第2話 BROKEN 

   *


メイド・コアがヘッドホンの中で鳴り響けば、高峰仁に安らぎが訪れる。自然音は聴かない。ただ、轟音のように鳴り響く、空間的なエレキギターの音を聴くのが、高峰にとって大事なことだった。


『ああ、俺はどうすればええんや。俺は』


それが彼の口癖だった。どうするもなにも、ただ今を過ごせばいいのだけれど、それが一番、彼にとって難しいことだった。そして『──ああ、俺は死ねばええんや、死ななあかん』いつもその結論に達するのだった。しかし、その結論に至った後が、問題だった。『──死ななあかん』その思考が、袋小路のように反芻されるのであった。


『ああ、俺の脳ミソは、壊れたラジオや。永遠に三つの言葉を繰り返す』


『害・悪・死、や。俺はどないすれば、この永遠から逃げられる言うんやろう』


 延々と繰り返すプレイリストは、Chikoi The Maid の楽曲を流し続けていた。苦しみから産まれたかのような、苦しみの音楽。それが、彼を現世に繋ぎ止める手段だった。いや、それも正しくはない。メイド・コアが彼を繋ぎ止めていたのは、彼の憂鬱そのものだった。彼にとって、憂鬱を手放さないということが、生存するということだった。


   ⁑


彼は夏まで、なんとか生きることができた。延々と繰り返す自罰と共に。彼は夏の間だけ、ヘッドホンを外すことができた。それは蝉─きらきら町ではアブラゼミが多い─が、ハードロックのように絶えることなく鳴いていたからである。


『俺の言葉を、誰かひろってくれ、いいかげん』


 彼は蝉の音につつまれると、世界と自分の境界がなくなってしまうような感覚を覚える。それがゆえに、あまりにも大げさな要望を、世界に(世界とは、だれか?)に要求することもあった。彼は目を閉じる。ジーン! ジーン! 蝉の音が水のように、この世に満ちているような気がする。彼は、一週間しか外界にいられない蝉のことを考え始める。


『俺の命、蝉の命。どっちがおもろいんやろ。どっちが』

『俺は音楽を聴くばかりや。俺の言葉はうまいこと脳ミソから出て行ってくれへん。蝉は、言いたいこと全部音楽にしてまうからすぐ死ぬんやろか。せやったら、俺は……』


 長生きするんやろか。縁起でもないこと言わんとってな。そう高峰は思い至って、首を横に振る。『もうええわ』彼はヘッドホンを付けてメイド・コアを流す。蝉の声と混じってとんでもなく吐き気をもよおす音楽が完成する。


『クソっ、ええわ。むしろいっそキモチエエわ』


彼は逃げ水ができるくらい熱いアスファルトの上を、よろよろと歩いていく。


   ⁂


冬が来た。蝉は全員死んだ。高峰は雪の中に立って行った。『寒む……』彼はそう言いながら自販機のボタンを押した。『ピ』と音がして、ココアが出てきた。これはずっと前からそうだが、彼は自分の中の声に慣れ切っていた。袋小路の自罰の言葉が、とめどなく出てくることにも慣れ切っていた。だが、その言葉のもつ感情にだけは、慣れることは無かった。


『俺は、俺はいつ救われる言うんですか、神様……』


 高峰は泣いた。


   ⁑⁑


 メイド・コアがヘッドホンの中で鳴り響けば、高峰仁に安らぎが訪れる。自然音は聴かない。ただ、轟音のように鳴り響く、空間的なエレキギターの音を聴くのが、高峰にとって大事なことだった。彼はいつ、この破滅的な言葉を、そとに吐き出すことができるのでしょうか。そんなこと、彼がいちばん知りたいことで、そして知りえないことだった。


『ああ、俺にとって美しいものは全部仮想や。全部嘘なんや』


俺ばっかりが正しいばかりで。高峰はそう言葉を継ごうとして、みっともないことだと思いなして、やめた。そうして呑み込んだ言葉たちが、彼のたましいの中に、今日もごろごろと沈んでいる。

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