第18話:巡回興行

 あたしは馬に乗るのが好きじゃない。お尻が痛くなるし、東方の異民族と違って騎射も苦手。おまけに森林や山岳のような場所では馬の機動性は酷く損なわれるから。


 もう一つ嫌いなことがある。馬はとても賢い。団に入った35年前、まだ人間の団長がいた頃、初めてあたし用の馬を貰った。鹿毛の綺麗な女の子。お父さんとお母さんが殺されて、身寄りのなくなったあたしに、借金取りは家族をくれた。


 あの子は、あたしが夜に泣きながら厩舎に来るとすり寄ってきて、ぶるぶる鼻を鳴らしたり、変な顔をしてみたり、変な鳴き声をあげたりして、それを見て笑うとまた同じようにしてくれた。


 でも、あたしたちは兵士だ。兵士は殺し、殺される物。それに付随する番犬や馬や驢馬もどうなるか、それは決まっていた。ある日、森林を敵の傭兵から逃れるために走った。必死に拍車を掛け走らせた。森を抜けて、雇い主の陣地にたどり着いた時、彼女がどうなっていたかに気が付いた。


 体に何本も矢が刺さっていた。きっと痛かったのに、彼女は死なせない為に、傷つけない為に必死に走った。そして、振り落とさないようにゆっくりと膝をついて息を引き取った。


 あたしは馬が嫌いだ。だから自分で世話をしないし、他の団員が愛馬を持っていても、もう欲しくなかった。


 ……しかし、長距離の移動が必要な任務では馬を使う事は避けられない。そうしてぱから、ぱからと草原を越え、街道を行き、山道を登る。


 ユリウスは騎馬隊の先頭を常歩で揺られながら、その手には地図を持っており、街道の石碑や地形を見ながら自分たちの位置を図っている。


 やがて、山道に入った時、何か騒がしい音を聞いて彼が手を振り上げ、静止を促す。あたしたちは自然とそれに耳を傾ける。――叫び声。人間特有の、争うときの悲鳴と怒号。金属のぶつかり合う音。襲撃、乃至は戦闘。


 何人かは直ぐに馬を駆り出そうとした。


「待て。この道は狭い。山道は崩れる可能性もある。部隊を二つに分ける。ティリオン、君に半数を預ける。この場で街道を封鎖しろ。私は下馬して戦闘を監視し、必要に応じて介入する」


 ――走り出そうとしていた団員たちは馬を降りてユリウスに追従した。道を音の聞える方に進むと戦場は間もなく姿を現した。


 酷い乱戦。武器がぶつかり合う音がする他方で、地面に倒れた人間に対して斧を振り下ろし、顔面を足で踏みつけながら刃を引き抜いてる様子も見てしまった。


 山の傾斜の草むらに身を潜めながら様子をうかがう。誰と誰が戦っているか、敵同士なのか、守るべき市民や助けるべき同門なのか。


「てめえらカスどもに分け与える戦利品はねえ! その首飾りをよこせ!」


「ぶっ殺せ!」


血みどろの闘争をしているのは両方とも賊だった。ユリウスは撃つなと命じながらもクロスボウを手放さない。彼の狙いは簡単にわかる。漁夫の利を狙う。このあまりにも見苦しい生き物が消耗し終わった後に射掛け、ぶっ殺し、生きていたら捕虜にしてお話を聞く簡単な仕事。


……「ひぃ、もう勘弁してくれ。もう嫌だ!」賊の一人が叫んで背を向けていく。


それにつられて劣勢側の盗賊たちは慌てて逃げ出していった。その場に残った方の賊たちは、街道に打ち捨てられた布袋をガサガサと漁り、ある者は土の上に散らばっているきらきら光る物を拾い集め、ある者は殺した相手の指輪を抜き取っている。


 襲うのは今だ。ユリウスが囁く。


「射るぞ。射掛けたらシギを残して突撃する。 君は援護だ」


頷くと、あたしたちは弓を引き絞る。……弓は大好きだった。面白いおもちゃみたいで好きだ。


 三本の矢を番え、弓を横向きに構える。相手の位置に合わせて弦の角度を細かく変えながら、まるでヴァイオリンを繊細に調弦するように、弦の擦れる蚊の鳴き声程の音に耳を傾ける。


 ユリウスの引き金を引く動きに合わせてあたしたちは弓弦を自由にした。鞭が空を切るような音、柔らかな風。そして刹那に聞こえるスコーンという軽い音と、少しだけの悲鳴。あたしは三つのかぼちゃをキレイに射抜いた。一人は兜を付けていないからこめかみから。もう一人はバイザー付きの兜だけど、のぞき穴をつらぬいた。もう一人は首に当たった。


 盗賊たちは七人いて、四人が直ぐに死んで、残りの三人はみんなに袋叩きにされて、そのうちの一人だけ捕虜にした。


「この山猿ども、何のつもりだくそったれ」


激しく抵抗し、汚い言葉でののしってくる。盗賊は殺していいのに。彼らは何も悪くない人から奪い、殺すから。


「お前は捕虜だ。所属と名前を言えば、ノヴゴロドの牢屋までの命を保証してやる」


「所属だ? お前は俺が兵士に見えるのか、山猿どもを率いているお山の大将さんよ」


ユリウスが侮辱されたとき、仲間のエルフが剣の石突でこの汚い男を殴りつける。彼は叫びながら地面に転がり呻く。


「じゃあ質問を変えよう。どこから来て、どこで、何をしているのか」


「う……うぅ、くそったれ。地獄に落ちろクソども。悪魔にケツを掘られてろ!」


捕虜は鼻血を垂らしながら叫ぶ。次の瞬間、また仲間が捕虜を殴りつける。


「こいつを連れて隊に戻るぞ。この畜生どもの戦利品を回収するんだ。金にキレイも汚いもないからな」


あたしたちはすぐに落ちている宝飾品やまだ使えそうな剣や道具を回収して山道の入り口へと戻り、合流した。


 

 捕虜はこの近郊の脱走農奴のミハルという男だとわかった。彼は大木に縛り付けられ、剣の鞘や鞭、そして拳で散々痛めつけられ、体中にあざや傷を残してようやくそれを吐いた。


 この街道で野営するのは危険と判断した一隊は、最寄りの小さな村の郊外にキャンプを用意し、地図を見せながらミハルの本隊の野営地について詰問した。答えれば酔い葡萄酒を飲ませてやり、黙りこくれば棒で殴り、夜明け前に彼は全てを吐いた後冷たくなった。


「シギ、ティリオン、君たちは奴が地図に示した場所を偵察しろ。君たち二人は同志の中でもかなり弓の扱いがうまい。なに、戦えと言うわけではない。規模や装備を把握するだけでいい」


 あたしはすぐにうなずき、レンバスと水、シャシュカと弓矢を持ち、鎖帷子は身につけず、ギャンベゾンにタバード、ケトルハットだけで相棒と一緒に次の興行先へ向かう事にしたの。

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