第2話「キスを回避したいけど奴隷にもなりたくね」



 六月五日


 席替え。漸くぼっち憧れの最後尾窓際席を手に入れるも、隣の席がよりにもよって委員長となった……。ゲーム隠れてできないじゃん。

 そんなある日、放課後になり教室で帰り支度していると——


「井伊あんたまた授業中寝ていたでしょ」

「うるさいな」

「うるさいなってなによ。あんたの為に言っているんでしょ?」

「委員長は俺のおかんか? 余計なお世話だ」


 この猫目系美少女、怒った顔も無駄に可愛いから困る。


「寝言いうな。あんたみたいな息子は持ちたくもないわよ」

「さいですか。それよりまだキス続けるのか? 自分から提案して何だが乗り気じゃない」

「毎日毎日執拗い。一度決めたら最後までやるの。私は嘘を付かない。期末試験まではこの地獄に耐えるわよ」

「この強情者。はぁ……なら今日は難易度高いところにしてもらおうかな〜」

「なんですって?」


 委員長との罰ゲームはまだ継続中。

 十七日経過するも今の所キスは手のみ。(日曜分は月曜にする)常習化しているもまだ慣れてない。腕を握られる度にどぎまぎしていた。

 こんな無意味、早く諦めるように仕向けるも相変わらず首を立てへは振らない。ならばわざと嫌がらせをして自主的にギブアップへ仕向けるしか手がないのだ。

 

「いつもの手は飽きたから足なんてどうよ?」

「へへへ、変態!」

「嫌なら罰ゲームはなしだ。もう俺に話しかけるな」

「やるわよ。やればいいんでしょ」


 靴下を脱ぎ委員長へ差し出す。


 足に美少女の息が掛かる。とてもくすぐったい。

 臭いとか屈辱的だとか文句たらたら呟きながらもミッションをクリア。意地っ張りも大概にしてほしいものだ。

 この人気者に足へと口付けさせる背徳感はなんとも言えないが、俺にも言葉によるダメージがあるからもう止そう。


 六月二十二日


 今日は生徒会主導で大きな公園のドブさらい。風紀委員と美化委員も兼任してる委員長からボランティアとして強制労働させられる。

 梅雨の影響で池が溢れることがあるから、こうして頻繁にゴミを回収しているのだ。


「納得いかん。どうして日曜日に無関係の俺がこんな汚れ仕事しなければならないんだよ。怠惰に過ごすのが俺のアイデンティティなんだぞ」

「はいはい。口より手を動かす。人手足りなかったんだから文句禁止でーす。男なんだからか弱い女の子にやらせるわけ無いわよね? 聞き分け悪いと足に無理矢理キスさせたことクラスで言いふらすわよ」


 なんてやつだ。

 風紀委員の仕事は文字通り風紀の乱れを正すのが仕事。美化委員の領分も兼ねているので何かと大変。それは分かるが俺を巻き込むな。

 アリゲーターガーやワニガメはかじられたら洒落にならないぞ。


「何処がか弱いんだよ。学年上位のスポーツ万能ゴリラ」

「はぁ? 美少女捕まえてゴリラはないでしょ? スレンダーのナイスバディ捕まえてさ。それより今日のキスするよ」


 日課である手の甲へキスする。——っておい、まだ洗ってねえぞ。情調もロマンスもない。


「うえええ、ドブの味がするよ……」

「ばーか、自業自得だ」


 ある程度終わりの目処をつけると、一人の女子がバランス崩し沼へ落ちる。


 すぐさま委員長はかっこよく飛び込み救助。そこまでは良かったが、本人も泳げなかったんじゃないか? 他の生徒達はそのことに気づかず現場から立ち去る。


「早く上がってこい! 委員長泳げないんだろ⁉」


 対して委員長は勝ち誇った態度で、「ふははは、私に不可能なことはな————ブクブク」そのまま沈む。

 

 慌てて俺は躊躇なく飛び込み委員長を救助した。

 でも、お礼どころが早く助けなさいよとか陰キャラとか日和見主義とか散々罵詈雑言吐かれる。割に合わねー。

 帰り際、不意に泥だらけの頬へキス。え? さっきやらなかったっけ?


 七月七日


 土砂降りの雨。傘を忘れ玄関前で途方に暮れる。

 七夕用に外へ飾られている笹も全滅。短冊も落ちてぐちょぐちょになっていた。

 傘置き場にある物を勝手に拝借するのもなんだし、濡れる覚悟を決めるか。委員長に見つかる前に——


「あらら、傘忘れてきたの?」

「くっ委員長……」


 日課の約束すっぽかして下校しようとしたが拿捕された。


「相変わらずズボラよね。天気予報ぐらいチェックしなさいよ。私から逃げられるわけないじゃない。ばーか」

「うるさいな。こんなのダッシュで帰ればなんとかなる」

「あんた怪我の後遺症でまともに走れないでしょ。ふふん、ならさ良かったら私の傘で一緒に帰る?」

「くっ、何が目的だ。ノルマのキスならしなくていいぞ」

「それじゃ駄目。そうだ……今日はあんたが私にキスしなさい——待て待て、無言で帰ろうとすんな!」

「苦しいから馬鹿力で襟つかむな熊さん」

「誰がテディベアやねん!」


 言ってねー。


「とにかくキスは拒否する。陰キャラぼっちには難易度が高すぎる」

「ふーん。散々私はしたのにあんたは拒絶するんだ? キス」

「すまん。覚悟がまだ出来ない」


 委員長はイジワルそうに微笑む。とはいえ自分が撒いた結果だから言い返せなかった。まだこの土砂降りの中ダッシュして帰宅した方がマシ。


「なら腹をくくるまで待つよ」

「この悪魔め……詰んだなこりゃ」

「ふふふ、でも早くしてね。玄関先じゃ私も濡れるからさ。井伊のせいで一緒に風邪ひいたら教室内で余計な憶測が生まれるでしょ」


 最悪クラスの男共にシメられる。それでなくても俺以外誰にでも優しい委員長はモテない野郎共のオアシス。信者が多いんだ。デマでも校内でひと騒動が起きるレベル。


「仕方ないか。いつもしてくれているからな」

「よろしい。交渉成立なり」


 俺は格好つけてお姫様へ騎士のように傅き細い手の甲へ接吻した。

 委員長へ感想聞くと、きしょいの一言で終わる。でも折角の相合傘はいつの間にか雨がやみご破算。

 夕陽が紅く委員長を照らしていた。やっぱ私も短冊に願い事を書こうかなっと呟く。


 七月一四日


 期末試験結果発表。


「また上がっている……」

「どんなもんだよ。委員長の奴隷になんてなりたくないからな」


 写メで撮った順位表を委員長は横から覗き込む。それより最近、こいつの距離が近い気もするけど気のせいかな?

 可愛いアクビや呼吸音を聴くのも慣れてきた。


「まじムカつくわ。しばいていい?」

「——というかもう止めね? 俺は委員長の命令聞く気ないけど、キス強要する気もないんだ。ならさ、ここが鉾の納どころじゃないか? な?」

「いやだ。絶対やめない。あんたを真人間にすることが私の野望なのよ」


 そんな俺が不幸にしかならない野望は捨てなさい。


「でもさ、もう夏休みだからどのみちできないじゃん。二学期までお預けってことで……いいよな」

「は? 毎日合うに決まっているじゃん。あんたやっぱバカ? LINE教えておいてよ。連絡先ゲロしないと家に押し掛ける最終手段を執行するわよ」

「え? 嫌だよ。委員長横暴すぎるわ」

「委員長の特権でーす。井伊に拒否権ありませーん」

「まじか……」


 世の中に絶望して頭を抱える俺。

 こうしてゲーム三昧を予定していた俺の貴重なぼっちサマーバケーションもポジティブ&リア充『島津成明』(しまづなりあきら)こと委員長に介入されたのだった……。

 

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