20話

 「挨拶も済んだし、次は食事だな! 我が家門お抱えのシェフ達に腕を振るわせた気合いの品々だ。是非、堪能してくれ」


 アーシックの言葉を皮切りにそれぞれ、食器に手を伸ばして食事を進めていく。しかし、わたしは中々動けずにいた。

 というのも、主菜はもちろん副菜や汁物とデザートまで(この国での表現が分からないので前世に例えるなら)和洋中の様々な料理が隙間なく並んでいて、料理にまで圧巻される始末。


 「……ん? どうした、食が進んでないみたいだが? 他の物が良いならすぐに用意させるが」

 「え!? い、いえいえ! 今の食事でもう十分すぎるほどです! いただきます!!」


 食事に手を付けていないわたしの様子に気付いたらしいアーシックが、何を勘違いしたのか今でも十分に美味しそうな料理があるのに追加で用意しようとするのを慌てて拒否する。


 (いただきますとは言ったけど、この量……食べられるかなぁ……)


 前世の記憶が戻って以降、食事を残す事に罪悪感が芽生えて完食するようにしていたのだが、成人男性数人分はありそうな料理を前に気が遠くなる。

 しかし、残すのは気が引ける。

 そこでわたしは考える。


 (よし! もう何も考えずにひたすら食べよう!)


 前世も今世も優秀すぎる兄とは違って、頭の出来が残念なわたしは当たって砕けろならぬ、食べて砕けろ作戦を決行する事にした。別名ヤケクソとも言う。


 ほんの少し前まで何も手に付けなかったわたしが急に勢いよく、食事を食べだすと隣の席のフェイズが笑い声を上げる。


 「アハハハッ! ちょっとちょっと、そんな豪快に食べる淑女なんて、あなた以外に居ないわよ!」

 「えっ」


 フェイズの指摘に今世のわたしは一応、伯爵の家門でそれなりの名門に入る部類の淑女である事を思い出す。どう返答すべきか悩んでいると、スッとフェイズの長くて細い指が頬に伸びてくる。


 「え、え!?」


 突然の行動に動揺していると、フェイズの指にはレタスの切れ端が付いていた。


 「慌てて食べるから付いてたわよ。食べ物は逃げないから、落ち着いて食事なさい?」

 「は、はい……」


 ぱちっと魅惑のフェイズ必殺ウィンク(今命名した)を正面から直撃したわたしは返事をするのが限界だった。

 

 (お、恐るべし! 美人イケメン!!)


 こんな調子で食事会の最後までわたしの心臓保つかなぁと、一抹の不安が過ぎるラビルだった。




 ◇ ◇ ◇


 「……心配だ」


 服こそ寝間着のままだが、どうしても仕事で気に掛かる事があると心配する使用人達に無理を通して、執務室で書類を処理していたビリアスがぽつりと漏らす。


 「私はお風邪を引かれてもなお、仕事をなされるビリアス様の方が心配です」


 そんなビリアスの呟きにさらっと返すのは、執事のディセル。

 身寄りの無かったディセルを亡き前シュデリウス夫妻が引き取り、幼いうちから本人の希望で執事として働いていたので、まだ三十路前にして貫禄があった。

 基本的に誰に対しても堂々とするビリアスだが、ディセルは産まれた瞬間まで知られている気恥ずかしさやら諸々があり、言いくるめられてしまう事も多い。

 

 「あぁ、こんなにも主人を心配しているというのに、こんないたいけな執事の声を無視して執務を続けるなんて酷いお方だ!」

 「誰がいたいけだ……まったく。分かったよ、この書類だけ見たらまたひと眠りする」

 「分かって頂けて何よりです」


 ビリアスの回答ににっこりと笑うディセル。下手な演技を見せられて呆れはしたが、ディセルが心配してくれているのも事実だ。彼が執事としての一般業務を終えた後、深夜から早朝まで静かにビリアスの部屋に入っては様子を見て問題ないと出ていっていたのには気付いていた。眼鏡で微妙に見えにくいが、うっすらとクマがある事も。

 書類の確認も終わり、席を立った時だった。扉がノックされる。


 「ビリアス様、お客様がいらっしゃっています」


 メイドの声が聞こえる。


 「ビリアス様は療養中だ。お帰り頂きなさい」

 「そ、そうなんですが、その」


 ディセルの返答に煮え切らない声のメイドが、恐る恐ると続ける。


 「いらっしゃったのはミラーナ・シラセフ様なんです」

 「分かった。支度してすぐに行く」

 「ビリアス様!?」


 驚いた顔でビリアスを見るディセルには目もくれず、ビリアスはクローゼットから服を取り出す。それに気付いたディセルは何か言いたそうにしつつも、黙って支度を手伝う。


 普段のビリアスなら事前の連絡もなく来るような無礼者は門前払いをする。

 しかし、ビリアス本人も分からないがミラーナには会わないといけない気がしたのだ。ビリアス本人は会話を交わした事がないが、先日、妹が彼女をお茶会に招待をしていたのは知っている。

 控えめに言って友達の少ない方であるラビルが急にお茶会を開くだけでなく、招待したい女性が居ると言った時は驚いたものだ。理由は分からないが、せっかく妹が前向きに動いている。それを唯一の兄であるがビリアスが応援しないなんて有り得ない。故に反対はしなかったが内心では不安で一杯だった。

 それというのもミラーナと関わりはなかったが、社交界で変わり者だという噂は耳にした事があったからだ。しかし所詮は噂だと相手にしていなかったが、妹と関わるとなると別で、当日のお茶会は参加こそしないが念の為に予定を変更して、なんとか自宅に居られるように仕事を調整した。

 でもビリアスのそんな心配はまったくの杞憂で、ラビルはミラーナと楽しい時間を過ごしたようでまたお茶会に招待したいと言うので、否定する理由もなかったので承諾したら子供のような笑顔で喜んでいた。

 子供の頃から、たまに空虚なような雰囲気を感じさせて心配な時があったが最近のラビルにそれは全く感じない。まるで抜けていたナニかがぴたりとハマったかのような、不思議な感覚だった。

 ともあれ理由は分からないが、ミラーナとの出会いがラビルに良い風を運んでくれたのかもしれない。

 そんな妹の恩人を無碍に扱うなどシュデリウス当主としてあってはならない、といまだ心配そうにビリアスを見つめているディセルに言えば渋々と頷いてくれた。

 ディセルには建前上、そう伝えたがビリアス自身もミラーナに少し興味があった。

 以前は一切、関心も無かったはずなのに今はまだ気怠い体を無視してでも会ってみたいと思った。


 (俺もラビルに影響されたのかもな)


 ビリアスは足取りが軽くなっている事には気付かず、ミラーナの待つ部屋へ向かうのだった。

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