競馬しようぜ
ラーさん
第1話 田島からの電話
『おう、やっさん、競馬しようぜ』
年末の会社帰りの駅のホームで、そんな学生時代なノリの電話をかけてきたのは、俺の20年来の友人の田島だった。
「なんだよ、めずらしく電話してきたと思ったら急に」
『いや、ひさしぶりにやりたいと思ってさ。そんなら昔みたいにやっさん誘うのも筋かなって思って電話』
大学生の頃は日曜に暇があれば重賞レースだなんだと『競馬しようぜ』の電話一本で田島に呼び出され、競馬場までえっちらおっちら出向いた日々を思い出す。
「あーあー、わかったわかった。行くわ行く。ひさしぶりだかんな」
『オーケー、じゃあ次の日曜な』
「おー、予定空けとくわー」
そう言いながら手帳を開いてスケジュールを見る。12月の第4日曜日。
「お、有馬記念じゃん」
『そうだよ。締めくくろうぜ、今年』
1年最後のG1レース有馬記念。
乗り遅れた電車を見送りながら、俺は少し若返った気持ちで手帳のスケジュールに「有馬」と書き込んだ。
***
中央競馬の最終G1レース有馬記念といえば、開催場所は船橋法典の中山競馬場だったが、田島が俺を呼び出したのは同じ船橋市内の競馬場でも地方競馬の船橋競馬場だった。
「おう、やっさん」
「おう、ひさしぶり」
京成線の船橋競馬場駅で合流し、船橋ららぽーとへの送迎バスに並ぶ人の列を横目にしながら交差点の歩道橋を渡って歩くこと五分くらい。右手にららぽーとなどの大型商業施設が立ち並び、クリスマスのデコレーションで人も建物も賑々しい区画が見えてくる。しかし今日の目的地はこの景色とは対照的な左手側、高い建物もなく冬の晴れ空を遠く見渡せるだだっ広い空間――船橋競馬場である。
「しかし、なんで中山じゃなくてこっち?」
「なんか、コロナの後から入場予約制になっててさ。面倒だし、馬券はこっちでも買えるし、オーロラビジョンで観戦もできる」
「ほう」
「あと空いてる」
「なるほど」
「むしろあのすし詰め避けて有馬とか逆に優雅じゃね?」
「まあなぁ」
そう機嫌よく話す田島は、前より少し瘦せていて、髪も薄くなったかニット帽なんて今まで見たことのないものを被っている。最後に会ったのはコロナ前だったから5年以上は前だったか。
「競馬なんてひさしぶり過ぎて、なに買えばいいかわからんのだが。今年の馬ってなに?」
「安心しろ。そのための競馬新聞だ」
競馬場の入場ゲートを潜りながら、田島がカバンから競馬新聞を取り出す。
「今年の馬つったら去年の有馬の優勝馬で秋の天皇賞、ジャパンカップ連勝のドウデュースが大本命なんだが、故障で出走取消になっちまった。今年の有馬は荒れるぞ」
「どれどれ……オッズが1番人気で2.8倍……なるほど、こりゃ難しいな」
「まあ、とりあえず場所取りだ、場所取り」
そう言われて競馬場の入口デッキへ上がるエスカレーターに乗りながら周囲を見渡すと、それなりの数の人の姿が見受けられた。もちろん大学生のときに行った有馬記念の記憶にある、10万以上の人間が集まった人混みの密度に比べれば全然少ないのだが、それでも有馬記念で今年の競馬を締めくくろうと、馬券もネットで買える時代にわざわざ競馬場にまで足を運んでくる人々のどこか昂揚した雰囲気が伝わってきて、俺も少し浮き立った気分になってくる。
「そうだな。けっこう人いるし、座れる場所は欲しいな。いい歳だし、さすがに地べたに新聞敷きは避けたいわ」
「ははは、昔は気にもしないで通路の脇とかに新聞紙やら段ボールやらでそんな拠点作ってたな」
笑う田島はエスカレーターを降りると前に立って競馬場の入口へ向かう。俺は昔に戻った気分でその背中を追っていった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます