら、社務所でいかがですか」


「ありがとう。そうさせてもらおうかな」


祖母が接客用の茶を入れる中、安藤は穏やかに話を始めた。


「実は、椿ちゃんに戻ってきてほしいんだ。大手化粧品メーカーの新商品キャンペーン、椿ちゃんにぴったりの企画なんだよ」


「でも、私はもう…」


「前回の件は、皆理解してるよ。プレッシャーで逃げ出したくなる気持ち、分かる」


椿の表情が曇る。琴葉は思わず椿の袖を掴んでいた。


「今回は違うんだ。SNSでの発信力を買われてね。この神社での活動も、むしろプラスになる」


「神社での…活動?」


「ああ。伝統と現代の融合って、面白いじゃないか。巫女さんとモデルの共演。これは新しい」


安藤の言葉に、琴葉は思わず身を強張らせた。神社が、宣伝の道具として扱われることへの違和感。


「それは…」


「考える時間は差し上げます。ただ、チャンスは待ってくれない。一週間以内に返事をいただけると」


立ち上がる安藤の背中に、夏の日差しが差し込む。


「椿ちゃんの才能は本物だ。ここに埋もれさせるには、もったいない」


その言葉を残して、安藤は去っていった。蝉の声だけが、重たい空気の中に響く。


「椿さん…」


琴葉が声をかけると、椿は小さく首を振った。


「ごめん、ちょっと一人になりたい」


立ち去る椿の背中を、琴葉は呼び止められなかった。


「琴葉」


祖母の声に振り返る。


「あの子の決断を、信じなさい」


「でも…」


風鈴が、かすかに音を立てた。確かに椿は変わった。この神社で、新しい自分を見つけたはず。それなのに、なぜこんなにも不安なのだろう。


陽花の警告が、また頭をよぎる。才能がある人は、いつか必ず大きな場所へ。この小さな神社には、収まりきらない輝きを持っているのかもしれない。


「椿さん…」


呟いた言葉が、夏の空に溶けていく。神様は、この試練にどんな答えをお示しになるのだろうか。


琴葉は本殿に向かって、静かに手を合わせた。






第22話「雷雨の告白」


突然の雷鳴が境内を震わせた。蒸し暑い夏の午後、急に天候が崩れ始めていた。


「椿さん、早く社務所の中へ!」


琴葉は掃除を中断し、ぼんやりと空を見上げていた椿に声をかける。大粒の雨が、地面を叩き始めていた。


「あ、うん…」


ここ数日、椿は考え事ばかりしているように見えた。安藤の訪問以来、いつもの明るさが消えていた。


二人で社務所に駆け込んだ時には、既に雨は本降りになっていた。


「タオルを持ってきます」


「ことはん」


背を向けかけた琴葉を、椿が呼び止める。


「私、話があるの」


震える声に、琴葉は振り返った。椿の瞳には、決意のような光が宿っていた。


「半年前、私は本当に、ただ逃げ出しただけなの」


外では雨が激しさを増していく。


「大きな仕事を任されて、プレッシャーで押しつぶされそうで。携帯も置いて、夜行バスに飛び乗って…本当に、情けない」


「椿さん…」


「でも、この神社に来て、ことはんに出会って。私、初めて自分の居場所を見つけたの」


雷鳴が轟く。椿の言葉が、少し上擦っていく。


「SNSの発信だって、モデルの経験だって、ここでなら活かせる。何より、ことはんの傍にいると、自分が自分でいられる」


風鈴の音が、雨音に紛れて響く。


「だから、私…」


「椿さんは、才能がある人です」


琴葉の言葉に、椿が息を呑む。


「この小さな神社じゃなくて、もっと大きな場所で輝けるはず。安藤さんの言う通り、ここに埋もれるには…」


「違う!」


椿の強い声に、琴葉は言葉を飲み込んだ。


「私は逃げてなんかない。今度は、自分で選んでるの。この神社も、この仕事も、そして…ことはんのことも」


最後の言葉が、ささやくように消えていく。


「椿さん…」


「ことはんは、私のことを、どう思ってるの?」


ストレートな問いに、琴葉は言葉を失う。頭の中では、陽花の警告が響く。けれど、胸の中では別の声が、もっと大きく鳴っていた。


「私は…私は…」


その時、激しい雷鳴が社務所を揺らした。驚いて椿に寄りかかる琴葉。


「怖くない。私がいるから」


囁くような椿の声に、琴葉は顔を上げた。近すぎる距離に、心臓が高鳴る。


「椿さんは、もう逃げない…?」


「うん。だって、大切な人がいるから」


雨音が二人を包む。風鈴が、かすかに揺れる。


「私も…椿さんが、大切です」


やっと紡ぎ出した言葉に、椿の顔が輝いた。


「本当?」


「はい。でも…怖いんです。椿さんが、また東京に…」


「行かない。絶対に。明日、安藤さんにそう伝えるつもり」


雷鳴が遠ざかっていく。雨も、少しずつ小降りになってきた。


「ことはん、私と一緒に新しい神社の形を作っていこう。伝統も大切にしながら、少しずつ変えていって…それって、きっと神様も喜んでくれると思うの」


琴葉は小さく頷いた。胸の中の不安は、まだ完全には消えていない。けれど、この人となら―。


「はい。一緒に…」


外では雨が上がり始め、薄日が差し始めていた。風鈴の音が、二人の新しい誓いを祝福するように、清らかに響いていた。






第23話「迷いの夏」


夜明け前の本殿で、琴葉は一人、正座していた。昨日の雨で濡れた木々が、朝風に揺れている。


「神様…」


手を合わせる中で、昨日の出来事が次々と思い出される。雷雨の中での椿の告白。自分の気持ちの吐露。そして、これからの約束。


全てが夢のようで、同時に痛いほど現実的だった。


「琴葉」


背後から祖母の声がする。


「こんな早くから、何を悩んでいるの」


問いかけに、琴葉は深いため息をつく。


「私に、椿さんを支える資格があるのでしょうか」


「資格?」


「はい。椿さんは、きっと大きな可能性を持っている人。それなのに、この小さな神社に…」


祖母は静かに琴葉の隣に座った。


「琴葉、あなたは『小さな神社』という言葉を、何度も使うけれど」


「え?」


「この神社は、代々の巫女たちが守ってきた、大切な場所。小さいかもしれないけれど、それぞれの時代に合わせて、少しずつ形を変えながら存在し続けてきた」


朝日が、少しずつ境内を染め始める。


「椿さんが来てから、確かに色々なことが変わりました。でも、それは…」


「神様が望まれた変化かもしれないわね」


祖母の言葉に、琴葉は驚いて顔を上げた。


「変化を恐れることはないの。大切なのは、その心」


風鈴が、爽やかな音を立てる。


「琴葉、あなたは椿のことを、どう思っているの?」


率直な問いに、琴葉は頬を赤らめる。


「大切な…人です」


「それなら、もう答えは出ているのでは?」


立ち上がる祖母の背中が、朝日に照らされる。


「おばあちゃま…」


「ああ、そうそう。さっき椿が、陽花に会いに行くと言っていたわ」


「え?」


「自分の気持ちを、はっきり伝えたいって」


その言葉に、琴葉は胸が熱くなる。椿は、自分の周りの全てと、真摯に向き合おうとしている。


社務所から、掃除道具を取り出す椿の姿が見えた。相変わらず、スマートフォンを片手に境内の写真を撮っている。


「おはよう、ことはん!今日の朝日がすっごくきれいなの。ほら、見て!」


駆け寄ってくる椿に、琴葉は自然と微笑みを返していた。この人の側にいることが、こんなにも自然なことだったのか。


「椿さん、陽花のところへ?」


「うん。ちゃんと話したいの。ことはんの大切な友達だから」


真剣な眼差しに、琴葉は頷く。


「気をつけて」


「もちろん!それと…」


椿が、少し照れたように言葉を続ける。


「帰ってきたら、新しい企画の相談があるの。神社の新しい形、一緒に考えてほしいな」


その言葉に、琴葉の胸の中の迷いが、少しずつ晴れていくのを感じた。


そうだ。これは誰かの犠牲でも、誰かの妥協でもない。二人で見つけた、新しい道。


「はい。楽しみにしています」


風鈴の音が、二人の新たな一歩を祝福するように響いていた。朝の光の中で、琴葉は確かな希望を見つけていた。




第24話「夏の終わり」


残暑の厳しい午後、境内には秋の気配が少しずつ忍び寄っていた。風鈴の音も、どこか切なげに響く。


「ことはん、見てみて!」


琴葉が本殿の掃除を終えると、椿が嬉しそうに駆け寄ってきた。スマートフォンの画面には、神社のSNSアカウントが表示されている。


「私たちの七夕の投稿、もうフォロワー10万人突破したんだよ!」


浴衣姿の二人が笹飾りの前で写る写真。琴葉は少し恥ずかしそうに目を逸らす。


「椿さん、写真を撮るの、本当に上手ですね」


「それはモデルが素敵だからでしょ!」


冗談めかした口調に、琴葉は思わず顔を赤らめる。最近の椿は、こうして何気なく褒めの言葉を投げかけてくる。


「あ、そうそう。陽花からメッセージ来てたの」


「陽花から?」


先日、椿は陽花に会いに行き、全てを話したという。その結果がどうだったのか、琴葉は少し不安だった。


「うん。『琴葉のこと、よろしく』って」


シンプルな言葉に、琴葉は胸が熱くなる。親友は、きっと二人の想いを理解してくれたのだ。


「それと、安藤さんからも連絡があったわ」


椿の声が少し真剣になる。


「新しい話を持ってきたいって。でも、私はきっぱり断ったの。『今は、大切な場所で、大切な人と、新しいことを始めたいから』って」


風が吹き、木々が静かにざわめく。


「新しいこと?」


「そう。神社の伝統は守りながら、でも少しずつ形を変えていく。それって、すごく素敵なことだと思うの」


椿はスマートフォンを開き、何かを見せようとする。


「例えば、オンラインでのお守り授与とか、SNSでの神社行事の配信とか。私たちにしかできない方法で、神様と人を結ぶ架け橋になれたら…」


熱心に語る椿の横顔に、琴葉は見とれてしまう。この人は、本当に真剣に神社のことを考えてくれている。


「ことはん?聞いてる?」


「あ、はい!ごめんなさい」


慌てて謝る琴葉に、椿はくすりと笑う。


「もう。私の話、つまんない?」


「そんなことありません!むしろ…」


言葉を探す琴葉に、椿が近づいてくる。


「むしろ?」


「椿さんの真剣な顔を見てたら、つい…」


今度は椿が赤くなる番だった。


「もう、ことはんったら…」


二人の笑い声が、夏の空に溶けていく。風鈴が、またしも優しく鳴る。


「ねぇ、ことはん」


「はい?」


「私たちの神社、きっと素敵な場所になるよ」


その言葉に、琴葉は深く頷いた。もう迷いはない。この人と一緒なら、きっと新しい道を切り開いていける。


蝉の声が遠くで鳴き、夏の終わりを告げている。けれど、二人の物語は、まだ始まったばかり。


境内に秋の風が吹き始めた時、琴葉と椿は新しい季節への期待を胸に、肩を寄せ合っていた。


















































































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