第5話 手紙に書かれた運命の分岐点

 週末、美咲は久しぶりにカフェで一人の時間を過ごしていた。


 蓮と少しずつ距離が縮まってきたことで、彼との時間が楽しくて仕方なかった。


 けれど——。


 ポストに届いた未来の自分からの新しい手紙は、そんな彼女に衝撃を与えた。


 「このままでは、彼とはすれ違ってしまう。」


 思わず息をのむ。


 未来の自分が、そんな言葉を送ってくるなんて——。


 (どういうこと……?)


 手紙を読み進めると、さらなる警告が書かれていた。


 「蓮には、大きな決断のタイミングが迫っている。もしあなたが何もしなければ、彼は別の道を選び、あなたとはすれ違うことになるでしょう。」


 「でも、もしあなたが勇気を出せば——未来は変わる。」


 心臓が早鐘のように鳴る。


 (蓮さんが、私から遠ざかる……?)


 今まで、自分から誰かの運命を左右するようなことなんて考えたことがなかった。


 けれど、未来の自分ははっきりと「勇気を出せ」と言っている。




 それから数日間、美咲は考え続けた。


 手紙に書かれた「蓮の決断」とは何なのか?

 それは彼の仕事のこと? それとも——。


 考えれば考えるほど、不安が募っていく。


 (もし本当に、彼が遠くへ行ってしまったら……)


 最近の会話を思い返す。


 「いつかイタリアに行きたい。」


 蓮はそんなことを言っていた。


 あれは単なる夢の話だと思っていたけれど——まさか、本当に海外へ行く決断をしようとしている?


 美咲の胸の奥が、きゅっと痛んだ。


 (今までみたいに、ただ傍で見ているだけでいいの?)


 少し前の美咲なら、「仕方ない」と諦めていたかもしれない。


 でも、未来の自分は「何もしなければ失う」と言っている。


 このまま何もせずに後悔するくらいなら——。




 ある日、蓮が会社の屋上で一人でいるのを見つけた。


 (今なら……話せるかもしれない。)


 美咲は静かに彼の隣に立った。


 「……何か考えごとですか?」


 蓮は驚いたように美咲を見たが、すぐに小さく笑った。


 「ちょっとな。」


 少しの沈黙の後、彼はぽつりとつぶやく。


 「……もしかしたら、俺、来月には会社を辞めるかもしれない。」


 (……!)


 やはり——。


 美咲の胸がざわついた。


 「行くんですか……イタリア?」


 蓮の目が驚いたように見開かれる。


 「なんで……?」


 「なんとなく……そんな気がして。」


 蓮は視線を遠くに向けた。


 「向こうのデザイン会社からオファーが来てるんだ。ずっと海外で働いてみたいと思ってたけど……日本に残るべきか、まだ迷ってる。」


 未来の手紙の意味が分かった気がした。


 (もし私が何もしなかったら——蓮さんはイタリアへ行ってしまう。)


 美咲は自分の心の奥底にある気持ちを、はっきりと感じた。


 (蓮さんがいなくなるのは、嫌だ。)


 だけど、「行かないで」と言うのは違う気がする。


 彼の夢を否定したくはない。


 それなら、私ができることは——。


 美咲は静かに息を吸い、彼をまっすぐに見つめた。


 「……蓮さんが後悔しない選択をしてほしいです。でも……私は蓮さんがここにいてくれたら嬉しい。」


 蓮の目が、驚いたように美咲を見つめる。


 「美咲……」


 胸の鼓動がうるさいくらいに響く。


 (こんな自分になれるなんて、思ってもみなかった。)


 でも、私は変わった。


 だからこそ、今、伝えたい——。

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