天に舞うは、美しき桜。

にこみそ

第一部 訓練生編

第一話 桜の木の下で交わした約束

「わたしたち、大きくなってもずっと一緒だよ」


 桜の木の下であなたと交わした、遠い日の約束は今でも忘れない。


「そうね。そうなったら、すごく幸せなことね」


 あなたはそう言ってくれた。天使の羽のような美しき白銀の髪をたなびかせながら。


「……あのね、舞桜今日誕生日でしょ? これ……あげる……誕生日……おめでとう」


 それは頭上に舞う桜を模した髪飾り。


「ありがとう、天美ちゃん! 一生大切にするね!」


 手を握る。互いの顔が仄かに色づく。


「また今度も来ようね!」

「ええ、行きましょう。毎日でも」


 それから暫くして、桜は散った。


 ――化物に蹂躙され、紫紺の焔に包まれながら。


 🌸 🌸 🌸


 2035年、日本、某都市――。


 深夜のオフィス街にて。


 白髪をたなびかせた真白院天美(ましろいんあまみ)という高校生くらい少女が一人、ビルディングの屋上という異様な場所に立っていた。

 白い羽織に緋色の袴の巫女装束を纏い、両手には刃が白く輝く美しい日本刀を帯刀した、異様な格好で――。


 相対するは、全身を漆黒で覆い、不気味な赤い眼球が埋め込まれた異形。その異形は十体……二十体と湧き上がっている。明らかに自然界に存在してはいけない化物だ。


 天美は夜空に舞うと、佩いていた刀を抜き出し、化物を切り刻んでいく。

 夜空に幾筋もの剣閃が光る。


 化物は悲鳴を上げる間もなく、光の粒子となって消失した。


「ええ。終わったわ。滞りなく」


 天美は何事も無かったかのように淡々とスマホに耳を当て、誰かと連絡を取る。


 連絡を済ますと、首にかけていたロケットペンダントを手に取る。

 そこには一枚の写真が保管されていた。写っているのは二人の幼い少女。一人は幼少期の自分。もう一人は、桜色の髪をした少女であった。


「そうか。もうそんな季節ね」


 季節は四月。

 『花園』に、またやってくる。戦巫女たちが――。

 

 🌸 🌸 🌸


 ――我が日本国は古の時代より、『魂魔(こんま)』と呼ばれる化物の被害に脅かされていた。

 そんな魂魔の討伐を使命とした、異能を持ちし巫女たちが居た。その名は『戦巫女(いくさみこ)』。彼女たちは日々、魂魔の脅威から世界を護っている。


 東京から中部方面に伸びる新しく敷設された新幹線に揺られること二時間弱、そこから専用のバスに乗り換え更に一時間。

 バスにゆらゆらと揺られていると、若葉舞桜(わかばまお)の眼前に懐かしい風景が広がっていた。


 日光で燦然と輝く山林に、鮮やかに彩る草花、青々と澄み切った清流。“六年ぶり”の景色に舞桜の心は踊っていた。

 この地を離れ、六年の月日が経過した。

 その間、東京で暮らしていた舞桜は、随分と都会に染まってしまったと思う。見上げると首が痛くなるほどの高層ビルディング、人の大群が飛び交うスクランブル交差点、うんざりするほどあるコンビニやスーパー。いつの日か、そんな光景に何の違和感を持たなくなってしまっていた。

 久しぶりに、自然の風景を目の当たりにして彼女は確信する。ああ、やはり自分の居場所はここなのだなって。


「ただいま」


 舞桜は自分自身の魂に呼びかかるように、そう口ずさんだ。

 やがて神社が姿を見せた。巨大な境内に長い歴史を感じる荘厳な拝殿が建立されている由緒正しき神社のようだ。

 そんな神社を横目に見ながら、バスは更に進んでいく。舗装されていない山道を、車体をくねらせながら走っていく。

 バスはトンネルに入る。時が止まったように外が真っ暗になる。舞桜は車窓に映る自分の姿を確認する。


 肩口まで伸びる鮮やかなピンク色の髪を、大切な人に貰った桜の髪留めで後ろに垂らしている。

 十五歳になったが、ややあどけなさが残る顔立ちは彼女のちょっとしたコンプレックス。赤いリボンが結ばれた白いセーラー服に、赤いロングスカートを身に纏う。巫女装束に似たこの制服は彼女のお気に入りだ。


 長いトンネルを抜けると、そこは異世界が広がっていた。

 屋敷や楼閣などの古式の建築群が連なり、清らかな水が張られた池や、色とりどりの草花が咲き誇る庭園が広がっている。まるで中世の日本にタイムスリップしたような景色が広がっていた。


「ここが『花園(はなぞの)』……! なんだかタノワクな気分……!」


 舞桜たちを乗せたバスは、花園に到着した。

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