36話

 「こほん。それで、コルディニアの成果はどうだったんだ?」

 「あ、はい! 各領地に行って探したんですけど、ミラーナさん程の使い手はなかなか見つからなくて……」


 兄の咳払いを聞いて我に返ったらしいコルディニアが慌てて答える。やはり、そうかと兄が小さく息を吐く。

 コルディニアが婚約破棄に向けて動いてくれていたのは助かるが、このままでは皇帝の思うままだ。

 その時だった。


 「皆様、お疲れでしょうから甘いものはいかがですか? 焼き菓子が出来立てですよ」


 メイドの一人がスコーンやマフィンの入ったお皿をコルディニアの前に置く。


 「わぁ、ありがとうございます! いただきますね!」


 スコーンを取って美味しそうに食べるコルディニアの姿を見れば、ラビルも食欲が刺激されて、手を伸ばそうとした矢先にビリアスがメイドの腕を掴んだのが見えた。


 「……待て。おまえは誰だ?」

 「え?」


 突然始まった不穏な空気に動揺していると、メイドは舌打ちと同時に素早く掴まれていない方の腕に隠し持っていた薬のような物を口に含む。


 「クソ! 飲ませるな!!」


 異変に気付いたアニモもビリアスと一緒にメイドを取り押さえようとするが、メイドの動きの方が早く既に薬を飲んで絶命したのを見ると、彼女は猛毒を飲んだようだ。一瞬で起きた出来事があまりにも凄まじく困惑していると、うぅと苦しげな声に振り向くとコルディニアの顔色が青白くなっていた。


 「まずい! アニモ、早く医者……いや、ミラーナに連絡を!」

 「コルディ! しっかりして!!」


 そのままソファに横たえさせたがコルディニアの顔色はどんどん青白くなっていく。


 「お、お兄ちゃん! 毒なら一度吐き出させた方が良いんじゃ」

 「いや、今の状況で無理に動かした方が危険な可能性もある。それにこの即効性はかなりの猛毒だ。解毒剤を待っていたら確実に手遅れになる。だから、ミラーナを待つしかない」

 「そんな……!」


 目の前で顔色が悪化していくコルディニアを前にラビルは罪悪感に包まれた。


 (わたしがうちに呼ばなければ、こんな目に遭わなかったかもしれないのに……わたしのせいだ……!)


 コルディニアの震えている冷たい手をぎゅっとラビルが強く握ると、弱い力で返される。


 「だい、じょぶ、です……らび、るさま……。ぼくは、……これも、考えていたんです……」

 「え……?」

 

 青白い顔のまま、息も絶え絶えになりながらもコルディニアは続ける。


 「もし……ミラーナさんのような、方が見つからなかったら……ぼくが、居なくなれば、いいのかなって……うっ!」

 「コルディ! バカ! そんなのダメに決まってるでしょ!?」

 「そうだ。おまえが命を捨てる必要なんてない。待っていろ、俺がミラーナを連れてすぐに戻る。ラビル、ついてやってくれ」

 「分かった。早く戻ってきてね、お兄ちゃん」

 「あぁ、任せておけ」


 ビリアスが部屋を出る前にアニモは急いでメイドの正体を調べろと兄に告げられたので部屋を出て行き、その後に慌ただしく使用人達が数人来てメイドは運ばれていった。

 そして、静かな室内に残ったのはわたしとコルディニアだけになった。


 「え、へへ……ビリアスさまに、しんぱい、してもらえた……」

 「もう、バカ……! こんな時にまで喜んでる場合じゃないでしょ!」


 叱咤されても青白い顔のまま、コルディニアは嬉しそうに笑っていた。


 「ぼく、王太子、だけど……なにも、なかったんです……」

 「なにも、なかったって……?」

 「ぼくはただ、……目の色が、王家の特徴なだけで……後継者の皆様、みたいな……才能はなにもなくて……だから、憧れなんです……」

 

 苦しげな呼吸と共に吐き出される言葉に胸が締め付けられる。

 王太子殿下という高い地位に居ながら、何の才能もないと父親である皇帝陛下に言われて育った自分には価値が無いと言う姿を見て熱いものが込み上げてくる。

 わたしには前世も今世も親は居なかったけど、唯一の家族である兄はいつも優しくしてくれていた。だから、コルディニアにもそういう人が居て欲しい。


 「コルディはさっき、僕には何もないって言ってたけどそんなの嘘だよ。だって、コルディは優しいじゃない」

 「ぼくが、やさしい……?」

 「うん。だって、いくら憧れてるとはいえ人の為に自分の命なんて差し出せないよ。それに……さっき、私の事を庇ってくれたじゃない」

 「それは……ほんとうの、ことを言っただけ、ですから……」


 そう、彼は自分の命が危険だというのに屋敷に招待して毒を飲んでしまうきっかけを与えてしまったラビルを責めるどころか、庇ってくれたのだ。きっとラビルが責任を感じて苦しまないようにと配慮したのだろう。

 コルディニアは王太子として自分は相応しくないと言っていたが、その優しさがあれば国民を大事にしてくれる良き皇帝になってくれるに違いない。だから、今ここでコルディニアを失う訳にはいかない。

 早く兄がミラーナを連れて戻ってくれる事を祈るばかりだが、その間もコルディニアの顔色は悪化していくばかりだった。

 顔の冷や汗がすごくアニモの置いて行ったタオルでラビルはただただ、懸命に拭き続けた。


 「……ぐっ! ……ごめ、んなさ……もう、息が……」

 「コルディ! ダメだよ、しっかりして!」


 辛うじて弱い力で握り返してくれていた力が抜けて,苦しげだった呼吸が今にももう途切れそうなのを見てラビルは必死に叫ぶ。


 「ごめ、……なさ……」

 「だ、……ダメだよ! 絶対にダメ!!!!」


 ラビルの涙の粒が、コルディニアの手に落ちる。

 その瞬間、眩い光が包み込む。

 あまりの輝きにラビルは目を開けていられず、咄嗟に瞳を閉じた。

 そして、次の瞬間ーー


 「…………あれ? 僕……生きてます…………?」

 「こ、コルディ!?」


 先ほどとは打って変わって、顔色の良くなったコルディニアの姿があった。

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