第22話:真夜中

 一行は借り受けた居室で既に眠りについていた。蝋燭の火は吹き消されて真っ暗闇に包まれ、小さな寝息が聞こえている。粗末なベッドも、馬車の硬い荷台に毛布や馬草を敷いて寝るよりはよっぽどよく、何より四方の壁があることで、誰か一人が見張りの為に起きている必要もなく、その上二人は酒が入っているのだからよく眠れることは当然だ。


 遠くの方で大きな声が聞こえた。それは笑いとも悲鳴ともつかない、人間の声。大方真夜中になっても借金取りの連中がバカ騒ぎしているだけ、ニースキィの村人たちもそう思って誰一人気にかけることはなく、まどろみにこうべを預けていた。


 ニースキィの郊外に野営を置いていた借金取りは不幸の只中にあった。


「敵襲! 敵襲! 起きろ! 得物を取れ!」


寝床から這い出し、鎧を付ける暇もなく剣と松明を握ったユリウスはそう叫んだ。


彼はあちこちを見回す。真っ暗闇の中、がさがさと蠢く茂み。それが風か、野獣か、はたまた野伏かを考える暇はなかった。隣に武器を構えて立っている同僚曰く、厠から戻ったら当直の相方が血まみれで倒れていたとか。


 続々とエルフたちは全員が寝床から起き、武器と松明を掲げている。


ユリウスは遺体に近づいた。地面に対してうつ伏せに倒れている。青と白のタバードはどす黒く染まり、剣は抜かれていない――つまり、敵に気が付く前に殺された。遺体をひっくり返すと首に大きな噛み跡があり、食いちぎられてくぼんだそこをもはや空気が通ることはない。


「最悪だ」ユリウスは遺体のそばから立ち上がると叫ぶ。スタニスワフという護衛の冒険者から聞いた警告は本当だった。否、疑っていたわけではないが、これほどまでに早く不運に見舞われるとも思ってはいなかった。


「第一分隊は騎乗してニコラウス神父たちに危険を伝え、村の柵の周りを巡回。第二分隊はこの柵外を騎馬で巡回。第三分隊は警鐘を鳴らした後に我らの厩舎を防護しろ。命に代えても閣下の馬と彼らの輓馬を守れ。そうだ、神父の方へ行く奴はシギを馬に乗せていけ。あいつを鐘楼の上に配置して村の中に入ってきた化け物を狙撃させろ」


 借金取りは速やかに軍事行動に移った。ガンガンと警鐘を夜空に鳴り響かせ、そうするや否や村落の中からもちらほらと松明の明かりが動き始める。村の衛兵部隊が異変に気が付いたのだ。


 借金取りの騎馬隊は二部隊に分かれた。ほとんどの団員が鎧を付ける暇がなく、近接武器と弓矢、そしてケトルハットだけを被り、兜に張り付けた小さな羽根飾りの色ごとに分かれた。その中のある者はほぼ下着姿でタバードすら身に着けていない。

 

 村の方へ駆けていく隊の、その一騎の後ろにはちんまりとサエルシギルが座っていた。



宿の扉がどんどんと強くたたかれ、宿屋の主人が起き出して小窓を開けて覗き込む。青と白の軍衣を着た耳長の男が松明を持っている。警鐘が借金取りの野営地からも、教会の鐘楼からも鳴り響いている事に気づいている彼はすぐに非常時であることに気が付いた。


「主人、化け物の襲撃です。ニコラウス神父にお伝えください。我が隊は村の衛兵隊と協同し、巡回・撃滅に向かいます。どうか戸締りを厳としてください」


「あ、ああ、わかった。感謝する……」主人は武運をとか、神の加護をとか、そういう安全を祈る言葉を口にできなかった。久方ぶりの誰かの襲撃に焦りや戸惑いがある事、そしてこの相手が我々の神を信じない亜人という事が重なったからだ。


 しかし、その葛藤をしている間に彼はすぐに小窓から姿を消し、松明の明かりが遠ざかっていくのが見えた。


 彼は直ちに神父の泊っている部屋へ赴き、扉を何度も叩いて叫びながら敵襲を伝えた。


 ――ラントシュタイヒャーは既に装備を身に着けていた。久方ぶりに彼は全身甲冑を身に着け、その重量感の動き辛さと安心感を味わっていた。


 対するオレクは、ランとシュタイヒャーの着装を手伝った後で自分の鎖帷子に袖を通し、剣を佩いている。しかし、その勇ましい衛兵然とした風貌に対して手や歯はふるふると落ち着きなく騒めいていた。


「オレク、俺は打って出て遊撃に加わる。お前は宿屋のあらゆる窓を主人と一緒にふさぎ、万が一何かが入ってきたら神父を守れ」


「そんな、危険です! こんな真っ暗闇でわけのわからない相手と戦うなんて!」


ラントシュタイヒャーはロングソードの他に、ベルトにウォーハンマーと短剣も差し込み、夜闇でも目が効くようになる水薬もぐいと飲んだ。


彼が鎧をガチャつかせながら宿の扉の方へ歩き出す。宿屋の主人が後ずさりすると、彼に机や椅子で窓をふさぐよう指示し、外へ踏み出そうとする。


「スタニスワフ卿。武運を、汝に神のご加護があらんことを」


ニコラウスはそう言うとラントシュタイヒャーに背を向け、怯えている他の宿泊客の方を向き、彼らと共に祈りの言葉を唱え、神の教えを説き始める。


 ラントシュタイヒャーは「貴方たちにも」と言ってから扉を開け、オレクに鍵をかけるよう命じた。


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