タバコとライター
詩葉灯
マイルドセブン
「セブンスターってあるじゃん?あれ昔はマイルドセブンって名前だったんだよ」
いつもいつもこいつは私が知りたくもないことを言ってくる。
「ねえしんやもうやめなよお」
いつもあたしがそうやって冗談交じりに言うけれど、多分こいつはやめないだろうし、どこか諦めを含んで言ってる節がある。なんで身を削ってるんだろう。私の気も知らないで。
「じゃあまいも吸ってみる?」
「吸ってみるか」
いつもならあしらうように断るあたしがいきなりこんなこと言うものだからしんやは目を見開いて一瞬固まって、にやりとケースから一本たばこを出す。私は慣れない手つきで受け取る。私たちがいつも使ってるこの居酒屋は私としんやの家の間くらいにあるから帰りやすくて、何より全席喫煙可能だから主にしんやの申し立てで重宝している。初めてのデートもここに呼ばれた。
しんやとは大学で知り合った。ガタイが良くていかにもスポーツマンという見た目でまさにスポーツ推薦の典型のような感じだ。スポーツとは言ったものの柔道というすごく和風な競技にいそしんでいる。私は別にこれといってやりたいこともなく、この大学に入った。自分の学科の勉強ものめりこむくらいには夢中にはなれない。ちょうどオリンピックが開催される年に入学した私たちは色んな学部の人が受ける授業でたまたま近くになった。今でもあいつを最初に見た時のことを忘れられない。
「ウィーッス!どう!調子どうや!」
まるで授業初日とは思えないくらい親睦が深まってそうなグループにかましているしんやは正直関わりたくないなと思ってた。まあスポーツ校だし春休み返上で練習とかしてそうだよな。そりゃ仲良くなるわすぐに。私はああいうタイプの人が好きじゃない。小さなときから恵まれてずっとみんなの中心にいて、何もかもが上手くいくみたいな顔してる人だ。しんやもまさにそんな顔をしてた。
「今日飲みいこうぜ!オフやし!」
「まじそれあちいわ!」
けらけらけらけら、自分たちの空気を放出してる。ていうかお前ら未成年だろ。スポーツやってんなら体にわりいことすんなよ。なんてこと頭の中でしか言えない。勇気がないからイヤホンをしよう。私はイヤホンをして好きな音楽を流す。やはり落ち着く。私は自分では思わないがサブカル系と言われる。服装もそれっぽいし、聞いてる音楽もインディーズの曲ばっかだ。よくサブカル系の悪口を見る。人とは違うものを好きな自分が好きなだけみたいな偏見に近いものだ。正直意図的に見てる。なぜかわからないけど、ちゃんと自分が好きなものは悪口まで見ないとだめな気がする。悪口って九割九分九里傷つけるためだけにしか存在してないけど、それに怒りを覚えるのは少なくとも一里は図星な面があったりするからなのかもと思うからだ。私は人からこんな心無いように見られてるかもだし、私がまだ自覚してないだけで、既にあいつらの言う「サブカル系」に成り下がっているのかもしれない。
気づけばあの時聞いていたあのバンドは解散して、あの時避けていたしんやは恋人になってる。春特有のおせっかいみたいなぬくもりは散って、そろそろ夏服が欲しくなった。私はもらったたばこを口にくわえる。しんやは慣れた手つきで火をつけてくれた。
「吸ってみて」
私は恐る恐る吸った。その瞬間せきこんだ。心配される音の咳が煙と一緒に出てきた。
「大丈夫?どうしたん急に吸ってみるとか」
しんやが不思議そうに聞いた。あのときから短髪は伸びてもみあげがじれったくなっている。美容院行けよ。私はそんなことを思いながらしんやに向って言う。
「...知らないままやめなっていうのもあれかと思っただけ」
好きになったものはちゃんと全部知知りたい。知ってからちゃんと好きって言いたい。でないと勘違いしたまま生きていく気がしてしまう。
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