第2話―報復の男たち

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 六月。梅雨が明け、夏の近付くころ。その割に妙に冷たい風が吹いた。

「どこに行くんだ」

 そう聞くと、彼女は端末を取り出して時間を確認する。

「まだもう少しありそうだ……」

「?」

「なんでもないよ」

 駅前。俺達と同じような学生やら、定時上がりらしいサラリーマンやらが行き交っている。何故だが知らないが未神と共に歩いていた。

「あれ、見て」

「?」

 彼女が指したのは看板を貼り替えしている建物。

「あそこは小暮内科クリニック……要するに医者だったんだけど」

「ああ」

「ぼくのせいで店仕舞いするんだ」

 確かにロスブラ以降、人類は怪我も病気もしなくなったわけで。医者は客がいなくなる。廃業するしか無いだろう

「あとは、あれ。葬場」

「確かにそれも要らんな」

「そして……あれもだね」

「? なんだ、あの建物」

「NPO。この辺で炊き出しとかやったりしてたんだ」

 確かに飯食わなくても死なないもんな。

「今後は衣服や衛生用品の支給が主な活動になるらしい」

「……なぁ、流石にそれくらい俺だって分かるぞ。毎日そんなニュースがやってるだろ」

 ロストブラッドの影響……なんてニュースが各メディアで延々と流れていた。医者や坊さんや福祉団体に色んな影響が出るってな話だ。世界中が大混乱を起こしていた。この国も通常六月のどこかで終わる通常国会の後、そのまま臨時会が開かれ国会が続くらしい。土曜日も休みじゃなくなったとか。特に世間に興味のある方では無いが嫌でも目に入る。

「まあまあ。自分の目で見るってのも中々大事だよ?」

「つったって、医者の夜逃げを見かけたぐらいだろ」

 ほんとに夜逃げかは知らないが。

「ううん。これから、もっとすごいものを見ることになる」

「ん?」

「……そろそろ、頃合じゃないかな」

 彼女がそう呟いた瞬間。爆炎が辺りを包んだ。


「うわぁあああァァアアアッ!」

 何だ、何が起こった。……爆発、そうだ。爆発だ。

「未神!」

 叫ぶ。が、隣にいたはずの未神はいない。

「未神ぃッ!」

 どこだ、今の爆発に巻き込まれたんじゃ……

「!」

 その刹那、もう一度爆発が起こった。大きく吹き飛んで、どこかの建物に叩きつけられる。

「ぐ……あぁ……」

 痛い。死も怪我も無い世界なのに、確かに全身が痛い。

 辺りを見渡す。必死に逃げようとする者、服を黒焦げにして倒れている者、火達磨になって叫んでいる者。そして火の海と化した街。

「どうなってやがる……」

 どっかの事故か、或いはテロか。分からない。

「は、はははは、ふははははははははははははッ!!!!」

 炎の中心から声が聞こえた。ある程度年の行った……おっさんの声。

「お前らが……お前らがいけないんだぞ」

 恐怖に泣くわけでも、痛みに嗚咽するわけでもなく。そいつはただ一人笑っている。見れば見るほど普通の姿をした、太った男。地獄の様な炎の中を、ゆっくりと歩いていた。

「俺を無視するやつは……救わないやつはぁ、みんな消し炭だぁ!」

 奴が手に持っていたライターを点けた。突如更に吹き上がった火焔が奴を包む。

「な、なんだ……」

 それはただの火じゃなく、意思を持つかのように……憎しみを抱いているかのように蠢いて、やがて解き放たれた。熱風がこちらまで届く。

「!」

 火焔の中心にあったのは、先までの男ではない。

 化物。人と呼ぶにはあまりに異形の何か。強いて言うならそれは、「敵」と形容できるものだった。

「ほらほら、暖かいだろぉッ!?」

 再び炎がほとばしり、辺りを焼いた。

「いやぁッ!」

 また誰かが火に覆われて叫んでいる。

「くそ……」

 せめて、未神だけでも。どこにいる……? 逃げたのか、それともあいつもこの火に巻き込まれてしまったのか。なんでこんなことが起こっているのかは知らない。けどとにかく、自分と知り合いくらいは助かりたい。

 お前、何か変な力持ってるんじゃねぇのかよ。あいつどうにかしろよ。

「……?」

 サイレンが聞こえる。通りがかったパトカーのようだった。中から警察官が出てくる。

「お、おい! そこの! 止まりなさい!」

 異形と言えど二本の足で立つそれを人と認識したのか、警察は化物に拳銃を向けてそう叫んだ。足は震え、情けない拳銃が右往左往している。

「おやおや、公務員さんじゃないですかぁ」

 化物が警察へ歩んでいく。

「と、止まれ! 撃つぞ!」

「酷いなぁ……俺が何したって言うんですか……」

「止まれぇ!」

 空砲が鳴り響く。

 実弾が放たれる前に化物は走り寄って、警察官の首を掴んだ。

「あ、ぐぇ……」

「納税者に銃を撃つなんて……」

 化物の体から炎が噴き出す。警察官が焼かれていく。

「謝れよぉッ!」

 それをパトカーに投げつける。また爆発が起こった。ああ、もうだめだ。みんなやられるんだ。

「げほっ」

 息が苦しくなる。一酸化炭素だろうか。これだけ燃えてるんだ、おかしくもない。意識も薄れていく。

「あぁ…………」


 ―――――――――――――――――――――


「聞こえる?」

 どこか、よく分からない場所。光の溢れる場所。声が聞こえる。

「……未神?」

 純白の天使がそこにいた。

「うん」

「お前、無事だったのか」

「まぁね」

「なら俺も助けろよ」

「うん。助けてあげる」

「はぁ?」

「きみを救ってあげる。解放してあげる」

 未神が差し出した手のひらに一枚、羽が乗っている。煌めきを放って、姿を変えた。

「銃……?」

 何やら装飾の為された、ファンタジックな銃がそこにあった。

「何だよ、これ」

才能ちから

「あぁ?」

「きみは、才能が欲しいんでしょ」

「何だよ、急に」

「自分が才能の無い、意味の無い人間だと絶望したから。あの日きみは死のうとしたんだ」

「…………」

「幾ら死ななくなったって、死にたいままじゃ意味が無い。だからきみにこの才能ちからをあげよう。暴れてるあいつを止めるんだ」

「……あの化物を止められるのはいいが。俺が欲しいのは、別に戦う才能じゃ」

「……ごめんね。ぼくにはきみが本当に欲しいものをあげられない。こんな代わりのものしかあげられないけど。

 それでも、普通じゃなくなる。特別になれる」

「…………」

 確かにあの日、俺が死のうとしたのは自分が無才だって気付いたからだ。

 今まで心のどこかで笑ってた、これといった取り柄も無く日常を生きる普通の人々と何ら変わりないと気付いたからだ。

「さぁ時間だ。今からきみはモブじゃなくなる。特別な、ただ一人だけの……」

 ヒーロー。


 ―――――――――――――――――――――


 目を覚ます。化物は未だに炎を放ちながら暴れていた。

「未神。これで奴を撃てばいいのか?」

『違うよ』

「じゃあどうすればいい」

『さっき、あいつはどうやって変身した? 炎で自分の体を焼いたでしょ?』

「……まさか」

『うん。その銃で自分の頭を撃ち抜くんだ。

 自らを殺すことで……死によって、きみたちは変身する。力を得る』

「……趣味が悪いな」

 立ち上がる。歩く。

「ん?」

 炎の向こう、陽炎に揺れる化物がこちらへ振り向く。銃の安全装置を外した。

「何だ、お前……?」

「暑苦しいのは嫌いなんだ」

 こちらへ火焔を放ってくる。銃口をこめかみに当てた。引き金を引く。


「なんだぁ……?」

 炎を振り払う。人のそれでない、自身の腕が目に映った。…………変身したのだ。ヤツと同じ、異形の化物に。

『これより思春期同好会は作戦を発動する。作戦名に希望は?』

「オペレーション・ファイアマン…………悪いな。才能ちから試しに付き合ってもらう」

 駆ける。自らの躯体が自らでないような、異様な感覚。瞬きをするほどの間隙に奴の懐に飛び込み、腹に一撃叩き込んだ。

「が……」

「なるほど……」

 左の拳を顎へ振りあげ、空を仰いだ顔面へ踵を下ろした。異形が更にその表情を歪める。

「なんなんだよ、なんなんだよぉおおおおぉお!」

 起きあがった奴が拳を地面に叩きつけると、その周囲が大きく爆ぜた。跳び上がりそれを回避し、近くのビルの壁面を蹴る。

「……っ」

 反動でやつの胸ぐらへ蹴りを叩き込む。大きく吹き飛んで、地へ這った。

「はぁ、はぁ……なんなんだよ、お前」

「?」

「どうして俺に気持ちよく報復させないんだよォッ!」

「報復なら、俺がしている」

 奴に詰め寄り、首を掴んだ。両の腕でそれを締める。

「ぉ……んぎ……」

「俺に才能を寄越さなかった世界への報復」

「そ……れは……俺に関係ない、だろ……」

「ああ。お前と同じだ」

 何かが砕ける音がして、奴の首から赤い液体が噴き出した。

 もがいていた奴の手足がだらりと垂れる。手を離すと死んだようにその場に倒れた。

「…………」

 化物が、人の姿に戻っていく。傷一つ無かった。

「お疲れ様」

 背後から声。

「……未神」

「助けるか迷ったけど。必要無かったみたいだね」

「ああ……」

「おめでとう。もうきみは、主人公だ」

「……はは」

 何がなんやら分からない。けれど何かその一言は俺の人生を変えるような、そんな気がした。

「名前は……そうだね。死を殺す者キリングデッド。どう?」

「いいんじゃないか。B級臭くて」

「ふふ。今の自分の姿、見たい?」

 答えあぐねていると、鏡をこちらに向けた。そこにいたのはさっき街を焼いていたのとそう変わらぬ化物。そりゃそうだ。化物を殺すのは化物だろう。顔を濡らしていた赤い血を拭う。元の情けない学生の顔に戻っていた。

「……っ」

 限界なのか、体が倒れる。意識が遠のく。

「おやすみなさい」

「…………」

「ぼくが綴ろう。きみの物語を」

 声が聞こえた。なんと言っていたかまでは分からない。多分笑っていたと思う。

 けれど、物語は確かに始まった。それだけは確信していた。

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